第23話 救助要請

 遠くでヘリコプターの飛行音が聞こえて、澪は思わず立ち上がり、大声で叫んだ。


 崖に遮られた、狭い上空を飛んではいなかったが、救助要請が出たのかもしれないという期待が持てた。


 澪のスマホから、緊急掲示板に伝言を残しはしたが、澪のことを探す者は、この時誰一人いなかった。


「葵ちゃん、目をこすらないで」


 澪は注意した。葵の目は、タオルで覆っているが、その上からでも、土のついた手で擦ろうとしてしまう。


「ねぇ、お菓子があるの。チョコは好き?」


 澪は、気をそらそうと葵に声をかけた。


「好きっ、いぃ…っ!」

 葵は動こうとして、顔を歪めた。


「足は動かしちゃダメよ。今、お口に入れるわね」


 澪はチョコレートを小さく割って、少女の口に入れた。


「美味しい…。ありがとう。私のリュックにね、飴が入ってるの。お姉ちゃん、出して食べて?」


「ありがとう。中、見てもいい?」

「うん」


 砂だらけの葵のリュックは、破れて中身がすべて抜け落ちていたが、留め具には防犯用ブザーがついていた。


「ブザー鳴らすわ。うるさいけど、我慢してね」


 澪は葵から少し離れて、落ちた崖の近くまで歩くと、しばらくブザーを鳴らして切り、気配をうかがった。


 ヘリも遠くへ行ってしまい、先程と何も変わらぬ自然の織り成す音だけが耳に入ってきた。



 滑落から2時間ほど経った。


 日は傾き、だんだんと空気が冷えてきた。袖を破いたTシャツと、膝下のないズボンだけでは寒かった。


 せめて身体を動かそうと、ブザーを鳴らしながら周囲を歩いて回った。葵の麦わら帽子のリボンが見え、土の中から拾い上げたが、葵の水筒は崖の途中に生えた木の枝に引っかかっており、今の澪では、取ることはできなかった。


 能力さえ…と、何度も後悔した言葉が喉奥に迫る。


「大丈夫、何とかなる。必ず助けが来る…」


 澪は、両手をこすり合わせながらつぶやくと、ブザーを切って、葵のところへ戻った。



「お姉ちゃん、のど…かわいた」


 葵は、浅い眠りから覚めると、小さく訴えた。澪は迷ったが、


「お水を少しずつ、おくちに入れるわね」


 と言って、葵の頭を支えながら、ペットボトルの水を少しずつ、口に流し入れた。



 葵に飲ませたその水で、ついにすべての食料が尽きた。

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