デート ~ルール説明~

 バレンタインデーデス。

 なんとなくリボンをかけたくなるゲーム名だった。


「ゲームの内容はいたってシンプル。すずくんなら一回で理解できると思うよ」

 僕はさっちゃんの言葉の一言一句を聞き漏らさないように身構えた。

 しかし、彼女が言った通り、ルール自体は全く身構える必要がないくらい、簡単なものだった。


「わたしが本日用意したチョコレートの総mL を、ピタリ当てることができたらすずくんの勝利。できなかったらすずくんの敗北」


 総mLをピタリとあてる。

 なるほどなるほど。僕がさっちゃんに何かしらの質問をしていって、最終的にチョコの容積をあてればいいんだな。

 そう思っていたのに、それ以上のルール説明はなかった。

「ね? 簡単でしょう」

「ノーヒントであてなきゃいけないの!?」


 それは無理だろ。

 と言いかけた言葉を飲み込む。さっちゃんが考えたゲームのことだ。理不尽な運ゲーであることはまずない。


「ちなみに、負けたらどうなるんだ?」

「そうだね、今から罰ゲームの準備をするからちょっと待って」

 彼女は僕の背後に回って、目隠しをした。

 視界が真っ暗になる。

「拘束された状態での目隠し、超怖いんだけど!」

 待っていると、扉の開閉する音と、キャスターがころころと転がる音がした。

 部屋の外から何かを持ってきたようだ。

 待っていると、左のひじの内側あたりを擦られる感触がした。

 そして、ひんやりとした布で拭かれるような感触が続く。

「……何やってるの?」

「ちょっとチクってするね」

「ちょっとチクってするね!?」

 チクリ。

 左ひじ付近に小さな痛みを覚える。

「……ねえ、もしかしてなんだけど、いやそんなはずないとは思うんだけど、今僕に針刺した?」


 目隠しを外される。

 僕の予想通り、僕の左手には針が刺さっていて、そこからチューブが伸びていた。 

 まるで点滴を打つ時のように。

「…………んー?」


 さっちゃんが言葉をつづける。

「負けたらどうなるかなんだけど、パターンは二種類あるの」

「……」

「まず、宣言した値が少なかった場合。たとえばわたしの用意したチョコが2Lだったのに対して、すずくんが1Lと宣言した場合。これは、わたしの愛を真剣に受け止め切れていないということなので、すずくんには差分を払ってもらいます」

「……差分を、払う? 何で?」

「血で」

「血で!?」

「そう。君の体から1L分の血液を頂く」

 いつもだったら冗談だと受け流すところなんだけど、左手の針が本気である可能性を否定しきってくれない。

 え、本気で言ってる?

「そして、逆の場合。君の宣言した値が多かった場合。これは私が君の愛にちゃんと応えられていないということだから、逆に差分を受け取ってもらいます」

「……血で?」

「チョコで」

「チョコで!?」


「君に刺さっている針はハイテク点滴道具に繋がっていて、その針一本で血を抜くこともチョコを注入することもできるんだ」

「へぇ~」

 って感心してる場合じゃなくて。

「え、死ぬよね? さすがにチョコ入ってきたら死ぬよね? 血は400mLくらいまでなら献血と思えばいいけど、チョコは駄目だよね!?」

「なら少なめに宣言すればいい」

「……」

 なるほど。

 なるほどかぁ?

 僕はいくつか質問をする。

「さっちゃんはいま、例で2Lって言っていたけど、人間の血って確か1Lくらい抜いたら死ぬよね。それに”総mL”をあてるっていう趣旨だったはず。さっちゃんが用意したチョコレートの上限と下限はどれくらいなの?」

「まず加減は1mL。チョコを用意していないなんてオチはないよー。で、上限は概算の君の血液量だから、4500mL」

「馬鹿なの?」

 

 本当にバレンタインデーデスじゃん。


”さっちゃんが考えたゲームのことだ。理不尽な運ゲーであることはまずない。”

 こんなこと言っていた僕をぶん殴りてえ~。


「もうひとつ」

「なにかな」

「さっちゃんはさ、バレンタインデーが不公平だって言ってたじゃん。それなのに僕だけがこんな拘束をされて、死ぬかもしれない罰ゲームを受けるのってさっちゃん的にどうなの?」

 そう言うと彼女は「あはっ」と笑って、部屋を出ていく。

 帰ってきたさっちゃんはもう一本の点滴代を引っ張ってきて、僕の対面にある椅子の近くにそれを置く。

 そして彼女は、

「ちょっ!」

 すべてを察した僕は慌てて止めようとしたけれど、彼女は自分で自分の左腕に針を刺して、椅子で体を拘束して、僕と全く同じ状態になる。


 さっちゃんは手に持ったコントローラを振って、「このコントローラに数値を入力すると、それがわたしたちの点滴台に作用して、ルール通りの対応がなされるんだー。ハイテクでしょ」と笑った。


「ほら、バレンタインはわたしとすずくんだけの二人きりの行事なんだから。だし、ゲームマスターやディーラーもいらない。で楽しみましょう?」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る