第4話 セイギ・ドリッチ・カイドウVS黒い騎士と五人の子供 15 ―いつどこで運転を覚えたんだ―

 15


 裏世界には人間が殆ど居ない。居るのは魔女に連れ込まれた少年少女か英雄だけだ。

 しかし、車やバイク、自転車等々の乗り物の数は表世界と同等にある。

 同等にあるが、人間が殆ど居ないのだから有りはしても勿論無人だ。その中には駐車場・駐輪場にキチンと収まっている物もあるが、路駐されている物も多い……こちらも表世界と同じだ。


 そしてまたもう一つ"同じ"がある。それは、最近表世界では電動キックボードをよく見掛けるが、裏世界でも同じくをよく見掛けるという事。

 大体がガードレールに立て掛ける形で道路や歩道の隅に置いてある。これもまた表世界と同じだ。


 しかし、表世界と少し違うのは、表世界で電動キックボードに乗っているのは、スタートアップ企業に勤めていそうな若者や、中年に差し掛かる事実を必死に否定しようとしているオジサンが多いが、どうやら裏世界ではずんぐりむっくりの髭面が乗るらしい事―――いや、実際はずんぐりむっくりの髭面が乗り物に乗る事自体が珍しいから、表世界と裏世界の比較にキックボードの例を出しても識者に論破されてしまうだろうが―――いや、裏世界の識者は魔女くらいだろうから、論破される前に杖からの炎で丸焼きにされてしまうだろうが。


 だが、論破されるにしろ、丸焼きにされるにしろ、現在裏世界でずんぐりむっくりが電動キックボードに乗っているのは事実だった。


 ―――――


《魔女の子供》が電動キックボードに飛び乗ったのはセイギの大剣の攻撃範囲にもう少しで入るという時だった。


 逃げ回る子供の前方にキックボードはあった。

 水色で少し小振り。おそらく免許がいらないタイプのボードだろう。御多分に洩れず、そのキックボードはガードレールに立て掛けてあった。

 住宅街に適した短い横断歩道の信号機のすぐ横、道路側だ。

 子供は道路を走っているのだから、その場所は子供にとっては丁度良かった。

 追い掛けるセイギにとっては真逆だが……


 追い掛けてくるセイギから子供は必死に逃げていた。追い掛けているセイギからすると子供は前だけを見て、ただ逃げているだけに見えた。

 でも、違っていた。子供は走りながらも目だけを動かし、辺りをキョロキョロと見ていた。それは少年少女が子供から逃げていた時と全く同じ。逃げる場所を、逃げる術を探していたのだ。


 そして見付けたのが電動キックボード。

 子供は発見の喜びを出さない様にして、頭を動かさず目だけでキックボードを捉えて、前だけを見て走っていると見せ掛けながら、道路の真ん中から徐々にガードレール側へと移動した。


 セイギは子供が道路の真ん中からガードレール側へと移動している事には気付いていたが、『横断歩道を通って歩道に入ろうとしているな!』……くらいにしか考えていなかった。

『キックボードに乗ろうとしているな!』なんて一欠片も考えていなかった。

 子供がキックボードに乗れるなんて誰も知らない――子供を作った魔女でさえも知らない可能性もある――のだから、セイギが考え付かなくても仕方がないだろう。


 仕方がないだろうが、事実として子供はキックボードに乗ってしまった。


 子供は前だけを見て走っていると見せ掛けながらキックボードに近付くと、路上で財布を掠め取るスリの早業かの如く素早さでハンドルを手に取った。

 手に取ったら、短い足で数回地面を蹴って助走をつけ、ハンドルに付いたアクセルを押した。


 走り出すキックボード。


「えっ!! マ……マジかよ!!」


 驚くしかないセイギ。


《魔女の子供》が一体何処で運転技術を学んだのかは世界の七不思議が八不思議になるだろう謎だが――魔女が知識として持っていたのであれば遺伝した可能性もある――、走り出してしまったのならば追うしかない。


「なにくそぉ!! 待てぇーー!!!」


 もう少しで追い付きそうだったのだからセイギの悔しさは強い。悔しさを叫びにして、尚もセイギは負傷した足に鞭を打ち、走り続けるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る