デート ~ゲーム名発表~
しかし僕は死ななかったみたいだ。
緩やかに意識が覚醒していく。数回瞬きを繰り返すことでようやくぼやけた視界がクリアになった。
「……どこだ、ここ」
どうやら僕は椅子に座っていて、両腕と腰、それに両足が金属製の輪っかで拘束されている。少しだけじたばたしてみたけれど、びくともしなかった。
先ほどの言葉を少しだけ訂正。
どうやら僕は椅子に縛り付けられているらしい。
「……」
状況を確認するために周りを見渡す。
八畳ほどの真っ白い部屋。
僕は部屋の真ん中から少しだけズレたところに位置していて、対面にはもう一組椅子が置かれている。
向こうの椅子に誰かが座ると、ちょうどカードゲームなどができそうな位置関係だ。
二つの椅子の真ん中には何もないけれど。
僕は生粋のアナログゲーム好きなので、いまからカードゲームがはじまるのならちょっとだけテンションが上がるだろう。
あとは壁際にひとつ扉があるだけで、他には何もない。
なんだここ。
そう思っていると、ガチャリと音がして、扉が開いた。
身構える。
身構えたところで、身動きなんて取れないのだけれど。
しかし、扉から出てきた顔を見て僕はいっそう混乱した。
「お、すずくん、目が覚めた?」
「さ……さっちゃん?」
現れたのは僕の恋人、さっちゃんだった。
「ちょっと待って、どういうこと? え? これ仕組んだのさっちゃんってこと? 待って怖い怖い怖い。んー? さっちゃん、あ! さっちゃん脅されてる? 誰かに脅されて僕のことを」
「ううん、わたしの意思だよー」
彼女は可愛く舌を出して、はにかんだ。
可愛い。
じゃなくて!
「えと、じゃあ待ち合わせ場所で僕をぶん殴ったのは?」
「ごめんね、痛かったかな。できるだけ痛みを感じず、でも気絶だけするように調整はしたんだけど」
「アサシンか何かだったの?」
さっちゃんは微笑みながら僕の唇にキスをして、「今日は何の日でしょう!」と言った。
「えっと、理由もなく恋人にぶん殴られ」
「そう、バレンタインデーだよね。2月14日」
「……」
そういえばそうだった。状況が特殊すぎて今の今まで完全に忘れていた。いやでもしょうがなくない?
っていうかさっきのキスなに!?
「でも前々から思っていたの。バレンタインデーってさぁ、不公平じゃない?」
「不公平? それは、女の子が男に渡すだけで男が何もしないってところが?」
「そう。別に時代がどうとかいうつもりはなくて、バレンタインデー、ホワイトデーの両方がおかしいと思ってるんだ」
さっちゃんは僕の周りをぐるぐると回りながらゆっくりと言葉を紡いでいく。
「好きな人へお菓子を渡すってことはつまり、愛の大きさを可視化するってこと。チョコの大きさ、価格、個数。あまりにしょうもないチョコだと『これだけしか愛してくれていないんだ』って受け取られる可能性があるし、逆に重すぎてもよくない。片思いや告白のタイミングならアピールに使えるからいいんだけど、両想いであるカップルがこの行事にノセられるのは、ちょっと納得がいかないんだよねー」
彼女は少しだけ間をあけて。
「付き合ってるんだから、ふたりで同じくらい楽しまなきゃ意味ないよ」
と言った。
途中の論理は若干よくわからなかったけれど、さっちゃんがバレンタインデーを女→男という行事ではなく、両方が楽しめる行事にしたいんだということはわかった。
わかったけど、だからこの状況は何!?
「ね、すずくんも、そう思わない?」
耳元でさっちゃんが囁く。
熱い吐息がかかってくすぐったい。
「……そうだね、確かにそう思うよ。誕生日みたいな”その人”が主役のイベントじゃないんだから、クリスマスみたいに両方が楽しめるようにするべきだ」
「やっぱりわかってくれる? よかったー。わかってくれなかったらこの時点で拘束を解いて普通にチョコを渡していたところだったよ」
「わっっっかりません!!!!!!!!!!!!!!!」
拘束を解け! 普通にチョコを渡せ!!
「っていうわけで、今からすずくんには、あるゲームに挑んでもらいます」
「……ゲーム?」
その言葉に僕は反応した。
僕とさっちゃんはゲームが大好きだ。
アナログからデジタルまで、協力も対戦も。
よく二人でいろんなゲームをプレイするし、僕が考えたオリジナルゲームをやってみることもあった。
「そのゲームの名前は……」
「『バレンタインデー・デス』」
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