第18話 無残な物差し

 一族の人間は、…苦手だ。


 付き合いのない家の者でも、辰巳と知るなり、「祖母の体調が悪くて…」などと、澪に懇願してくる。


 薬剤師としてのアドバイスを、澪に求める素振りを見せつつ、彼らの見つめる先は『奇跡の手』だ。


 治せるのは自分ではないし、ナオが治療するかどうかを決めるのもまた、自分ではない。


 そして、一族ならば、たいてい瞬時に感じ取ってしまう。――自分より相手が、弱いことを。


 澪は自分に厳しく、それゆえ強くなった。

 澪が会得した、一族としての能力値「上位参」以上を扱える者はごくわずかだ。


 必要以上の強さを相手に求めるのは間違っているとは思いつつ、つい湧いて出てしまう。


 甘いんじゃないの――と。


 強さがなければ護れない。自分を、何より――弟を。


 この無残な物差しを相手に押し付けるのが嫌で、一族の男性とは、極端に距離を置いてしまう自分がいた。


 勤務先で、一族男性に会うことも多い。

 名前、特に家柄が分かる苗字は知りたくもなかった。冷たい、愛想なしと言われようとも、薬のこと以外、極力言わず聞かず、目を合わせず、顔も見ない。


 患者対応は別の薬剤師に極力任せ、空気を察して逃げに逃げ、飲み会も親睦会も、徹底的に断ってきた。


 弟のような存在である、結弦とつかさは別として、例えば、すれ違った人物が聖であるという事実を知れば十分。

 それ以上は知りたくないと、澪は本気で思っていたのだ。



 一方、すれ違う澪や紅に目もくれず、聖は入院病棟へ急いだ。

 先ほど、看護師に走らないよう注意されたが、早足で橙華の病室へ入っていった。


「橙華」

「聖。来てくれたん?」

 橙華はバッと両手を広げて、笑顔で聖を迎えた。


「また、無理しようとしたって?」


 聖は元気な様子にホッとしつつ、橙華の隣へ寄ると、両手の要求に応えた。


「かんにん。…けど、澪さんが、これ貸してくださってん。何よりの薬や。飽きんでいられる」


 橙華は聖に寄り添ったまま、タブレットを指差して笑ったが、橙華の腕にささる点滴の針が、聖には痛々しく見えた。


 橙華が、動いて針を抜くたびに、白い両腕に、赤紫色の跡が増えていった。女医の水凪からは、

「次、やったら縛るぞ」

 と、拘束がほのめかされていた。


「…そう、よかった。辰巳家のナオさんが、こっちに向かってくれているね。安心した」


 聖が橙華の髪をなでて言ったが、橙華は、すんと気を落としてしまっていた。


「そうやけど…、ナオに治療されると、しばらく能力が使えへん。お願いや、うちがようなるまで、どこも行かんとそばにおって?」


「うん…。いるよ。大丈夫」


 聖が優しく頬をさすると、橙華は不安そうに長いまつげをふせた。


 聖は橙華の肩を抱きしめ、そぅっとお腹に手を添えた。

 小さな命が、生きて戦っているのを強く感じ取って、聖は目の奥がぐっと熱くなった。


「ん? なんで澪さん、能力消えとったん?」


 ごっ、っと音がして、聖のあごに橙華の石頭が当たった。

 橙華が、突拍子もなく顔を上げたせいだ。


「っ…。いろいろ、あるんじゃないかな」


 聖はあごをさすりながら、首を右に傾け続ける橙華に、やさしく言った。

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