第12話 追い打ちの追い打ち
澪の『普通になりたい』衝動は、お酒だけでは消化しきれなかった。
かろうじて体裁を保ち、仕事に打ち込んだが、心と身体がバラバラに崩れ去りそうだった。
しがらみから離れて、自由に…とまでは言わないまでも、『普通』になりたかった。
あまりにも遅くきた反抗期くらい自分で何とかしようと、澪はもがいて、『いつもの』日々を送れるよう自分を律した。
『いつもの』とは、山積みされた薬剤師としての仕事をこなし、ヤバい女に引っかかって手首を縛られているナオを助け出し、怪しい勢力の動向を注視して神経を擦り切らせ、ケアレスミスが多発する母の研究論文を夜な夜なチェックし、ボクシングジムで身体を極限まで鍛えて家に帰れば、楽しみに取っておいたワインをナオが飲み干して床で酔いつぶれており、痴漢や暴漢から女子を救って告白されたかと思うと、同年代の友人が、結婚式の招待状や出産の知らせを送ってくる日々のことだ。
人生ままならないことばかりだ。
澪も、そこまでは腹におさめていた。しかし、タイミングの悪さが追い打ちをかけてきた。
澪は、別れたあの男が来月挙式予定だと耳打ちされた。
普段、噂話など気にもとめないが、デキ婚だという。
教えてくれたのは、灰屋ホテルのウェディングプランナー。彼女とは旧地の仲で、情報に間違いはない。
いつからか知らないが、修一に二股をかけられていたのだ。
「澪さん。私、誓のキスの時、照明をゲス野郎のド頭に落としてやりますから!」
と、憤るウェディングプランナーをいさめつつも、しばらく腹の虫がおさまらなかった。
(…飲もう! 飲まないとやってらんない!)
澪はその日の仕事帰り、極度にイライラしながら、酒とつまみを両手に持てる限り買い込んだ。
帰宅したらすぐ飲み始めようと、澪は勢いよく自宅の玄関を開けた。
玄関にはベージュのエナメルパンプスが脱ぎ捨ててあり、
「あぁっ、…ん、あっ…」
開け放たれたリビングの扉の奥から、女の喘ぎ声が聞こえた。
その瞬間、澪は沸き立つ怒りで、何かがぶちっと切れたのをはっきりと感じた。
「ナオ! セックスするならホテル行け! リビングでするなって、何度言わせるー!!!」
澪は声の限り叫んだあと、玄関ドアを力の限り閉めた。
その勢いで鍵が壊れたが、放ったまま、灰屋ホテルへ駆け込み、買い込んだ酒を、破竹の勢いで胃に流し込んだ。
それでも、ナオにかけた護身術を維持できる範囲、潰れない程度で止め、ふて寝した。
(なんで、私が一人でホテル…)
虚しかったが、もう涙すら出なかった。
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