第34話 名言出ました
「女性に対する、ネガティブなイメージが払拭できれば、何か変わるんじゃないですか?」
澪は、明るく提案してみた。さっきから鳥肌が立ちすぎて、早口になった。
「女性が嫌い…ではないのですが、本当に苦手です」
「それは、昔から?」
「そうですね。男子校出身で、職場も男ばかりなので、免疫がないのかもしれませんが…、女性から、よく後をつけられたり、一方的な電話や手紙、自分を指名した捜索依頼もありますし、無理やり迫って来られる方もいて…、つい身構えてしまいます」
「…えぇっ?」
男の言葉に、それって大胆通り越して犯罪じゃないのと、澪は眉をひそめた。
「それは…」
災難でしたね、などと言おうとして、
(あぁ、でも、この人相手なら、迫っちゃうのも分かるわ…)
突如、あらぬ方向に、澪の妄想スイッチが起動した。
(私だって、今能力さえあれば…、そうね、まず結界を…。いや、この人、体格も運動神経もいいから、腕力では勝てないかも。まず、向こうのソファに座ったところを狭めに囲って、間髪入れずに……、それから、で、…)
緻密かつ具体的な方法まで、リアルに思い浮かべた自分に気付き、
(…で、って、それこそ犯罪!!)
澪は心の中で、自分に盛大なツッコミを入れた。
「…ので、無線では自分の名前は極力出さないです。探知されるので。…とはいえ、それらが原因というより、いつの間にかこの年まできてしまった感じです」
澪の心の内など知らない男は、淡々と話をしたあと、ゆっくりとお茶を飲んだ。
「それ…じゃあ、恋愛に対して、後ろ向きにもなりますよ。たまたま、出逢った相手の巡りあわせが、あなたに合っていなかっただけだわ」
男の話を聞くふりをして、邪な妄想を膨らませたことを、心中全力で謝りつつ、
「えっと…、理想の女性像とか…は、おありですか?」
澪は会話を続けるために、それらしい質問を投げてみた。
「理想…ですか? …それをどう思い描けばいいか、分からない。私には、大事な感情が欠けているみたいで。人としておかしいと、よく言われます」
「えぇ、なによそれ! そんな言葉、握りつぶしてポイよ、ポイ!」
澪は、メキッと缶ビールを握り締めて、声を荒げた。
「男の人って、何人と寝たとか、何歳で童貞卒業したとか、しきりに自慢したがりますけど、女性にモテようが迫られようが、特別だと想える相手と出逢えるまで、据え膳断ってじっくり待つのも、全然アリよ。いろんな選択肢が、あっていいと思います!」
男は、澪の口から出るワードの強さに目を見開きながらも、
「…名言、出ましたね」
励まされていることを読み取って、言葉を選んでそう言った。
「ええ。今、いいこと言いましたね」
澪は鼻息荒く、ドヤ顔を見せた。自分のことは、ポイと棚に上げて。
「あなたを、おかしいとか言ったヤツ、とっちめて締め上げてやりたいわ!」
「まぁ、…父です。あと、友人たちでしょうか」
「今すぐここに、全員呼び出してください。私が説教して、性根叩き直します!」
澪は片手でビールを飲みながら、片手でテーブルをペシペシ叩いて言い放った。自分のことは(以下略)
「ますみさんなら、本気で正座させそうです。酔うと、こんなに面白い方だったんですね」
男は吹き出すと、屈託なく笑った。
「酔ってません!」
「ははっ、酔うと皆さん、そうおっしゃるんですよ」
笑った目元に少しだけシワができる、男の無邪気な笑顔は、強烈な破壊力だった。
「違うったら…」
澪は、笑顔の威力にやられて、とたんにしどろもどろになってしまった。
「だって、あなたは自分の心に正直なだけで、ちっとも…おかしくなんか、ないわ。…酔ってなんか、いません…」
澪の声量は次第に小さくなり、しまいには真っ赤になってうつむくしかなかった。
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