第9話 思惑
魔女祭事件から一週間と六日が経過した八月二十六日。
ソバの生活は喉の渇く軟禁状態と化していた。
「初めて知った……人間やることがなさすぎると正気を保てねえんだ」
リアの血を飲んだ次の日からソバのやることなど、血液採取ぐらいのものだった。それ以外は移動するにも監視が付き、用がなければ部屋に籠っていろと言われる始末。
暇を持て余すソバが部屋でやることといえば、脳内で誇大に駆けずり回るリアとの妄想を楽しむことぐらいだった。
リアと映画を観たり、ショッピングをしたり、一緒にマックを食べたり、ボーリングやゲームセンターで遊ぶ。漫画喫茶でごろごろして、テーマパークではしゃぎ回る。夜は一緒に肩を寄せ合ってふかふかのベッドで戯れ合いながら眠るのだ。
ひたすらに桃色の世界に思い馳せていた。
反対に死竜は完成形が垣間見えるほど、作業は大詰めに入っていた。
恐竜の骨で形成された体は全長四十一メートル。背中には翼竜の翼の骨も取り付けられ、全身の骨格に這うように導線が張り巡らせていた。
広場の片隅で採血されるソバは、完成間近の死竜の素体を呆然と眺めた。
「これって動くんですか?」
赤紫色の静脈に注射をさす魔女は淡々と仕事をこなす。
「ええ。内部機構を取り付ければあとは魔女の血で動くわ」
「オレは結局何するんですか?」
「死竜の核を創るのを手伝ってもらうんだと思うわ。私も詳しいことは知らないけどね」
死竜の制作を手伝えずここにいては、リアからお礼が貰えるのか怪しい。
リアは別の場所で大切な作業があるためここにはおらず、ユリノも色々と動き回っていて、ソバの相手をするのは毎日十分だけ話す冴島だけだった。
しかし、冴島は威圧感があるため落ち着かない上に、話すことも死竜のことかリアのことばかりでつまらなかった。それに、冴島はリアに対して疑念を抱いている様子だ。ユリノから貸された漫画はリアの保証した通り面白かった。だがどのページにどのセリフ、どういったシーンがあるか完璧に記憶したほど読み込み、流石にもう読む気にはならなかった。
採血が終わると寂れた部屋へ戻る。地下暮らしのおかげで日付の感覚も曖昧になっていた。
「学校もつまんなかったけど、コレなら学校の方がまだマシだ。リアさんはいねえし、手伝いは血採ってばっかだしよ。コーラも飲めねえなんてこんなクソなことあるかよ」
暇を持て余し、暇に呑まれたソバの最後の抵抗は、こうしてベラベラと独り言を呟くことだけだった。
リアとキスがしたい。
そのためにどうすればいいのかを考えるのがソバの日課になった。
しかし妙案は浮かばず、想像されるものはキスをしている状況だけで、そこに至る道筋は真っ白だった。さらに彼は毎日のカップ麺にも飽き飽きしていた。
リアについて行けば良かったと後悔の念が募り続けた。
ソバのハートはリアに奪われている。あの人に会えないことが存外、苦痛だった。
○
ソバとリーダーたちのいる第一基地。そのオフィスビルの屋上から西に没落していく太陽を眺めながらユリノは一本の電話を入れた。
「もしもし、私だけど。あんたの指示通り第三基地とこことをあのミニバンで往復したわよ。そろそろ公安が嗅ぎつけて来る頃合いね。……ええ、直近の未来を見たところまだあいつは死なないわ。あんたのところに行くまでね。もう一度聞くけどさ……本当にこれで、この未来でいいのね? リア……」
しばらくの静寂のあと電話口から聞こえる彼女の声は、本当に穏やかで安心する氷のように冷たい声だった。
『うん。全ては私と死竜のためだよ』
「……わかった。巻き込まれたくないから私もそっちに行くわ」
電話を切る。海から吹く夏風で帽子が飛びそうになった。
「はあ〜あ。怖い怖い」
夏の夕暮れは西の空を炎のように赤く染め上げ、東の空はすでに夜の青が呑み込んでいた。
そして翌日。
目が痛くなるほどの青い空の下で、オフィスビルを取り囲む三十台以上のパトカーと青地に二本の太線が入った中型人員輸送車のマイクロバスが五台。爆弾処理班を含めた機動隊員約百名と捜査官三十二名、警察官六十余名という大規模な包囲網が敷かれてあった。
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