捜索願の水死体 後編

 あの日は……そう、雨が降っていたな。

 このT町の端っこにあるこんな辺鄙な探偵事務所にさぁ、雨の昼間から訪れた年配の女性がいたんだよ。彼女、とても憔悴したような表情をしていてな。ただ事じゃないな、って最初から思っていたよ。普段から、月に1、2回程度しか依頼がこない上に、来るのはいつだって安いペット探しの依頼ばかりなんだけどさ、彼女の依頼は人探しだったんだ。

 なんでも、自分の友達が行方不明だから探してくださいって依頼だったんだよ。前金で5万渡すから、探して欲しいって言われてさ。


 依頼を受けたのかって?

 最初は勿論断ったさ。そんな金があるなら、警察に行方不明だから捜索願を出してもらって、都会の方の法人探偵事務所に行った方がいいってな。


 以外かい?

 けど、僕は興が乗らない仕事がしたくない質でさ。その行方不明のご友人は、連絡取れなくなって2週間だって言うから「保護」じゃなくて「発見」されるに決まってる捜索とか、興味なかったんだよ。


 保護と発見の違い?

 オカルト雑誌の編集者なのに、そんなことも知らないのかい、君?

 ああ言う捜索願ってのは、保護されましたって時は生命に異常がなく見つかった時で、発見されましたってのは「死体」が発見されましたって言う話だよ。防災無線とかテレビニュースとか、もう少し意識して聞いてみると面白いかもしれないよ。


 それで、依頼の話か。

 結局、その年配の女性が前金は10万でもいいですからって言うから、渋々受けたんだよ。そこまで仲の良かった人だったんだなと思ってさ。売れない探偵がなんて仕事を趣味で選んでいるんだって話なら、もう何回もしたからいいだろう。僕は、興味のある事件にしか首は突っ込まないんだ。


 前金も貰っちまってるし、仕方がないから探しに行こうと思って写真を貰ってさ、翌日の晴れた日からその行方不明の人の自宅付近で聞き取り調査をしていたんだよ。

 探偵にとって、自分の足で集めた情報ってのは結構馬鹿にならなくてさ。写真を見せると、するするっと行方不明前の目撃証言が見つかっていったんだよ。まぁ、同じT町に住んでいる私立探偵ってのも、みんなが喋ってくれた理由かもしれないけど。


 目撃証言を集めて、地図に日付と見かけた日を書き込んでさ、アナログで探していたんだけど、たまたまあの女が後ろを通った時にいきなり話しかけてきたんだよね。

 あの女?

 おいおいおい。今の話はあの「神薙優奈」と出会った話なんだから、くそったれの神薙優奈に決まっているだろう?

 あの美少女霊能者とか言って、たまにテレビにも出てるあの女さ。そいつが、急に僕の背後から近寄ってきて、聞き込み中の写真を取り上げたんだ。

 当然、僕はキレたね。

 女子供であろうとも容赦なくキレる僕は、写真を取り上げたくそったれの女に怒鳴りつけようとしたんだけどあの女、捜索中だった人間の写真を見つめながら言うんだよね。


「この人、もう死んでいますね……近くの湖で溺れ死んでいます。それと、貴方はこれ以上この話に首を突っ込まない方がいいですよ。命が危険です」てさ。


 ん?

 神薙優奈がどうやってそれを知ったのかって?

 おいおい。君は本当に人の話を聞かない奴だな佐藤君。神薙優奈は霊能者って言っただろう?

 僕、あの女のことは心底気に入らないし、目の前で死にかけているのを見たら救急車だけ呼んでその場から去る自信すらあるけど、あの女が持っている霊能力だけは本物だって信じているからな。

 霊視って言えばいいのかな。そういうのができるらしいんだ。写真みたいなはっきりと顔が映っているのがあれば、その人が生きているのか、あるいはどこで死んでいるのかぐらいならわかっちまうらしい。なんとも不思議な話だが、僕は心の底から能力だけは信じているぜ。


 そんなに嫌っているのに、何故って?

 そりゃあ、神薙優奈の言う通り、翌日に行方不明者の自宅近辺にあった山林の湖に、死体が浮いているのが見つかったからさ。

 行方不明になったのは2週間程度前って話だったが、死体は死後数日しか経過していなかったそうだ。死因は溺死で、外傷も争った形跡もない。完全な事故死か自殺らしいぜ。


 これの何が奇妙なのかって?

 話は最後まで聞けよ佐藤君。

 その水死体、内臓が一つもなかったらしい。

 おい、怪しそうな目を向けるんじゃない。本当の話だよ、マジだぜ?

 確かに、僕に依頼してきた女性の友人である女の死体だった。湖の中心付近に浮かんでいて、死因は溺死で外傷はなし。ただ、皮筋肉骨以外の臓器が全てなかったらしい。眼球も、脳も、肝臓も、膵臓も、心臓も、膀胱も、子宮もなかったらしいぜ。

 マフィア?

 おいおい。君、もう少し頭で考えてから喋ってくれよ。いつから人間は、手術痕もなしに人間の臓器を抜き取れるようになったんだい?

 よく、裏社会では臓器が売買とかいうけど、ちゃんと手術ぐらいするだろう?

 なかったんだよ、なにも。手術痕も外傷も。ただの溺死さ。


 発見したのは僕だよ。

 当然、警察から事情聴取とか色々されたさ。交差点のあの無駄に大きな警察署でな。けど、僕その警察署の中で、警官が奇妙な話をしているのを聞いたんだ。

 なんでも、見つかった女性の捜索は警察内でもされていたらしいんだけど、僕が女性の水死体を発見した湖は、検死によって出された死亡推定時刻の時に探していたらしいんだ。数人とかじゃあなくて、結構大規模に。なのに、全く見つからず、その後に僕が一人で浮いているのを見つけた。

 すごく変な話じゃあないか?

 まぁ、こんな奇妙な話が解決するはずもなく、怪死事件で終わりさ。




「……え? 神薙優奈さんの出番、少なくないですか?」

「はぁ? 君は何を言っているんだい? 出会った話と言っただけだろう。別に探偵のバディミステリーものみたいに、2人で捜査する訳でもないのに、これ以降出てくると思ったのかい?」

「はぁ……そんなもんですか?」

「そんなもんさ。小説の読み過ぎじゃないのかい?」


 僕はコーヒーを飲みながら、テレビの電源を消す。政治家が何かを言っただとか、実にくだらない話をしているテレビなんて必要ない。


「それで、この話は終わりなんですか?」

「……一応、後日談って言えばいいのかわからない話はあるよ」

「あるんじゃないですか。ちゃんと話してくださいよ」


 まぁ、ホラーな話に後日談はつきものか。


「依頼達成して、依頼者の年配の女性からはお礼を言われたよ。発見してくれてありがとうって。死体だったとしても、しっかり弔ってやりたいと思っていたんだろうな」

「まぁ、友達ですからね」

「その後が問題なんだよ。何処からか聞きつけた神薙優奈がこの事務所にやってきて、生意気なことを喋り始めたんだよ」


 あの時のことは今でも覚えている。

 久しぶりに大きな仕事をしたと思ったら、なんか知らないが女子高校生が上がり込んできて、ギャーギャーと喚いてた話だ。


「首を突っ込むなと言ったはずだ、とか。僕の知的好奇心を邪魔するようなことばかり言いやがるもんで、その怪死事件の話をしてやったら、静かになったんだよ」

「へぇ……怖かったんですかね?」

「あのイカレ女がそんなこと考える訳ないだろう。あいつ「だから貴方の足元に、そんなものが付いているんですね」なんて言いやがって」

「えぇ?」

「おい覗き込むな。終わった話だって言っただろう」


 足元にそんなものが付いていると言われたと言った瞬間に、佐藤君がテーブルの下にある僕の足を覗き込みやがった。もう終わった2ヶ月も前の話だと言っているのに、やはり絶妙に話を聞かない男だ。


「それでなんか色々と除霊アイテムを置いて、変な念仏を唱えて帰っていきやがった、と思ったら翌日もやってきて、そのまま今の関係さ」

「はぁ……思ったより刺激的な出会いですね」


 まぁ、刺激的な出会いだと言われれば、確かにそうかもしれないな。


「結局、内臓を抜いたのは河童なんですかね?」

「おいおいおい。河童が抜くのは尻子玉なんていう架空の臓器だろう? なんで内臓全部抜いているんだよ」

「確かにそうですねぇ。それに、河童は湖じゃなくて川ですし、清流にしかいないって言いますからね」


 オカルト雑誌を出版している会社にいるだけあって、一応最低限の知識はあるのが佐藤君の面白い所だ。河童の元はこれだ、なんてよくネットの動画なんかで言われているが、人間がその全てを把握しようなんて方が烏滸がましい。


「じゃあなんだったんでしょうね?」

「さぁな。わからないからこその怪奇現象だろう。それより、今の話なら雑誌に載せられるんじゃあないのか?」

「確かに……変な現象ですしねぇ」


 これより変な現象なんていくらでも感じたことはあるが、一般の読者受けしそうな話ではあると僕も自負している。問題なく雑誌には載せられるだろう。正直、探偵一本で食っていけるほど儲かっていないから、彼の雑誌で得られる収入はありがたいんだが。


「でも、三十路のおっさんが女子高生と、なんて今の時代なんて言われるかわかりませんしねぇ」

「そこは性別も職業も年齢もなんとか誤魔化すに決まっているじゃあないかっ! 僕は雑誌に話は載せるが、探偵であることを身バレするつもりはないからなっ!」

「えぇ……探偵の宣伝になりますよぉ?」


 なんて想像力の足りない男だ。

 やはり、佐藤君は中々面白い奴だが絶妙に腹が立つ男だ。

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