第6話 白夜教2

「遅かったな。リア、ユリノ。それでそいつは誰だ?」 

 高圧的な態度にソバも思わず身を震わせて息を呑んだ。

「彼はソバ君。魔女祭で出会った魔血持ちで死竜を創る手伝いをしてくれるの」

 リアの説明を聞き流しながら、冴島はソバを獰猛な目つきで値踏みする。上から下へと視線を移し、ふむふむと一人頷いた。

「なるほどな。連絡にあったお前が拾ってきた魔血持ちだな」

 ソバよりも身長の高い冴島に見下ろされるソバは居心地が悪くて仕方なかった。しかし、リアのいる手前、カッコ悪いところは見せられない。ソバは虎に立ち向かう狐の面持ちで口を開いた。

「そうだぜ」

「我らの目的のためにも協力してもらうぞ」

「一つ言っとくけどよ、こっちはリアさんの手伝いで来てんだ。おめえらの言うことを聞きにきたわけじゃねえ」

 キッと睨み返すソバに冴島は手に顎を当てる。

「ふむ。何か報酬を出せということか? 生憎と今回の作戦で散財したから金はないが」

「はあ? ちげーよ。リアさんの言うことじゃねえと聞かねえってことだよ」

「リアの目的と我々の目的は合致している。どっちの指示だろうと差はないぞ」

「やる気が違ってくるだろーが」

 ソバの言い分を冴島は怜悧な顔つきでじっと聞いた。

「……そうか。ならこちらも協力としての対価をお前に提示しよう。この基地にいる魔女たちで欲求不満なのを連れて遊ぶといい」

「ええっ⁈」

 度肝を抜かれたソバは茹で蛸のように顔を熱くする。

「誰もいないのであれば私が相手をしてやる」

「ええええっ⁈」

 ソバの脳内で欲望の電気が弾け飛ぶ。

 どうしちまったんだオレ……

 今までロクに女と関係がなかったソバは柄にもなく戦々恐々とした。

 この一夜が異様なほどソバに味方をしている。今なら空だって飛べそうだ。彼の頭の中は天変地異の大騒ぎであった。こんな夢みたいなことが夢じゃなくてあって良いのか。様々な感情が胸の内で渦巻き、体の冷や汗が止まらない。これも全て死竜の存在が原因なのか。つまり死竜がオレにモテ期をもたらした。死竜、やべえっ!

 この興奮は海底火山の噴火に匹敵した。

「ソバ君、何かしてほしいことがあったの?」

 しかし、割って入って来たリアの言葉が沸騰した頭に冷たく響いた。

 どうしよ。冴島という女の報酬は欲しい。だけどそのことをリアさんに見られたくない。

 そんな思考がソバの全身を支配し、喉の奥は閉まって声も発しづらくなった。歯を食いしばり、ぷるぷると震えるソバの拳は血が滲みそうなほど固く握られている。

「ふむ。私でも不服ならリアに頼むか」

「へっ?」

 思わぬ方向に舵が切れて、素っ頓狂な声を出してしまったソバ。

 リアは柔和な笑みのまま冴島の言葉を返す。

「大丈夫だよソバ君。もともとそういう話だったし、何でも言ってみて」

 どう転んでもいい目にしか遭わない気がしてきたソバは、何を選べばいいのか段々とわからなくなってきた。これも死竜による加護なのか。恵まれ過ぎた幸運に翻弄されてソバの頭脳は熱暴走寸前だった。

「オ、オレは……」

 言葉が出てこないソバを見て、冴島は気を利かせた。

「まあ今決めることでもないだろう。時間も惜しいし、明日から手伝ってくれ。ユリノ、彼を部屋へ案内してやれ」

「え〜、嫌なんだけど」

「お前以外で手が空いてる奴はいない」

「リアが案内すればいいじゃん」

「今から私と今後の作戦の話だ」

 ユリノは仕方なく引き下がった。

「ちっ、はいはい。さっさと来なさいエロガキ」

「オ、オレは……ああ」

 恐る恐る歩み、ユリノの案内で二人は広間を後にしようとした時、リアがユリノを呼び止めた。

「どうしたの?」

「上に停めてある車、移動させて置いてね」

 その一言でユリノはため息を吐くも頷いた。

「……わかったわ。ほんっと人使いが荒い」

 広間を出て行った二人を見送り、冴島とリアは別室である冴島の作戦室へと移動した。


     ○ 


「珈琲飲むか?」

「お願い」

 慣れた手つきで冴島は珈琲を淹れてソファに座る。

「それで話って?」

 リアは薄く笑って珈琲を飲んだ。

 二人きりの談話室はカジュアルなソファと机が並べてあり、外壁のコンクリートは防音性に優れた造りになっている。そして壁にはレプリカである絵画『最後の晩餐』が飾られていた。

「今が重要な局面であることは理解しているだろう?」

 珈琲を一口飲んだ冴島はポケットから煙草を取り出し、火をつける。天井にゆらゆらと紫煙が揺蕩い、煙の向こう側から鮮血の瞳孔が光っていた。

「死竜の創造に必要な素材や部品を一晩で回収できた。リアの血を使った噴射装置でゾンビにした人間九十四人は第三基地の格納庫に運んである。あとで向かってくれ」

「ありがと」

 ソファに背中を預けた冴島はもうもうと煙草を吹かす。

「しかし、今回の騒動で公安の動きも活発になる。長谷川は執念深い。もたもたしてたら奴らが来る」

「そうだね。私も顔が割れちゃったし」

「何だと?」

 冴島は細い眉を顰めた。

「ソバ君を連れて来ようとした時に長谷川と会ってね。その内の一人に嘘がわかる公安魔女がいたんだ。おかげで私が白夜教の関係者だとバレた」

「お前の存在はもう少し隠しておきたかったが、珍しいな。そんなヘマをするなんて。ミカミ班に任せれば良かっただろ」

「ミカミ班が情報局のネットにアクセスして魔血持ちを探し、連れて来るまで三日はかかる計算だった。ただでさえ人口の少ない魔血持ちを回収できたなら大した問題じゃないよ。目の前の幸運は掴まないとね。大丈夫、私の計画に狂いはない」

「私たち、だろ?」

「ふふっ、そうだね」

 柔和な微笑を湛えて珈琲を飲むリアに、冴島は険しい顔を彼女に向けたまま煙草の火を消した。

「お前は白夜教のメンバーではないが、大事な協力者だ。死竜を創るにはお前の人をゾンビに変える血の力が必要だからな」

「それは私も同じだよ。他の魔女の血が必要だ。私だけじゃ死竜は創れないから」

「ならあまり目立ったことはするな。今回の作戦で魔女祭に混乱を生んだのは、他の場所での作業をスムーズにするためと、死竜に必要なゾンビを確保するためだ。爆弾を仕掛けたのも噴射装置を調べられないようにするためであって、無闇に犠牲を増やすためじゃない」

 諭すように話す冴島に、リアは温和に頷いて微笑んだ。

「わかってる。冴島は少し心配しすぎなんじゃない」

「用心はいくらしてもいい。三年もいれば性格ぐらいわかってくるだろ」

 口角を吊り上げる冴島にリアも「そうだね」と言って笑った。

 冴島はさらに念を押す様に口を開けた。

「目的のために適切なことだけをするんだ。私たち白夜教は死竜の呼び声によって落ちてくる星の涙のために行動している。全ては闇を晴らし、誰もがもう泣かなくていいそんな理想を作るためだ」

「安心して。私は最後まで協力するよ。……ご馳走様」

 リアは半分ほど残した珈琲カップを置いて、部屋から立ち去った。

 殺風景な部屋で冴島はもう一度煙草に火をつけて、無線の電源を入れる。

「私だ」

「どうしたんですかリーダー」

 訝しがる部下に、冴島は確信に満ちた声音で言った。

「リアは何か隠してる。監視しとけ」

 目的達成に失敗は許されない。決して油断をしない冴島サヨリは『最後の晩餐』を眺め、最悪の事態を想定した。

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