第27話 車酔い
山道は、想像以上に揺れた。
「ひゃ…、いっ、…ぐぇっ」
シートベルトをしていても、思わぬ方向に身体が傾き、澪からは無様な声が漏れた。
「取っ手に、しっかりつかまっていてください」
車道とはいえないような細い道を、男は何ら気にする様子なく、神業のようにハンドルをきった。
左右に生える、太い木の枝がトンネル状に連なり、車体から数センチまで迫って、澪は何度も目を見開いたが、決して車体に衝突することはなく、難なく走り抜けるのだった。
15分ほど走ったところで、澪は気持ち悪さの限界を感じ、
「と、停めて…ください」
と、ぐわんぐわん回る頭を支えながら訴えた。
男が柔らかに停車すると、澪は窓をあけて呼吸を整えた。
「すみません。私、車酔いしやすいんです…」
澪のぐったりした背中を、男は心配そうに見つめ、あっ、と思い出して男は言った。
「ミントの飴、ありますよ?」
男はコンソールボックスから、袋入りのミントキャンディを取り出して、澪に勧めた。
「あっ、これ、私も好きなんです」
見慣れたパッケージに、澪は思わず笑顔がこぼれた。
「酔いやすいから、乗り物乗るときは、酔い止めがわりにいつもこれ、舐めてて…」
男は小さくうなずくと、澪に袋ごとキャンディを渡した。
「いただきます」
澪はすぐさま、キャンディの小袋を破いて口に放った。
「お水、置いておきますね。もうすぐ舗装された道に出ますので、ひどく揺れるのは、あと…十数分です。耐えられそうですか?」
男は尋ね、ペットボトルの水を澪側のドリンクホルダーに置き、エチケット袋をダッシュボードから取り出して、シートサイドに置いた。
「色々とすみません…。それぐらいならたぶん、大丈夫です」
澪はそう言うと、外の景色を眺めて何度か深呼吸し、ペットボトルを開栓して、水を一口一口、ゆっくり飲んだ。
膝に置いた無線から、応答を求める音声が聞こえ、澪は男に無線を差し出すと、男は受け取り、車を降りて応答し始めた。
しばらくして、男が運転席に戻ったころには、澪の吐気はだいぶとおさまっていた。
「あの、電話をかけたいのですが、このへんって、ずっと電波ないんでしょうか?」
澪は男に聞いた。スマホの電池は残り五パーセント。あと二時間ほどで旅館とはいえ、自分の帰りがあまりに遅いと、灰屋旅館どころか、灰屋家含めた一族総出で捜索しかねない。
「電波は、旅館近くまで走らないと繋がりません。無線を使えば、救助隊を介して、ご家族に連絡できるかと思いますが?」
「あ、いえ…。私的な連絡なので、そこまではいいです」
男の穏やかな返しに、澪は恐縮した。
あと2時間。旅館で予約した夕食には間に合わないが、救助隊からの連絡となると、騒ぎになりそうで面倒だ。
「もう15分ほど走れば、我が家のロッジに固定電話があります。お使いになりますか?」
「それは、…はい。助かります」
澪はうっかりキャンディを喉の奥に滑らせそうになりながら答えた。
(キャンディに水に電話まで。この人、何者かしら。本当に、何でも出てくる…)
澪は驚きを隠せなかったが、これ以上の行方不明は、紅が発狂する。男は良い人そうであるし、背に腹は変えられない。
「霧が、出てきましたね…」
澪が車の窓を閉めようとすると、男が小さく呟いた。
前方を見ると、ヘッドライトの先に、ほんのかすかに白いもやがかかっているのが見えた。
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