神への礼儀作法 後編
僕は今、とある神社を目指して神薙優奈と共に鬱蒼とした山奥を歩いている。何故、このクソ生意気な神薙優奈が一緒に居るのかというと少し長くなるので、説明は省いておくが、僕と神薙優奈の目的先は同じだ。
「ひぃ、ふぅ、はぁ……結構、斜面が、キツイ、ですね……」
「全くだ……珍しく、意見が合うな」
「なんでですか……別に、いいじゃ、ないですか」
「余計なことを、喋るな。無駄に体力を……ふぅ、消耗するぞ」
人里離れた山の中で、体感的には数百メートル近く斜面を登っていると、ようやくお目当ての神社の鳥居が見えた。噂で聞いた通り、こじんまりとしているが妙に荘厳な気配をさせている神社だ。僕の後ろから遅れてやってきた神薙優奈も、疲れているはずなのにその鳥居と奥に続く道を見て、息を呑んでいた。その反応は、山を登って感動的な風景に出会ったというよりは、あまりにも神聖な空気に当てられてしまったような反応だ。
「ここが、目的のI神社、ですね?」
「そう、みたいだな。ご利益が途轍もないが、礼儀作法に厳しいという噂の、あのI神社だろう。間違いない」
そう。僕と神薙優奈が求めてやってきた神社は、山の中にひっそりとあって殆ど人が寄り付かない場所にあるにも関わらず、草木が建物に絡みつく様子もなく綺麗に保たれている目の前のI神社に行きたかったからだ。
僕はこのI神社のことを、たまたま同業他社の探偵から聞かされて、そしてその神社へ向かおうと思って準備していたところを、神社を守る神主の娘として育ってきた神薙優奈が、同行すると言い始めたのだ。普段なら断っていたのだが、神主の伝手でI神社のことは少し知っていたらしく、僕はラッキーアイテム感覚で神薙優奈がついてくることを認めた。
後になって思い返すと、この行動がI神社にまつわる行動の中で最も正しかったことだと思う。僕は面倒だと思いながらも、なにかを感じ取って神薙優奈がついてくることを素直に認めた訳だ。
「神社の礼儀作法でいいんでしょうか?」
「さぁな。僕だって神社の礼儀作法なんてそこまで詳しくないから、有名なものしか知らないよ。たとえば、鳥居をくぐる前には礼をしなければならない、とかな」
「まぁ、有名ですよね」
神様っていうのは寛大な部分もあるが器量が小さい部分もある。こういう小さなことでも忘れてしまうと、しっぺ返しがくるのだとか。鳥居ってものは外の世界と中の世界を分けるものであって、中の世界に入るために礼を尽くさなければならない。
「正直、面倒だなとか思ったことないのかい?」
「……そりゃあ、ありますよ。人間ですから」
「神主の娘でもかい? へぇ、意外だね」
「そうですか? でも、放任主義の家で育てられた人が構って欲しいと思ったり、教育が厳しい家で育った人が自由を求めたりするのと同じじゃないですか?」
「そうかい。僕は親に対して特別、感謝もしていなければ恨んでもいないから知らないね」
「あー……だからこんな薄情な人に」
「失礼な奴だな。君の方が礼儀作法がなってないんじゃないのかい?」
神社の前でこんなくだらない会話をしているべきではないと思うが、山を登った疲れもあるのでしばらく会話をしているのもいいかもしれない。なんというか、この神社は見れば見るほど、ヤバそうな神社だ。多分、神薙優奈もそれを感じ取っている。
だが、今更ここから帰る選択肢を僕が取る訳がない。生憎、命知らずなのは昔からでね。僕の止められない性分なのさ。
「鳥居の前で礼……これでいい訳だな」
「は、はい……まぁ、けがれの人は神社に来てはいけないとかありますけどね」
「気枯れって奴だろう。生理中の人とか、病気にかかっている人とか、妊娠している人は来ちゃあいけないっていう」
よく、この気枯れを穢れだと勘違いして男尊女卑だ、とかいう奴がいるらしいが、これは単純に神職の人間が無理してまで神社には来ない方がいいって風習らしい。
「あ、待ってください! 参道の中心は神様の通り道なので、歩いては駄目です」
「……じゃあ砂利の上でも歩けって言うのかい? そっちの方が失礼なんじゃあないのかい?」
「いえ、砂利の音が悪いものを遠ざけるということで敷いてあるだけなので、砂利は踏んでも構わないんです。それより、参道の中心を歩く方が駄目ですよ」
まぁ、通り道で前を無神経に歩いている人間がいたらムカつくと思うから、仕方ないことだな。
とりあえず、神薙優奈の行動を真似しておけば良さそうだ。
手水舎の前で軽く一礼をしてから、右手で柄杓を持って水を満タンまで入れて、左手にかける。残っている水を零さないようにしながら柄杓を左手に持ち替え、今度は右手にかける。両手に水をかけたら、右手に柄杓を再び持ち替えて、左手に水を注ぎ、口をすすぐ。最後に、柄杓を両手で立てるように持ち、中に残っている水で柄杓の柄部分に水を流して清める。柄杓を元の位置に戻して、一礼をする。
「…………大丈夫、ですね」
「なんだか自信が無さそうだな。でも、僕の知っている作法と合っていたから、問題ないと思うぞ」
「そうなんですけど、なんだか緊張するんですよ」
懐からハンカチを取り出して手を拭きながら、安堵の息を吐く神薙優奈の顔は、本当に緊張した面持ちだ。やはり、彼女もこの神社の異様な雰囲気を感じ取っている。
山奥のひっそりとした神社ということで、やはり参拝客が僕と神薙優奈以外にいない。全く人がいないせいで、ものすごくシーンとした様子の中、参道の中心を歩かないようにしながら、本殿の方へと歩いていく。その道中、僕は何かに見られている気配をずっと感じていた。
「……霧崎さん」
「みなまで言うな。僕だって感じているさ」
霊感という点で言えば、確かに神薙優奈と僕は似たような経験が多いので、同じぐらいだろう。ただ、神薙優奈の方が霊という存在に当てられやすい。当てられやすいからこそ、霊媒師まがいのことをしているんだろうが。
ただ、この神社の気配は僕たちがなにかを間違えないように見張っているようだ。この視線の先にいるのが、きっとこの神社に祀られている正体不明の神だ。
「本殿だ……賽銭を投げて二礼二拍手一礼……ではなさそうだな」
「はい。この神社は、恐らくかなり古くに建てられたものです」
参道や鳥居は綺麗だが、鳥居の色がよく見る朱色と黒ではなく白色の石で作られていた。そして、本殿は年数を感じさせる木材でできているようだ。
「恐らく、この神社は三礼三拍手一礼だと思います」
「同感だね。この神社は、そこを間違えるとマジに危ない」
ゆっくりと踏み出しながら、賽銭箱を視界の中心に収める。賽銭はなんでもいいが、やはり無難な10円にしておこう。賽銭を入れる時は大きな音が立たない様に静かに投げ入れる。そして二人同時に三礼三拍手一礼をして、願い事を言う。
僕は基本的に、神社のお参りというのは自らの抱負を語る場だと思っているので、内心でこれからも普段通りに生きていくことを宣言する。
お参りが終わったら参道の中心を避けながら、再び鳥居の方まで歩いていく。このまま行けば、なんの問題もなく神社の外側へと出られそうだ。
「やーっと着いた! 疲れたなぁ!」
やっとこの神社から出られると思った瞬間に、一人の男が神社の前まで来ていた。その男は、鳥居の前で一礼をしてからくぐり、そのまま僕らを視界に収めながら参道の真ん中を歩いた。
その瞬間、男は前触れもなく突然、倒れた。明らかな異常事態を前にして、僕と神薙優奈は、目を見開いた。なにせ、その男の首には髪の毛のようなものが巻かれていて、首を絞めていたのだ。
「だ、大丈夫ですかっ!? 今、助けますっ!」
「おい待てっ!」
「な、なんですか!? まさか……あの人を見殺しにしろとでも言うつもりですか!?」
「違う! その男は普通じゃあない! お前を参道の中心へとおびき寄せようとしているんだっ!」
僕にそう言われて、神薙優奈は自分がもう少しで参道の中心を歩こうとしていた事実に顔を青褪めた。
神薙優奈がその場にへたり込むと同時に、僕は背後にある本殿から、木製の扉が軋むような「キィ」といった音を聞いた。ゆっくりと本殿の方へと振り向くと、長い髪を床に無造作に散らばせている女が、こちらを見つめていた。
女の背丈は160に満たない程度で、頭髪が床についている以外はおかしなところはない。ただ、服装は明らかに数百年の人間が着てそうな、古い和服に見える。
「ざ ん ね ん あ な た が ほ し か っ た の に な ぁ」
「くっ!? 早くここからでるぞ神薙優奈!」
「えっ!? きゃぁ!?」
僕は座り込んでいる神薙優奈の腕を掴んで無理矢理起こし、そのまま鳥居の前で一礼をしてから外に飛び出した。すると、ずっとこちらを観察していたような気配が途切れ、急激に森の葉っぱが風に揺られる音や、鳥の声が聞こえるようになった。
「……あの、男性は?」
「恐らく、普通の人間じゃあないよ。少なくとも、僕はあんな軽装でこんな山奥まで人間が来れるとは思っていない」
僕の言葉を聞いて、神薙優奈は項垂れた。恐らく、ここまで命の危険に陥ったことが無かったのだろう。僕は死の一歩手前なら何度も経験しているし、三途の川を渡りかけた経験まであるから立っているが、恐怖は感じている。
「やれやれ……こんな神社、本当にご利益があるのか」
「ないほうが、マシな気がします」
力のない神薙優奈の言葉を聞いて、僕は確かにそうだと思った。
「……よく、生きていましたね」
「本当に偶々さ。ただ、あの神社の神様に魅入られそうになったのは、僕だった訳だな」
本殿から顔を出したのが果たして神だったのか、それとも神を気取る謎の怪異だったのか。それはわからないし、解明するつもりもない。ただ、僕と神薙優奈は噂につられてそこへ行き、死にかけた。それだけの話だ。
「佐藤さんも、気を付けてくださいね。あの神社ほど酷くなくても、効果が強い神社というのは、それだけ自分にも返ってくる可能性があるんですから」
「はは、気を付けますね」
あんな話を聞いておいて、よくまぁ紅茶カップの取っ手に再び指を突っ込めるものだ。逆に感心してしまうよ。神様なんて、何処にいるのかもわからないのにな。
「そう言えば、この霧崎探偵事務所にも神棚ってありますよねぇ」
「そうですね。私は神棚なんてあげた覚えないですけど」
「この事務所のオカルトアイテムが全部お前のものだと思うなよ。あれは僕が個人的に置いているものだよ」
この事務所が自宅兼用だからな。
「へぇ……やっぱり、霧崎先生も神様を信仰しているんですね」
「でもあの神棚、神様が祀られていませんよ?」
神棚ってものは、基本的に神様が描かれた紙だったり、ご神体を置いておくものだが、確かに僕が置いている神棚にはなにも置いておらず、お供え物だけ置いてある。
「あれは僕が積極的に信仰している訳じゃあないよ。ただ、僕はあれをしっかりと置いておかないと「あの子」に怒られてしまうからな」
佐藤君と神薙優奈がなんのことかわからないと首を傾げているが、これに関しては僕は人生で誰にも話すつもりはない。
ただ嫉妬深い神様というのも、中々厄介なものだという話だけだ。
命知らずな探偵は知的好奇心を抑えられない 斎藤 正 @balmung30
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