第16話 夏の作業、夜空の星

 死竜の素体は作業場に運び込まれ、分かれた胴体と尻尾は再び繋がった。導線も張り直して肋骨の内側に水を生成する装置を取り付ける。装置は銅の球体に無数の導線が繋がれており、これは死竜を動かす心臓の役目を担っている。骨格と動力を用意したら肉付けだ。魔女祭で変化したゾンビたち九十四体。回収した彼ら腐肉を死竜に併せる。

 しかし、これだけではまだ死竜は完成しない。

 死竜を創るには五人の魔女の力が必要だ。まずは作った心臓に電磁力を付与する血の力。水の心臓を電気分解することで水素を発生させ、それを燃料にする。これで死竜の身体が自在に動き、磁力の血の力を持つ魔女の血を塗った装置と肉が骨格から離れず崩れない。植物を作る血の力。硬質化の血の力。そして死竜の核となる人をゾンビに変える血の力。

 これで死竜は完成し、この世界に星の涙を落とすことが可能になる。

 作業場に来てから四日が経った。作業工程はもう九割を超え、あとは公安から頭を取り戻し、死竜の核を作り出すだけとなった。

 ソバは作業に奔走する魔女たちをぼんやり眺めた。コーラを片手にちびちびち飲みながらふと、思う。

「リアさんってもしかしたら怖い人なのかな」

 隣でそれを聞いたユリノは不機嫌な顔で答えた。

「優しいとか思ってたの? 私はリアほどイカれた女は知らないけどね」

 辛辣な評価だが、ソバの中にあったモヤモヤをいくらか言い表してくれた気がした。それでもリアに抱く気持ちに濁りが生まれることはない。今日も相変わらず、リアは美しかった。

「あんたリアのこと好きなんでしょ?」

 うだる暑さのせいでユリノは気だるそうに訊いた。

「超好きですよ」

 ソバは平然と言った。

 呆れた声音でユリノは口を開く。

「薄々わかってるんでしょ。リアが人をゾンビに変えたり、あんたを含めた白夜教の三分の一を公安に売ったことも」

「まあ、なんとなく」

 漠然とした見当はあったが、ソバは本当に気に留めてはいなかった。たとえ非道を尽くしていてもリアに対する気持ちに変わりはない。

 ソバは汗ばんだユリノの二の腕や胸をチラチラと見て、勝手に保養を摂取する。

「なんでそれでまだ好きなのよ」

 ユリノにとって素朴な疑問だった。ソバは静かに黙って今も冴島に監視された横で作業の指示を出す彼女の後ろ姿を見た。

「オレ昔から腹で何考えてるかわからない顔のいい女が好きなんですよ」

 当然のように答えたソバはぐいっとコーラを喉に流した。

 ユリノは少し俯いて足元を行軍する蟻たちに視線を落とした。必死で蝶の死骸を運ぶ蟻たちを見下ろしながら皮肉に言った。

「いい趣味してるわね」

「ユリノはなんで一緒にいるんだ?」

「私はただの腐れ縁」

 ユリノはタンクトップをパタパタとして風を送り込む。滴る汗水がポタポタと地面に落ちた。九月を迎えても炎天下はまだ続いている。

「ユリノって未来が視えるって言ってたけど、オレの未来とかも視れたりするのか?」

 占い感覚でソバは訊いた。リアと付き合える未来があればこの暑さもきっとへっちゃらになる。

「リアと付き合えるとか知りたいわけ?」

「まあ、無理ならお礼の特権で無理やりにでも」

 恥ずかしがりもせず平然と頷くソバに、ユリノはつまらなそうに目を細めた。

「未来予知ってねえ、そんないいもんでもないわよ。それに視えやすい時間ってのがあるの。視える未来も一つじゃない。いくつもの可能性が映画のワンシーンみたいに視えるだけ。今はぼんやりとしかわからないし」

「それでもいいから教えてくれよ。気になる」

 ユリノはどう言うべきがしばらく逡巡した。ソバの未来は始めから決まっているようなものだった。リアがソバを見つけてしまった時点で、ソバの運命の終着駅はおそらく変えられない。

「最高に素晴らしい死に方をするわ。九割の確率でね」

「なんだよそれ〜。リアさんとはどうなるんだよ」

「答えは私のみぞ知るってね」

 ユリノは手の平を上に向けて肩を縮めた。猫に逃げられたような気分になったソバは口元を尖らせる。

「だったらリアさんの好きなもんとか教えてくれよ」

「よく知らないけど、映画とかはよく観てるわね。あと紅茶とか」

「今すぐ用意できるもんがいいんだけど」

 注文をつけるソバにユリノはじゃっかん苛ついた。

「自分で考えなさいよ」

 突き放すように言われたソバだが、今はリアの邪魔をしたくない。仲のいいユリノにしがみついた。

「経験とかでいいから教えてくれよ。どんなことしてくれたら嬉しいとか」

 猛暑のせいかユリノは苛つきやすくなっていた。しかしソバに頼られるのは悪い気がしなかった。

「とにかく、余計なことはしないことね。好きでもない相手に何されたって鬱陶しいだけ」

 彼女のアドバイスにソバは陽気に答えた。

「なら大丈夫だ。オレはリアさんに気に入られてるからな」

「その自惚れ。逆に才能ね」

 嫌味を含めた感心にソバは口角を吊り上げた。

 リアに呼ばれたソバは立ち上がって、うだる暑さに顔をしかませながらリアのところへ行った。

 ソバの背中を見送るユリノの視界がザッと砂嵐のように霞む。頭にある光景が浮かんだ。朧げに見えるそれは——-

「まさかね……」

 ユリノの未来予知は複数の光景を見ることができる。

 それは枝のように分かれる可能性だ。その人物から同じ光景を何度も見るようなら起こる可能性が高い未来。さっき見えたのは今日が初めてだった。円周率よりも低い可能性の未来だ。

 でも、もし、今の光景が起きるなら笑える。

 ユリノは木陰から離れて空調の効いた作業場の中へと戻って行った。


     ○


 その夜、ソバはリアと共に星を眺めていた。きらきらと煌めく星々の粒が無窮の夜天に輝いている。二人がいる鬱蒼と広がる山の中は静寂に包まれていた。

「ソバ君は星は好き?」

 ソバは前のめりに答えた。

「好きです! ……けどよく知らないです。リアさんは好きなんですか?」

 リアはクスッと薄く笑った。

「好きだったけど、今はそうでもないかな」

 それはソバにとって少し意外だった。彼女は星が好きそうな顔をしているからだ。

 リアは言葉を続ける。

「私はこの綺麗な星が、決して瞑らない目に見えるの。いつからそう思ったのかは覚えていないけど、ずっと上から見られているように感じる」

 茫漠と語るリアの言葉に、ソバは黙って耳を傾けて静かに心のリアメモ帳を開いた。リアは星が好きではない。そうメモに書き留めて呑気に口を開けた。

「なんかオレもあんま星好きじゃなくなってきました」

 そう言うと、ソバは本当に星が好きじゃなくなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る