第4話 セイギ・ドリッチ・カイドウVS黒い騎士と五人の子供 22 ―ガルルゥ……―

 22



 だがしかし………



 セイギがドアノブを受け取る前に悲鳴が聞こえた。それは空から。それはドリッチの悲鳴だった。


 そして、それと同時に爆発音も聞こえた……


 しつこく追い回してくるミサイルを躱し続けていたドリッチだったが、遂に体力の限界が来たのか、それとも集中力の限界が来たのか、右方向から来た一発を旋回して避けた直後、今度は斜め上から来た次の一発に被弾してしまったのだ。


「夢ッ!!」


「夢さん!!!」


 ドリッチの悲鳴を聞いたセイギ達が空を見上げると、既にドリッチが被害を受けた後だった。

 撃墜された飛行機の様に地面に向かって斜めに落ちていくドリッチ――落下速度は速く、セイギ達がじたばたしていた訳でもないのに、彼らが再び走り出したすぐ後には彼女は墜落した。


 堕ちた場所は奇しくもセイギ達が立つ大通りだった。だが、セイギ達が向かっていた方向とは逆。セイギを先頭にして、セイギ、カイドウ、金城・藤原の順で走っていたから、金城と藤原が一番近くにいる――近くにいるとしても四人はほぼ固まって走っていたのだから、さほど差は無いが。


 ドリッチが落下した場所と四人との距離は200mも離れていない。

 彼女が堕ちた時にセイギ達は一時足を止めていたが、また走り出した。


「セイギさん……偶然にしては出来すぎていますが、どうやら僕たちは皆一緒に帰れるみたいですね」


 カイドウがセイギに向かって言った。


 カイドウは何故そう言うのか、それはドリッチの落下地点が不幸中の幸いとして自分達に近い場所だったからもあるが、まずは落下したドリッチがよろめきながらも自分の足で立ち上がったからだ。


「夢さんは頑張ってくれました。攻撃を受けても立ち上がってくれました、やっぱり夢さんは英雄です、流石です!」


 ドリッチが攻撃を受けたにもかかわらずカイドウは安堵した様子。これは仕方がない。ドリッチはよろめきながらも、走るセイギ達に向かって歩いてきているのだから。右に左にと振られ、倒れそうにもなるが、それでも歩いてきている。

 空中でミサイルに追い掛けられていた状況よりも、痛々しい姿ではあるが現在の方が『一緒に表世界に帰る』という求めたい結果に近くはなっているのだ。


 しかし、セイギはその姿を見ながらも


「いや、まだ安心は出来ないぞ」


 ……と言った。


 この発言にも理由はある。

 セイギはただ不安がってネガティブに考えているのではない。

 歩いてくるドリッチのスーツが火花を散らしているからセイギはこう言うのだ。


「ドリッチのスーツから火花が出てるだろ、俺も数回経験あるが、アレはドリッチの変身解除が迫ってる証拠なんだ。変身解除に至ったら気を失う可能性が高い、その前に裏世界から脱出させないといけない」


「気を失ってる隙に騎士や狼が来たらヤバイって事ですね。分かってます、急ぎましょう!」


 カイドウはそう言うと走るスピードを上げた。


 公園を出る時にカイドウはガキハンマーを腕時計の中に仕舞っていた。たった今ドアノブも仕舞った。両手を空けて、カイドウは先頭を走る金城と藤原に近付く。


「金城くん、藤原さん、ちょっと抱っこさせてね!!」


 そして一言告げると、金城を左腕で、藤原を右腕で抱きかかえた。


「セイギさん、二人は僕が抱えて走ります! セイギさんも足が痛いかもですけど、もう少し頑張って!!」


「あぁ、分かってる!」


 四人の中で一番足が遅いのは女子の藤原、その次が金城だ。二人は普通の人間なのだから当然だ。

 この二人を抱えて走れば――セイギは足を引き摺っているが鈍足にはなっていない――カイドウは50㎏のガキハンマーを持っての移動に慣れているから二人を抱えても鈍足にはならない――四人の移動スピードは倍に……にはならないが、幾らか速くなる。

 二人を抱えて、カイドウは出せるだけの全力で走った。

 抱えられた金城と藤原はカイドウが一歩踏み出す度に揺れるから「うわっ!」や「え、ちょっと!」と言って戸惑うが、皆で無事に表世界に帰る為だ、カイドウは気にしない。


 ―――――


 セイギはそんなカイドウの後ろを走った。


 走りながらセイギはドリッチを想う。


 ― 夢……ごめんな。俺が信じてあげていたら、そんな痛い思いをしないで良かったんだよな。ごめんな……


 ドリッチはよろめきながらも必死に歩いてきている。『彼女を早く支えてあげたい』セイギはそう思っていた。

 右に振られ、左に振られ、彼女は必死に歩いてくる。

 その全ての動作を、セイギは己の目に焼き付けようと見詰め続けた。彼女の痛みや必死さは『自分のせいだ』と思うから。


「あっ……」


 俯きながら歩いていたドリッチが顔を上げた。


 ― ん……なんだ?


 しかし、それを見てセイギは首を傾げた。


 何故なら、顔を上げたドリッチは突然右手を大きく振ったからだ。

 この動作に、セイギは首を傾げたのだ。


 ― なんだ? 何をしてるんだ?


 今までも体が振られる度にドリッチの腕は振り子の様に揺れていた。だが、今の動作はそれとは違っている。今の動作は退だった。

 "体が振られるから腕も一緒に動いてしまう"……とは違う、明確な意思を持った動作に見えた。


 セイギが不思議がっていると、またドリッチの腕が動く。また同じ動作。退だ。


 ― 退け? ……まさか、そう言って?


 セイギはドリッチが『その場から退け』と自分達に伝えていると感じた。

 セイギはチラリとカイドウを見た。すると、カイドウは金城と藤原に向かって「二人共、もうちょっと痩せたら?」と軽口を言っていてドリッチの方を見ていない様子。

 セイギは再び視線をドリッチに戻す。

 ドリッチはまた腕を振っていた。


 ― やっぱ、『退け』って言ってんのか? まさか……


 ドリッチの『退け』の意味を探る為に、セイギは今度は首を捻り後ろを見た。


 ― まさか……


 振り返る途中、セイギは気配を感じた。

 セイギの顔は上へと動く。視線は気配を感じた方向へ。

 50m程離れた先でセイギ達の背後の大通りは大きなT字路になっていて左右に分かれている―――セイギが見るのは左に折れていく道路の角に建っているビルの上方向。


 ― ………あっ!!


 視線を完全に移動させた瞬間、セイギとは目が合った。


 ― い……いつの間に


 はそこから覗いていた。セイギ達を見下ろしていたのだ。


「ガルルゥ……」


 は三つ首、巨大な三つ首、三つ首の狼…………狼はビルの上から顔を覗かせ、セイギ達を見ていた。

 ドリッチが伝えていた通り、中央の顔の上には騎士も居る。


「ガルルルルゥ……」


 セイギと目が合うと、セイギから見て右側の顔が唸った。唸り、そして、その顔は喉の奥が見える程に大口を開けた。


「………ッ!!!」


 口内を見たセイギは全身にジワリと汗をかいた。セイギは見たのだ、喉の奥に光を、



 それは赤く揺らめく光…………炎だ。

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