命知らずな探偵は知的好奇心を抑えられない

斎藤 正

捜索願の水死体 前編

 A県T町はとてもいい場所だ。田舎というほど古臭い訳でもないが、都会というほど騒がしい訳でもない。駅で電車に乗れば数十分で大都市圏に行くことができ、10分程度車を走らせれば、大型のショッピングモールに行くこともできる。

 僕の住んでいる近くには徒歩数分圏内に小学校があり、ここら辺の市町村の警察署があり、中学校も比較的近くにあり、徒歩数分でそこまで大きくはないがスーパーマーケットもある。駅も近くにあるし、図書館だってそれなりに大きい。

 なにより、ここは昔から怪奇事件が多い。

 それが、とてもいい。


 僕の探偵事務所には、立派なコーヒー抽出機なんてものはない。電気屋で数千円かけて買ったぐらいの適当なコーヒーメーカーだけだ。

 朝起きたらトイレに行き、その後、必ず事務所の鍵を開けてコーヒーを淹れる。事務所内で軽く体操をしてから外のポストに入っている朝刊の新聞を取り、中に目を通す。パンをトースターに入れて時間を3分半に設定し、パソコンを立ち上げながらテレビの電源を点け、放送協会のニュース番組を見ながらパソコンにメールが来ていないかを確認して、ネットニュースに目を通す。トーストが焼き上がったらニュースを見ながら、コーヒーとトーストを味わう。僕はジャムというものが嫌いなので絶対にマーガリンだ。

 これが、僕のモーニングルーティーンだ。ただ、いつの時代にだって空気の読めない人間というのは存在する。この場合、僕がトーストを食っている最中に事務所のインターホンを鳴らした男が、その空気の読めない人間に該当する。


「やぁ、また来たのかい? 佐藤君さ、君……案外暇なんだろう」

「いやぁ……霧崎先生の事務所ほどじゃないですよ」


 僕に対してクソ失礼なことを言うこの男は、本当に空気の読めない若者と言った感じだ。


 来客用に適当なペットボトルの茶を出してやる。探偵事務所に依頼をしに来る人間用には、高い茶葉を用意してあるが、この男には必要ない。

 僕の目の前で椅子に座り、暢気にテレビを見ながら茶を飲んでいるこの男は、佐藤幸雄という雑誌記者兼任編集者だ。オカルト雑誌を毎月出版している会社で働いている人間だが、彼自身はオカルトを信じているのに全く遭遇したことのないという、稀有な人間だ。もっとも、彼は気が付いていないだけだがな。


「霧崎先生、今月の雑誌に載せる体験談とかないですかねぇ?」

「……おいおい君さぁ、何回も言っているんだが、僕は先生じゃあないぞ。先生って言うのは、漫画家だったり、政治家だったり、医者だったりする人間が呼ばれる者だろう? 悪いが、僕は探偵だ」


 依頼の少ない探偵事務所とは言え、僕は誇りを持って探偵をしている人間だ。いくら僕が彼が編集しているオカルト雑誌に、よくオカルトの体験談を載せているからって、先生とか呼ばれる筋合いはない。


「えぇ? 学校の先生が出てこないのが、霧崎先生らしいですよねぇ」

「うるさいぞ。君は本当に、微妙に人の話を聞かない奴だな」


 僕は私立霧崎探偵事務所の責任者の「霧崎海斗」として生きている。雑誌に体験談を載せているのは、その方が面白そうだと思っているからであって、僕はただの探偵だ。


「まぁいいんですけど……そういえば、彼女さんはどうしてるんですか?」

「……おいおいおい。まさかと思って聞くんだが、一応だぞ? 本当に一応の確認のために聞くんだが……君の言う彼女さんってのは「あの女」のことじゃないよな?」

「えぇ? 私が聞く彼女さんって、一人しかいないですよ」


 冗談じゃないぞ。僕はあの女に関わると碌なことがないって言うのに、なんであの女が僕の恋人みたいな認識になっているんだ。


「じゃあやっぱり「あの女」のことじゃないかっ!? これも何回も言っているがな、僕はあんな口うるさくて面倒くさい年下の女なんて嫌いなんだっ!」

「そこまで否定しなくていいじゃないですかぁ……お似合いですよ?」

「君は本当に、人の逆鱗に簡単に触れてくるムカつく奴だね。だからこそ気に入っているところもあるんだが……口に出す言葉は、もう少し頭の中で反芻してから出してくれよ」


 このデリカシーのなさというか、人間関係のルーズさこそが僕が彼の気に入っている部分でもあり、嫌っている部分でもあるのかもしれない。


「でも、現役の女子高校生を事務所に連れ込むなんて、犯罪ですよ?」

「なぁ。僕は何回も説明したよな? あの女は向こうから勝手に事務所に上がり込んで、事務所で好き勝手しているだけだって」

「はい。わかってますよ?」

「君、全然わかってないだろう」


 全く。彼は僕より年下だって言うけど、こういうのも最近の若者はって言うべきなんだろうか。老人の気分が少しだけ分かった気がするよ。


「それはいいんですけど……彼女「神薙優奈」って言いましたっけ? 彼女とは何処で会ったんですか? あんなに綺麗な女子高生、普通はお目にかかれませんよ?」

「言ってなかったかい? 僕、あの女と出会ったのはそんなに前の話じゃあないよ」

「えぇ? そうなんですか?」


 佐藤君は勝手に驚いているが、僕だって驚きだよ。まさか出会って2ヶ月程度の女に、事務所の一角を占拠されるなんて思ってもいなかったからね。


「じゃあ出会った話を教えてあげよう。面白いと思ったら、それを少し脚色して雑誌に載せようじゃあないか」

「いいですよ。どうせ今月号は、まだページ余ってますし」

「おいおい。こういうのって、話した再来月ぐらいじゃないのかい? まぁいいけどさぁ」


 しかし、こやって佐藤君に怪奇現象の話をするのはもう何回目だろうか。もっとも、最近は神薙優奈とかいう頭のイカれた女と関わるようになったせいで、怪奇現象に出会う回数も極端に増えたんだが。


「2ヶ月前、僕は年配の女性から、探偵として一つの依頼を受けたんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る