第12話 尋問
ソバはキリエたちに尋問室へ連れて行かれた。
コンクリートの冷たい部屋でソバとキリエは机を挟んだ。長谷川はキリエの後ろで見守るように隅っこで煙草を吸っている。
他に人はいないが、会話は録音できるようマイクが置かれてあった。
「久しぶり。魔女祭以来ね」
キリエが柔和な声色で話しかけるが、その表情は厚い雲がかかったように少し暗い。
ソバは何も言わず、俯いたままだった。姉のように思っていた人なのに、昔はどんな風に喋っていたのか思い出せない。会わなかった時間が、キリエとの記憶を隠すように覆い被さって、焦燥感が胸の中に渦巻いた。
戸惑うソバを見てキリエは席から立ち、唐突に頭を下げた。結んだ艶のある黒髪が下に垂れる。
「まずは、ごめんなさい」
突然の謝罪にソバは当惑した。
「えっと、何が?」
「あの魔女祭の時、あなたを助けられなかったこと。本当にごめんなさい。きっと捕まっている時に酷い目に遭ったんだよね。こうして助け出すのに時間もかかってしまって、本当にごめん」
深く謝意に溢れた声で謝るキリエに、ソバは戸惑いながらも口を開いた。
「いや全然。向こうにいた時は何もなかったよ。飯も三食きっちり食ったし、トイレもシャワーも浴びれた。漫画は一冊しかなくて退屈だったけど、オレは何にもなかったよ」
心配をかけないように笑うソバを見て、本当に無事なんだと再確認できたキリエは瞳の縁にわずかな塩の影を生む。安堵から溢れた彼女の笑顔は、時が経って少し変わっている気がした。昔はもう少し、屈託ない笑顔をしていたと思う。それとも、自分自身が変わったのだろうか。変わったとして、どこが変わっているのか、わからなかった。
「本当に、それなら良かった」
指先で目尻を丁寧に触ったキリエは吹っ切れた様子だった。
だがそれとは裏腹に、ソバのモヤモヤは気が散りそうなほど膨れた。
キリエの「良かった」という言葉が引っ掛かった。何が良かったのか、わかるのだが、わからなかった。
「それで、白夜教の基地で何か見た? あの人たちが何をしていたとか、目的とか知ってたら教えて欲しいの」
真っ直ぐな目をするキリエの質問にソバは答えに窮した。
白夜教が死竜というものを作る手伝いをしていた。実際に手伝いというほどのことはしていないが、それを口にしてしまえばリアとの関係に支障ができてしまうかもしれない。
そう思えば思うほど、ソバの口はどんどん重たくなる。
晴れやかだったキリエの表情にまた翳りができる。キリエはソバに穏やかに語りかけた。
「……ソバが気絶してから一日が経ってるの。あなたを保護した後も数台の車と大きなトラックが私が封鎖していた道路に来たわ。トラックの荷物は押収したし、その全員を捕縛した。でも尋問をしても誰も口を割らない。私たちは真実を知るためなら手荒な手段も使うことがあるけど、できればソバにそんなことはしたくない。もし、何か犯罪のようなことに加担させられたなら気にしなくていい。白夜教に関する証言さえしてくれれば、私がなんとかあなたの経歴に傷がないようにするから。だからお願い。何か話して」
懇願するキリエにソバはさらに立ちろぐ。知らないと言えばキリエの血の力で簡単にバレてしまう。それでも押し黙ったままでは何をされるかわからない。
リアに迷惑がかからない範囲で話せばこの事態を乗り切れるかも。ソバは端的に話すことを決めた。
「白夜教は死竜っていうモノを創ってる」
声を出した時、自身の喉に水分がないことに気付いた。
「その死竜はどういったもの?」
「でっかい骨になんか導線が巻かれてて、とにかく恐竜みたいにデカかった」
「死竜を創る目的は?」
「オレも詳しいことは……ただ星の涙を落とすんだって、リーダーの女は言ってた」
記憶の回廊をたどり、本当にあったことを切り抜いていく。
「そう。それじゃあ、ソバはそこで何をさせられてたの?」
さっきよりも深く踏み込んだような意気でキリエは訊ねた。
「オレは血を採られてた。それだけだった」
キリエの頭に嘘の警笛は鳴らない。ソバが自身で嘘を吐いていると自覚が無い限り、血の力は効果を発揮しない。しかし、ソバの強張った表情から何かを隠しているのは明らかだった。
「ソバは確か魔血持ちだったわね。それが死竜創造に何か関係があるの?」
「それは知らない。必要らしいけど」
「念の為、採血して調べさせてもらうわ。それとこっちが重要なんだけどさ、ソバを連れ去ったあの黄色い目の女は何者?」
全身の毛穴がゾッと開いた。
キリエの険のある言い方は、昔から気に入らないことがあった時に出る常套の癖だった。以前、キリエが学生時代に付き合っていた恋人に浮気を問い詰めた鬼気迫るあの姿は、口にするのも恐ろしい。ソバはそのことを思い返して身震いをする。
「いや、えっとそれは……」
あからさまに狼狽えるソバを見てキリエは確信を持って詰めた。
「あの女の名前は?」
「……リアさん」
「そのリアは白夜教の一員なの?」
「そうだと思う」
こうなったキリエは満足するまで問いただすのをやめない。
「魔女祭の時、ゾンビがソバたちを襲ってなかったのは何故なの?」
「し、知らない」
リアは机を廻ってソバの耳を強く引っ張った。
「痛い痛い痛いっ!」
「嘘吐いたでしょ。何故なの?」
「魔女の力って言ってた! それしか知らない!」
パッと耳を離す。まだ痛みの残る耳を優しく触るソバの目に涙が浮かんだ。
「あの女とはどこで知り合ったの? えっ?」
凍てつくような声で言うキリエのおっかなさをソバは身を持って思い出した。
「魔女祭の時、その、助けてくれて。それでお礼がしたいって言ったら手伝って欲しいことがあるってリアさんが言って、魔血持ちのオレにしかできないことがあるって、それで一緒にいた!」
見下ろすように目を細めるキリエの圧がさらにドンっとのし掛かった。
「それで? ほいほいついて行ったと。まあ、あんた昔からああいう腹で何考えてるかわかんない顔のいい女とか好きだったもんね。でもだからって、ゾンビの群れに行くような女について行くとか……」
嘲笑って呆れるキリエに、ソバは昔彼女の顔に飲んだ牛乳をぶちまけた時の恐怖を思い出し戦慄した。
「あの騒ぎで平然としてたらもう少し疑いなさいよ。盲目過ぎ」
「ご、ごめん……でも、好きだったんだよ……」
情けない声で言い訳するソバにキリエは釣り上げた眉がピクリと動く。ムカムカした気持ちが顔全体に出たキリエにソバは背筋が凍った。
そこに沈黙を貫いていた長谷川が封を切ったように口を開いた。
「小僧。そのリアという魔女にゾンビから助けてもらったらしいが、そいつはゾンビどもを操っていたのか?」
見た目からおっかなさそうな長谷川にソバはビビりながらもあの時のことを思い返す。
「いや、オレを助けてくれた時は銃でゾンビを倒してましたけど。それはよくわかんないです」
長谷川は再び沈黙になり、短くなった煙草を地面に落として踏みつけた。
「長谷川隊長。ちゃんと掃除して下さいよ」
「そんなことより尋問は一時中断だ。キリエ、そいつを病室に運んで血を採って鑑識に回せ」
「……わかりました」
不満そうにむすっとするキリエはソバを病室に連れ戻した。
ソバは心の中でリアに謝罪を重ねた。
昔から口でも拳でもキリエに勝てたことがない。己の不甲斐なさを呪いながらせめてこのことがリアにバレないことを願った。
自分がキリエに保護されたことで、リアの手伝いはここで終わり。まだ大した活躍もしていない自分を、きっと彼女は見限るだろう。期待に応えられなかった。願わくばもう一度機会が欲しいが、それも難しい。次があれば決して離さないのに。
一目惚れの恋の成就。その道のりは果てしなく険しい。諦めるにしても、諦めようとするたびソバの頭にリアの姿がはっきり浮かんで幽霊よりも厄介だった。
こんな、こんなことなら、せめてキスの一つでもさっさと貰っておけばっ!
それが無念でならなかった。
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