第4話 セイギ・ドリッチ・カイドウVS黒い騎士と五人の子供 23 ―………が、―

 23


「まずい!!!」


 口内の炎を見た瞬間、咄嗟にセイギはカイドウを突き飛ばした。

『なるべく遠くへ行ってくれ』と願い………強く、強く、強く。


 ―――――


 狼はセイギから50m程離れた場所のT字路の角から彼を見下ろしていた。

 その場所から動かずに吐き出された炎は、斜めに空を走り、セイギを襲った。


 ―――――


「うわっ!」


 背後から突き飛ばされたカイドウは金城と藤原を両手に抱いたまま宙を舞った。

 宙を舞う直前、カイドウは聞いた。セイギの『まずい!』という叫びを。

 そして宙を舞いながら聞いた。狼の咆哮を―――何事が起こったかまでは理解出来ていないが、が起こった事は宙を舞っている最中に理解出来た。

 だからカイドウは金城と藤原から手を離さなかった。『何事かが起こったのなら、二人から離れてはいけない』と感じたからだ、突然突き飛ばされて驚きながらも、カイドウは二人を抱く力をより強めていたのだ。


「うっ……」


 地面に落ちる前、カイドウは金城と藤原に怪我をさせぬ為に、体を反転させて背中から地面に落ちた。


「いったい何が……」


 落ちると左右に抱いた二人の無事を横目で確認し、やっと二人から手を離す。

 離し、カイドウは起き上がる。

 起き上がる際に後ろを振り返る必要はない。地面に落ちる前に体を反転させた動作は、後ろを振り返る動作と同じ事だったから。


「………ッ!!」


 起き上がったカイドウは息を飲んだ。

 その目に映ったのだ、炎に焼かれるセイギの姿が……


「セイギさん!!!」


『何処から炎は来ているのか』とカイドウが確認する必要はなかった。炎に包まれるセイギを捉えたと同時に、炎を噴射する狼の姿もまたカイドウの目に映っていたから。


「クソォ!!!」


 カイドウはセイギを助けようと駆け出した。


 しかし、


「来るなッ!!!」


 炎に焼かれるセイギが叫んだ。


 いや、焼かれてはいない。セイギは炎に負けてはいなかった。


 一見すると、全身を炎に焼かれて悶え苦しんでいる様に見えるが、カイドウを突き飛ばした後に取り出したのだろう、よく見れば、セイギの手には大剣があった。

 悶え苦しんでいる様に見えたのは大剣を振り回しているからで、セイギは纏わり付いてくる炎を斬っていたのだ。


 炎を斬るとしても普通ならば出来ない。しかし、セイギの大剣は斬った対象のエネルギーを刃に吸収出来る大剣だ。

 炎の勢いが強く、全身を包まれてしまっているが、炎の中には黄金に輝く大剣が見えている。

 大剣にエネルギーが貯まってきているのだ。


「ジャスティス……スラッシャー!!!」


 セイギに向かって噴射され続けていた炎が左右に裂けた。裂いた存在はセイギがその名を唱えた技だ――ジャスティススラッシャーは袈裟斬りの形で発射され、狼の口から吐き出される炎を裂きながら遡っていった。

 遡っていったのだから炎を吐き出す狼の顔にまで辿り着く。


「ガウゥッ!!!」


 ジャスティススラッシャーは炎を吐き出していた三つ首の右の顔に命中した。

 攻撃をくらった狼のは痛みに目を瞑り、空を向いた。

 この瞬間、吐き出されていた炎が止まる。


「セイギさん!!」


 カイドウは今度こそセイギに駆け寄ろうとした。


 だが、まただ。


「来るなッ!!!」


 再びセイギがカイドウを止めた。


 ―――――


「何故!!」


「よく見ろ!!!」


 カイドウの問い掛けに、セイギは前方を指差す。


 セイギが止める理由は明確にあった。セイギはただ意地を張って『来るな!!』と言っていた訳ではない。

 セイギ達の前方には煙が充満している。炎がアスファルトを焼き、発生した煙だ。

 カーテンの様に煙は漂っていて、視界は不明瞭、そんな分厚い煙の向こうに、陽炎の様に揺らめきながらこちらに向かって歩いてくる影があった。

 その影が何かを、セイギは分かっているのだ。


「騎士が来てるんだ……お前はこっちに来るな。お前はみんなを連れて今すぐ表世界に戻れ。金城くんと藤原さんを連れて、夢の所まで走るんだ………」


 セイギの息は荒れている。荒れさせているのは疲れではない。全身に走る痛みがそうさせている。


「いや、戻れって……それは貴方も一緒でしょ? 皆で戻りましょうよ!」


「いや、ダメだ……」


 セイギは首を振る。これにも理由がある。


「俺もそうしたいのは山々だ、でもな、体がもう限界なんだよ、走りたくてもダメなのは自分自身の事だ、よく分かる……」


 セイギのスーツはバチバチと火花を散らしている。前にセイギは同様の状態のドリッチを見て言った。『スーツの火花は変身解除が迫っている証拠』だと、『変身解除に至れば気を失う可能性が高い』と……現在のセイギもそうなのだ。

 炎から受けたダメージは大きく、気を失う寸前、立てているのも気力で無理矢理そうしているだけ、『走る事など不可能だ』と自分自身の事だセイギは分かっている。


「騎士はすぐに来るぞ、早くしろ……お前の力なら二人を担ぎながらでも、そんなに時間は掛からずに夢と合流出来る筈だ………頼む、言う事を聞いてくれ………」


 息も絶え絶えにセイギはカイドウに命じた。


「このままグズグズしていたら騎士に襲われ俺達は全滅する………頼む、優。金城くんと藤原さんを……それから夢を守るんだ、早く!」


「頼むって、そんな……それじゃあセイギさんはどうするつもりなんですか? まさか犠牲になるつもり? そんなの僕は嫌ですよ、だったらセイギさんも僕が担ぎます!!」


「馬鹿……俺を担いだらその分遅くなるだろ、そんな時間を敵が与えてくれると思うのか? 俺は思わねぇぞ………それに騎士は、こっちが動き出したと感じるとすぐ走り出す筈だ………だから俺はここに立つ。ヤツと戦う。お前達を逃がす役割を担うぜ。お前が夢の所へ行く時間は俺が稼ぐ……時間稼ぎくらいの体力は踏ん張ってでも出してやるぜ……」


「でも……」


「でもじゃねぇ………こんなピンチになったのは俺のせいなんだよ、俺が夢の悪い予感を信じなかったからな。だけどなぁ……優、勘違いするな、俺だってこんな所で死ぬつもりはねぇんだ、お前達を逃がしたら、俺だって表世界に戻るぜ………お前が持ってるドアノブを渡してくれ、また表世界で会おうぜ」


 セイギは大剣を握り直す。


「出来るんですか? そんな状態で、やれるんですか? 騎士と戦えるんですか?」


「あぁ、英雄としての資格が俺にあるならな、やれる筈だ………いや、やってやる!」


「信じて良いんですか?」


「あぁ……俺を信じろ!」


 セイギは後ろを振り返った。


 カイドウが本当に納得してくれたのかは分からない。だが、カイドウは


「分かりました……その代わり約束ですよ、セイギさんも必ず戻ってきて下さい!」


 そう言ってくれた。


「それでは、コレを……」


 カイドウはセイギに向かってドアノブを投げた。



 ………が、


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