第13話 浮かんだ暗雲
警察病院から長谷川とキリエが立ち去った。
ソバには警護と監視の警官を置いて病室に軟禁した。「また軟禁かよ」と文句を垂れ流していたが、他の白夜教と違って謎の魔女リアと唯一接触の多い彼を自由にすることはできなかった。
警察病院に寺田が迎えに来る。覆面パトカーに乗った長谷川とキリエは寺田にソバとの尋問を大雑把に聞かせた。
「それではそのリアという魔女が怪しそうですね」
「はい。長谷川隊長の見立ててでは、魔女局長を撃ったのもその人だろうと。ソバを使って何か企んでいそうなのはわかったのですが、彼が死竜の創造に何故必要なのか。それがさっぱりわかりません。魔血が関係しているとは思うんですけど」
魔血——魔女のような特殊な力を持たない男性のみ持つ血液。魔女の血は血液型にS因子が付いたもので、魔血はN因子が血液型に付いたもの。この二つの血は互いに結合生が高く、通常の血液が変異したものと認知されてるが、まだ未知の部分が多かった。
「魔血ですか。常人よりも能力値が高いくらいで、珍しいだけのものですよね?」
「はい。魔女の人の輸血に使われるぐらいで、特に何かあるわけでは……」
車は公安調査庁に向かっていた。今回の白夜教掃討作戦で半数近くのメンバーを捕らえることに成功したことを報告するためだ。
「だけど今回の作戦は大成功でした。自分は裏口を見張ってたぐらいですが、これで白夜教の規模は一気に半減しましたし、長谷川隊長の評価はうなぎのぼりですよ」
寺田が喜んで称賛するも、長谷川は険しい顔を綻ばせることなく、窓の外からどんよりとした曇天の空を眺めていた。
「まだ冴島も、リアという魔女も捕まえてねえ。死竜の一部らしき頭蓋を押収したが、あんなもんすぐにまた作り直せる。肝心な所はまだ何も抑えられてねえんだ。気い抜くなよ」
公安の鬼は徹底して冷静に現状を俯瞰していた。
「そう、ですね。失礼しました」
浮かれていた寺田に釘を刺した長谷川は、寺田に任せていた仕事の報告を訊いた。
「寺田。捕まえた白夜教の連中の記憶はどうだった?」
寺田には公安対魔女二課から『記憶を読む』血の力を持った公安魔女に白夜教の記憶を読ませることを命じてあった。死んでも口を破らない彼女たちにはこれが最も効果がある。
「はい。なにぶん記憶の読み取りは時間がかかりますからまだ六人しか終わっていません。しかも冴島の記憶操作の力で、ところどころ記憶に穴があって読み取りには苦労したのですが、新しい情報を入手できました」
寺田は言葉を続けた。
「彼らは第三基地という場所に向かっていたそうです。正確な場所は消されてて判明してませんが、おそらく横浜にあります。そこで死竜の完成を目論んでいたと」
キリエが手に顎を当てて冷静に熟考する。
「横浜ですか……確か監視カメラでも横浜とあのビルを往復してましたよね?」
「ええ。まだ神奈川県警からそれらしい情報は来ていませんが、横浜に何かしら重要な施設があるんでしょう。そして、それはおそらく海沿いにあります」
断定的に言い切る寺田の言葉に、長谷川の眉間に皺が寄った。
「何故そう思う?」
「記憶を読み取った一人が船を借りていたんです。それも中型船をいくつも。海図も念入りに調べていたので、おそらくどこかの島に避難経路を作っていると思うんです」
寺田にしては珍しく確信を持ったような推測だった。長谷川は瞼を下ろし、思考を巡らせた。
「それで海沿いか。確かに、その第三基地が海沿いにあれば俺らが見つけてもすぐにトンズラできるってことか。お前にしては珍しく冴えてるじゃねえか」
充分に期待ができる捜査の線が立ち、長谷川もほんのわずかに口角を上げる。
寺田も誇らしげに微笑んだ。
「自分だって公安の捜査官になって八年です。いつまでもボンクラではいられませんよ」
「よし。第三基地の捜査はその線で進める。いいか。一度食らいついたら死んでも離すなよ。一等の宝くじみたいにな」
「了解です」
寺田とキリエは厳正な声で長谷川の指示に応えた。
着実に白夜教を追い詰めている実感に、キリエは自分の仕事の達成感を密かに感じていた。
ソバを取り戻し、あとは彼らの企みを阻止するだけ。自分の力が役に立つのがこれほど充足感をもたらすとは思わなかった。白夜教逮捕までの光明が確かに見えてきた。
○
公安調査庁に報告を上げてから三日が過ぎた。
キリエは第三基地の割だしに忙殺されて、ソバとの面会は尋問以降まだできていなかった。
事件に巻き込まれたソバに、少しでも会って話をしておきたいが、仕事を放り出すわけにも行かない。本来なら、経過観察が終わった時点でソバは自由の身になる。多少の監視はあるが、留置とはおさらばだ。
キリエ自身、もうあれ以上の尋問では情報は引き出せないだろうと思っているが、長谷川の意向でソバの自由はまだ許可が降りていなかった。ソバが持っている情報に重要度が高そうなものはない。強いて言えば、ソバを必要としたリアという魔女の存在。そして魔女祭の騒乱の中核を担ったと思われるということだ。
ソバは白夜教の時も合わせば二週間も拘束されている。キリエも流石に不憫に思っていた。
「監視付きなら外出も許可が出そうなものだけど」
今は拘束した白夜教と死竜の調査で人手が足りてなかった。長谷川も寺田も、第三基地の捜索と捕らえた白夜教の尋問、その他捜査で二日間顔を見ていない。他の課から人を借りているほどだ。
キリエは膨大な報告資料を精査していた。
三十二名の白夜教を捕まえたことで、過去の事件で白夜教が関係していると記載された報告書までもが、公安機動捜査一課のもとまで流れてきたのだ。
「いくら何でも多過ぎだけど」
白夜教が関与しているといっても可能性の一つとして考えられるものばかりで、無駄な報告が大半だ。適当に流し読みをしながら精査していくと、一つの報告書に目が留まった。
『魔血持ちの高校生(十六歳)が都内で行方不明。SNSで繋がった人物と接触しに出かけ、そのまま自宅に帰って来なかった。高校生は不登校の引きこもりで、SNSを通じて白夜教が信者獲得のために動いた疑いあり』
これと似たような行方不明の報告書が十二件あった。不十分な調査のものもあったが、被害者の全員が共通して魔血持ちの若い青少年ばかりだった。報告書は一番古いもので三年前。ちょうどゾンビの被害が出た羽田空港の事件も三年前からだ。
「三年前……時期が重なるわね。偶然だろうけど」
魔女祭の騒動の裏では博物館や民間企業の研究施設が襲われた。
ソバを尋問した時の言葉を思い返す。
大きな骨に導線が巻かれてあった。白夜教は死竜を創っている。魔血持ちが必要だからソバを連れて行った。死竜を創るのを手伝ってほしい。
キリエは書類の山に下敷きになっている『死竜信仰』に関する資料を引き抜いて読んだ。
『死竜は黒の魔女が創造した生と死と祝福を司る傑作。黒の魔女は類まれなる五つの血の力によって死竜を創り星の涙を落とした。人の死を食らい人を死から解放した死竜が落とした星の涙は人類に祝福をもたらした。しかし、死竜が死んでしまったことで、失くなったはずの死が還ってきた。それによって人々は黒の魔女をひどく非難した。黒の魔女はあらゆるものを犠牲にして死竜を創った。その犠牲に村の人間も入っていた。かくして黒の魔女は利己の為に人々を騙した醜悪で狡猾な魔女として村人に殺された』
魔女の研究者による文献では死竜の生みの親は黒の魔女とあった。稀代の血の力を持っていた彼女は五つの血の力のうち、最も死竜と関係の深い力として死人を操る力があるとされている。
キリエはそこまで資料を読んだ後、ゾンビ事件の資料に目を移す。
この死人がゾンビを表してるなら。そうすると一つの想像がむくむくと膨れ上がっていく。
魔女リアがソバを連れ去ったのは魔血持ちが理由。そして都内で少なくとも十二名の魔血持ちが今も行方不明。三年前のゾンビと魔女祭でのゾンビたち。検体では三年前と今回のゾンビは同種のものらしい。先日まで無名だったリアという魔女の浮上。そして大々的に動き出した白夜教とその中心にある死竜。魔血持ちにしかできないこと……
今になって何か都合のいいことばかりが起きている気がした。嫌な想像が止まらず広がっていく。キリエは胸騒ぎが収まらなかった。
料理をするには食材と料理人がいる。映画を撮るにはカメラと演者がいる。そして死竜を創るには——。
「魔血持ちと、黒の魔女」
カチリとピースがハマった音が脳内で反響した。彼女の推測を直感が強烈に肯定している。
魔女は通常、一つの異能しか持たない。だがもしも、黒の魔女が持つ血の力。それを五人が分担できるとしたら。三年前にリアと接触を果たして、白夜教が死竜創造の準備を着実に行ってきたとしたら。
すでに彼らは死竜の頭を作っている。他の部位を彼らが所有しているなら、死竜の完成はもう間近と言っていい。
悠長にしている時間が本当にまだあるのだろか。
多くの市民を巻き込み、組織の仲間すら犠牲にしてまで行動を起こすその覚悟を、どこかでキリエは軽んじていた。テロを起こす彼らが、希少な魔血持ちであるアイツを易々と諦めるのだろうか。それに鑑識に回したソバの魔血は、何やら異質なものが混じっていると報告があった。詳しいことはまだ何もわかっていないが、ソバが魔血を採取されていたなら何かされていてもおかしくない。何より、ソバはまだ彼らに狙われる可能性があり過ぎる。
キリエはすぐにデスクから立ち上がって駐車場に向かった。無線イヤホンをつけて長谷川に電話をかける。
「何だ?」
電話口からしゃがれた声で返す長谷川に、キリエは強くはっきりと声を出した。
「今どちらにおられますか? できれば合流したいんですけど」
「デートの誘いか? 悪いが今は横浜でな。会いに行く暇はねえよ」
「冗談言ってる場合じゃないんです。すぐに戻って来てください。ソバが危ないんです」
キリエの切迫した声を聞いて、長谷川も事態を朧げに察した。
「何があった?」
「詳しくは後で。とにかく戻って来てください」
声を荒げるキリエに対して、長谷川は冷静に応対する。
「落ち着けキリエ。何があった?」
覆面パトカーに乗ったキリエは警察病院までの道のりを最短で導き出し、エンジンを掛ける。
「敵の狙いはソバ、魔血持ちです。死竜は魔血持ちの人間で完成するんです。おそらくリアは黒の魔女の再来です」
電波の向こうにいる長谷川は数秒の重たい沈黙の後、厳かな声色で口を開いた。
「……単なる思いつきだったら承知しねえぞ」
「隊長言ってたじゃないですか。直感が肝心だって」
「……今動かせる人員はそっちにはいねえ。寺田も記憶の読み取りに立ち会ってるはずだ。とにかくお前が保護しろ。俺が連絡を入れてやる。まずはそれからだ」
キリエは覆面パトカーにサイレンを取り付けた。
「こんな時に人手が足りないなんて」
対向車や前の車両を強引に抜かし、少しでも早く到着するように走った。
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