第11話 お縄

 公安と白夜教。その間でぶつかる陰謀の渦中にいるソバは、退屈に抱かれすぎたおかげで容易に満ちないほど枯れていた。

 瞼が重たい朝から無理やり車に押し込められ、何がなんだかわからないまま地下基地を出た。今ソバの乗っている車は冴島の側近の一人が運転している。他の車両やトラックよりも一番先に出発した。

「これってどこ向かってるんですか?」

 基地から出るまでは何度聞いても無視された。リアならともかく、自分を軟禁した興味も薄い白夜教に振り回されるのは辟易していた。

 車に乗り込むまでしつこく聞かれ過ぎた側近はため息を吐いて答えた。

「第三基地よ。公安にあの基地がどうしてかバレたから放棄した」

 ソバは「へえー」と他人事のように返した。

「それであなたは私たちにとって最重要人物なの。死竜はあなたとリアがいないと完成しない」

 自棄になりつつあったソバは側近の言葉を聞いてハッとした。

「もしかして今リアさんのいるところに向かってるんですか?」

「そうよ」

 それはソバにとってどれほど待ち望んでいたことか。渇き切った喉に水を流されたような潤いがソバに降りかかった。ようやくリアに会える。今はそれが嬉しくて堪らない。

 時速七十キロで走る車は、他の車両がないことでどんどん景色を置き去りにして行く。それでも遅いと思うほど、ただ座ることしかできないのが情けない。ソバの逸る思いは頂点に達していた。

 だが突然、車の運転がブレた。ガシャンっとタイヤが固いものを踏んだ音を響かせ、ハンドルが妙な方向に持っていかれる。側近は急ブレーキを強く踏むも、ガードレールに勢いよく衝突した。車のフロントは果実を握り潰したようにペシャンコになった。

 飛び散ったガラス片が頭にかかって、意識は朦朧としている。甲高い耳鳴りと衝突の余波で視界が左右に揺れていた。焦点の合わない目を必死に凝らして、ソバは割れたガラス窓の奥にいる者たちを見た。

 横浜に向かう高速乗り口への道が封鎖されている。自動小銃を持ち、盾を構える機動隊とその後方に控えるキリエが闘志の灯った瞳でこちらを見ている。

「今すぐ車から降りなさい」

 拡声器で響くキリエの声にソバは驚いた。

 彼女の存在をこの瞬間まで忘れていた。

 ソバと側近は恐る恐る車から降りる。二人ともガラスで腕の皮膚が切れており、ソバは額から血を流していた。

 両手を頭の後ろに回す。側近は後方をチラッと見ると、道路に有刺鉄線が敷かれてあった。車はあれを踏んでタイヤがパンクした。

 完全な待ち伏せ。ビルのゾンビたちと戦ってるのとは違う別働隊。

 冴島の作戦が全て読まれていた。側近の額に冷たい汗が浮かび、額から血が流れるソバは段々と意識が保てなくなった。

 視界が徐々に白み始め、キリエの拡声器を通した声が遠くなる。

 そのまま眠りに落ちるように、彼の意識はすうっと闇の奥底へ溶けていった。


     ○


 ソバが次に目を覚ますと、目に映ったのは嘘なくらい白い天井だった。

 まだぼうっとしてはっきりしない。ガードレールにぶつかり、そのまま倒れてそれから先の記憶がなかった。腕には点滴が打ってあり、病院服を着ている。頭には包帯が巻かれてあった。

「ここは……」

 薄く目を開け左右を見ると、四人のスーツを着た男がソバを見下ろしていた。

「起きたか」

 鈍い痛みが頭に残る中、見覚えのない彼らにソバは小さく口を開けた。

「誰?」

「我々は白夜教を追っている捜査官だ。捜査に協力してもらいたい。話せるか?」

 話せないと言っても帰ってくれそうにない雰囲気だ。話を聞きたいと言われても特に話すことがないソバは無言で返す。

「悪いが、君に拒否権はない。知っていることを話せ」

 高圧的な態度に切り替えた男の捜査官にソバはわずかに顔を顰める。頭の中ではすでにリアの姿がありありと浮かんでいた。もしここで白夜教のことを話せば、リアに迷惑がかかるかもしれない。そうなると嫌われることだってあり得る。それに目覚めたばかりで頭もぼんやりしていた。

 森閑とする病室にコンコンとノックが響く。病室に入って来たのは、思い詰めたような顔をしたキリエだった。

「私が話を聞いてもいいですか?」

 キリエの方を向く捜査官の男たちは面白くなそうな顔をする。

「吉浦警部補。尋問は我々の担当だ」

 キリエを追い出そうとする捜査官たちだが、キリエの背後から入室した人物を見て彼らは息を呑んだ。

「尋問は全捜査官が持つ権利だ。誰がしても構わんだろ」

 いつものように煙草を咥えた長谷川だった。

「長谷川隊長……ですか」

 上官に当たる長谷川に、捜査官たちの威勢は急激に弱まった。

「こいつの魔女の力は尋問向きだ。その後からお前らもすればいい」

 公安の鬼に射抜かれる男たちは肩を竦める。直接の部下ではないにしろ、階級が上の長谷川の言う事は無視ができない。それでも捜査官たちはその場を動こうとはしなかった。

「ならば我々が先でもいいでしょう」

 まだしつこく居座る男たちに長谷川は尖った声色で言った。

「こっちは急いんでだ。これ以上時間を取らせんな」

 歯痒い顔に歪んだ捜査官たちはそれから何も言わず、足早に病室を立ち去った。

「ありがとうございます。隊長」

「気にするな。さっさと情報が欲しいからな。小僧。立て。お前を尋問室へ連れ行く」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る