第4話 セイギ・ドリッチ・カイドウVS黒い騎士と五人の子供 14 ―誰がセイギを殴ったか―
14
「痛ってぇ~~! なにくそぉ!!!」
ガキセイギは足を痛めてしまった。
それは、ドリッチが鍋に放り込まれる騎士を目撃する少し前。
痛みの理由は疲れたからか? それとも捻ったからか? いや、違う。
殴られたからだ。
しかも、殴られた場所は向こう脛。俗に「弁慶の泣き所」と呼ばれる場所だ。
しかも右足。セイギの利き足だ。
セイギは痛くて足を引き摺らないと走れなくなってしまった。
では、誰がセイギを殴ったか。
殴られた直後、騎士は魔女によって城に連れていかれたし、《絶望の壺》に捕まっている少年少女は除外して良いとして、残るはガキカイドウとガキドリッチと《魔女の子供》だ。
セイギを殴れるまでの実力を持っているのはガキカイドウとガキドリッチだが、ドリッチはセイギが殴られた時には騎士を翻弄中だったからやれはしない。第一、彼女とセイギは仲間だ。殴る理由はない。それはカイドウも同じく。
では、セイギを殴る理由があるのは誰か。その答えは明白。
そして、この出来事は詮索の必要など一つもない出来事である。セイギを殴ったのはただの敵だ。殴ったのは、理由のある者。
《魔女の子供》だ。
ではでは、何故セイギは殴られてしまったのか。
セイギと《魔女の子供》の実力は、セイギが罠に引っ掛かった子供を一太刀で斬り伏せた事実がある通り、セイギの方が上なのは確実。得物の大きさもセイギの方が上。子供の武器は短い腕だが、セイギの武器は大剣。その大剣は、銀色の柄に鳥の翼に似た真っ白な刃を持つ1m以上もある剣だ。一定の距離があればセイギが勝ちを得るのが当然。
当然……なのだが、セイギは殴られてしまった。
いや、"当然"だったからだ。この当然と確実と事実が、セイギが殴られた理由だった。
何故ならば、セイギは当然等々のせいで油断してしまったからだ。セイギが殴られた理由は、セイギの心に生まれた一時的な油断のせいだったのだ。
『油断大敵』をセイギはモットーとしている。だが、人間の心は不安定。モットーとしているセイギであっても、一時的に油断を持ってしまう事もある。それが人間だ。しかもセイギは、小山翔を助けられた事で安堵も覚えてしまっていた。この安堵も油断を誘発させた。
では、その油断はどんな油断だったのか具体的に説明すると、子供の接近に気付かなかったという油断だ。
接近としてもセイギにではなく、アパートにではあるが……
セイギは小山を《絶望の壺》から出す際に、アパートから道路の方へと移動していた。アパートの通路よりも道路の方が広い。壺に捕まった少年少女を出すには、そちらの方がやりやすいとセイギは考えた。
それからセイギは、小山が表世界に帰るのを見送った後に、ドリッチが持ってきてくれた液体を染み込ませたハンカチを再び利用しようと考えていた。
液体の臭いに釣られて子供は来る。
セイギはまた、自分が優位に立てる場所に罠を張り、子供を誘き寄せるつもりだったのだ。
だがしかし、小山を見送ってアパートに向き直った時、既に新たな子供が姿を現してしまっていた………その場所はアパートの二階。
アパートの二階の通路に子供が屈み込んでいたのだ。
子供を見た瞬間、『ヤバッ……』とセイギは呟いてアパートに向かって走った。走って、アパートを囲むブロック塀を回り込み、二階へと進める階段へと急いだ。
セイギは焦った。『罠に使ったハンカチを見付けられてしまったら、俺達の作戦が悟られてしまうかも……そうなったら、臭いを利用した誘き出し作戦が使えなくなる!』と考えたからだ。
子供の姿を見ただけでは、ハンカチに気が付いているか迄は分からなかった。
現れた子供は、罠にかかった子供を倒した際に発生した液体の臭いに釣られて来たのか、それとも処理をせずにそのまま置きっぱなしにしていたハンカチの臭いに釣られて来たのか、そのどちらなのかが分からない状況だった。
後者ならばもう手遅れ、しかし前者ならばまだ間に合う。前者だと賭けて、セイギは階段を駆け上がった。
でも、この行動をセイギはすぐに後悔した。何故ならば、階段を駆け上がった事で子供に足音を聞かれてしまい、自分の接近に気付かれてしまったからだ。
ゆっくりこっそりと近付いていれば、背後から刺せたかも知れないのに、そのチャンスをセイギは自ずから手離してしまったのだ。
セイギの接近に気付いた子供は『バリッ!!』と叫んで、二階の通路の突き当たりから鉄柵を乗り越えてアパートから逃げ出した。
『逃がすか!!』……とセイギも叫んだ。
彼もまた通路の突き当たりまで走って鉄柵を飛び越えた。
この後だ………セイギが殴られたのは。
鉄柵を乗り越えた後、子供はすぐには走り出してはいなかった、子供は拳を振り上げてセイギが降りてくるのを待っていた。
そして、セイギが鉄柵を飛び越えると子供は構えていた拳を振った。
だから足だった。だから、向こう脛だった。二階から降りてくる隙を狙われて殴られたから、セイギは足を殴られてしまったのだ。
強烈な痛みがセイギを襲った。
子供の殴打は地面を割る程の威力を持っている。それを向こう脛に受けたのであれば英雄のボディスーツを着た状態であっても痛みは強烈。
セイギは悶え倒れた。
だが、セイギはどんな痛みに襲われても、どんな敵に襲い掛かられても立ち上がる男だ。
倒れていたのは暫しの間、セイギは痛みに耐えて立ち上がった。
子供はセイギが倒れると嬉々と笑い、逃げ出していった。
それをセイギは追い掛けた。足は痛い。足を引き摺らなければ走れない。
『痛ってぇ~~! なにくそぉ!!!』
それでも、セイギは己を鼓舞して走り続けた。
子供の足はさほど速くない。セイギが万全の状態であれば簡単に追い付けるものだ。でも、現在は足が痛い。
万全の状態であれば、全力を出せば車並みに速く走れるセイギだが、現在は足が痛い。さほど速くはない子供に追い付くにも難儀した。
しかし、難儀したが、難儀しただけともいえる。
元から足の遅い子供に、元々は足の速いセイギは徐々に追い付いていった。
元々は全力を出せば車並みに速く走れるのだから、足を引き摺るくらいでは鈍足に成り果てはしなかったのだ。
もう少しで手が届く、そんな距離までセイギは子供に近付けた。
が………
《魔女の子供》は電動キックボードに飛び乗ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます