第4話 セイギ・ドリッチ・カイドウVS黒い騎士と五人の子供 21 ―嫌な予感は当たってしまった―

 21


「ガルルベロス!! ヲ、黄色イ英雄二向カッテ発射ダァ!!」


 騎士が狼に指示を飛ばした時、ドリッチは動きを止めてしまっていた。

 それは騎士の声が聞こえた時に驚いたからであり、騎士が狼に指示を飛ばしたからではないが、ドリッチはこの指示の内容にも驚いてしまった。その為、ドリッチの停止時間は更に長くなってしまった。

 何に驚いたのか、それは『ミサイル』という言葉だ。

 狼は――巨大ではあるが――三つ首ではあるが――一目で『狼だ!』と認識出来る見た目をしている。その狼に対しての指示に『ミサイル』という言葉が使われるなんてドリッチからすれば予想外過ぎたのだ。


 だから彼女は固まり続けた。

 己のピンチであるのにもかかわらず。


「夢ッ!!!」


 そんな彼女の停止を破壊したのはセイギの叫びだった。


「早く逃げろッ!!!」


「あっ……」


 セイギの叫び声を聞いたドリッチは吐息を漏らし我に返った。


「ヤバイ……」


 我に返った彼女は体を翻し、狼に背を向ける。

 ドリッチと狼との距離は、まだドリッチの視界に狼の全身が収まる程には離れていた。

 しかし、身を翻した時点で既にドリッチは確認していた。狼の口内からミサイルが発射される瞬間を……


 ―――――


 狼の口内は、巨大ではあるが普通の狼とさほど変わらぬ形だった。犬歯や臼歯が生え並び、ミサイルに見える物は何も無かった。


 無かったが、騎士は既に言った。『牙ミサイル』と。


 牙とは犬歯の事である。

 騎士の言葉通り、狼の犬歯=牙がミサイルと成って放たれたのだ。

 牙の形状は変わらない。変わらないが、牙の根元からは炎があがって下顎に生えた二本と上顎に生えた二本は一旦空中に浮かび上がった。かと思うとすぐに平行になり、尖る先端をドリッチに向け口内から飛び出した。


 そして、牙ミサイルの軌道は直線でもなく弧を描くでもなかった。

 ミサイルの動きは縦横無尽。

 まずミサイルは狼の斜め上空に向かって飛んだ。そこにはドリッチが居たからだ。

 しかし、ドリッチは身を翻し逃げ始めた。そんなドリッチをミサイルは追い掛けた。

 ドリッチが右に行けば右に、左に行けば左に。

 ミサイルはドリッチを追跡した。


 ―――――


「夢ッ!!!」


 ミサイルに追い掛けられるドリッチを見て、セイギの焦りは増した。


 ミサイルのスピードは速かった。ドリッチも本来であればボッズーのビュビューンモードに引けを取らない速さで飛べるのだが、彼女も焦っているのだろう――彼女自身が追い掛けられているのだから当然だ――遠くからでも動きに迷いが見て取れ、飛ぶスピードが落ちていた。


「このままじゃ追い付かれる………夢!! ドアノブを使え!! ビルの上に着地して、すぐにドアノブを使うんだ!!!」


 セイギは有らん限りの声で腕時計に向かって叫ぶ。だが、ドリッチからの返答はない。


 ドアノブはカイドウも持っている。ドリッチに預けた物は彼女一人が使っても問題はない。

 しかし、ミサイルの追跡がドリッチの耳を塞いでしまっているのだろう。ドリッチが下降する様子はなかった。


「夢さん!!」


「ドリッチさん!!」


「黄色い英雄さん!!」


 カイドウ、金城、藤原もミサイルから逃げるドリッチに向かって叫んでいた。


「夢ッ!!!」


 セイギも叫び続ける。

 彼らは立ち止まってはいない。ドリッチに少しでも近付こうと走り出した。


 セイギは足を引き摺っている、金城と藤原は普通の人間だ、ドアノブを持っているカイドウは三人とはそう離れられない……急接近とはいかないが、それでも四人は走った。

 公園のグラウンドを出て、更に走り、大通りにまで出た。


 この時、まだドリッチは踏ん張っていた。

 ミサイルは四発ある。四発が同じ動きをする訳ではない。一つ一つが動き回り、あらゆる方向からドリッチに迫る。

 セイギ達が大通りに出た頃、ミサイルの発射から数分経った頃――十分は経っていない――ミサイルとドリッチの距離はいつ命中してもおかしくない距離にまで近くなった。

 迫るミサイルをドリッチは紙一重で躱す。躱すと更に別のミサイルが迫る。それをまたドリッチは躱す。更にまた次、更にまた次と躱し続ける。

 ドリッチは踏ん張り続けた。

 しかし、躱すだけではミサイルは消滅しない……


「セイギさん!!」


 しつこく追い回されるドリッチに目を向けていたセイギは、背後からの声にチラリと後ろを振り向いた。

 セイギに声を掛けたのはカイドウだ。

 カイドウもまたドリッチを見ていた。見ながら、カイドウはこう言う。


「僕、試してみたい事があります!! 僕のガキハンマーの鎖は5mは伸びるんです、最大限まで鎖を伸ばし、なるべく高いビルにのぼって、ハンマーの鉄球をミサイルに向かって投げれば、ミサイルを破壊出来るかもしれません!!」


 カイドウが言うのはドリッチを救う一つの方法だった。だが、


「ダメだ!!」


 セイギは首を振った。


「お前は金城くんと藤原さんを連れて早く表世界に戻れ!!」


 セイギがこう答えたには理由がある。

 セイギは危惧しているのだ、金城と藤原の二人をこれ以上裏世界に居させては凶事が起きてしまうのではないかと。

 だから大通りに出てくる迄もセイギは数度、カイドウに『ついてくるな!!』と命令をしていた。


 が、カイドウがセイギについてくる理由もあった。

 それは一つはドリッチを助ける為。もう一つは、


「いえ、僕はセイギさんを置いて帰れません!!」


 ……という理由だった。


「セイギさんを裏世界に呼んだのは僕です! それに、セイギさんは夢さんをどうやって助けるつもりなのですか!! セイギさんの武器は大剣だ、遠距離からでなければミサイルは破壊出来ませんよ!!」


「それは、分かってる!!」


「分かってるならどうするつもりなんですか? セイギさんだけを残しても、僕には貴方が夢さんと共倒れになってる未来しか見えないですよ!! 明確な答えをください!!」


「それは……」


 カイドウに真っ向から否定されたセイギは言い返せなかった。

 そして、セイギは唇を噛んだ。セイギは悔しかったのだ。

 その理由は、頭に浮かぶ打開策の全てがが付いてしまう策ばかりだったからだ。

『もしもボッズーがいれば、空を飛んで大剣でミサイルを破壊出来るのに』

『もしも勇気がいれば、ジャスティススラッシャーが使えるのに』

『もしも愛がいれば、キュアリバを鎧にして夢を救えるのに』

 絵空事でしかない打開策ばかりが頭に浮かび、セイギは自分自身に腹も立った。


「なんだクソ……俺は何も出来ないヤツなのかよ」


 腹が立つとセイギは自分を殴りたくなった。何故なら、セイギはもう一つのも思い浮かべたからだ。


 ― もしも、夢の『嫌な予感』をキチンと受け止めてあげていたら……こんな状況にはなってなかったかもしれない


 セイギはドリッチから『騎士が消えて嫌な予感がする』と聞かされて、『騎士が消えたのは俺達にとって好都合だ』だとか『へへっ! 嫌な予感か、分かったよ』という返答だけをして受け流すに近い対応をしてしまった。


 ― もしも、夢の予感をキチンと受け止めていたら俺はどんな行動を取った? ドアノブは二つあるんだ、まずは一つを優に渡して、金城くんと藤原さんと表世界に帰ってもらう。それからもう一つは夢と急いで合流し、俺が使う……そうすれば狼と騎士が現れる前にみんな表世界に帰れた……なのに俺は……夢の言い分を聞かず、馬鹿みたいに笑って………


 考えている内にセイギの足は止まってしまった。


「どうしたんですか? 答えられないんですか?」


 そんなセイギのすぐ後ろを走っていたカイドウが聞いた。彼の足もまた止まる。


「セイギさんは僕に帰れと言うけれど、僕は僕で考えがあります!」


 セイギが自分の判断に後悔をしているなんて知らないカイドウは、セイギの前に回り込んできた。


「金城くんと藤原さんを連れて、表世界に帰るべきなのはセイギさん、貴方の方なんです!!」


 そう言って、カイドウは腕時計の中に格納していたドアノブを取り出した。そして、ソレをセイギに差し出す。


「セイギさんが、僕と夢さんを残して帰るのに納得しない人だと僕も分かっています。ですが、僕は夢さんを救える可能性があります。でも、セイギさんは違う。選択を間違えちゃいけません!!」


「………」


 言われたセイギはすぐには何も答えなかった。

 ただ黙って、カイドウを見る。それから、空に居るドリッチを見て、最後に後ろを振り返り金城と藤原を見た。


「選択を間違えちゃいけない……か、そうだな。だよな」


 そう言って、セイギはカイドウが差し出すドアノブに手を伸ばした。

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