第4話 セイギ・ドリッチ・カイドウVS黒い騎士と五人の子供
第4話 セイギ・ドリッチ・カイドウVS黒い騎士と五人の子供 1 ―ねぇ、正義さん……―
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あれはまだ僕が小学一年生の時だった。
夏休みが終わりに向かいつつあった、八月の二十一日、楽しいだけの日々に憂鬱の影が差し始めた頃、輝ヶ丘に大きな台風が来たんだ。
前日の天気予報で言っていた通り、朝からはずっと強い雨が降り続いていて、風は強く吹き、家の外からは不穏な音ばかりが聞こえてくる、そんな日の夜、僕はトイレに行くフリをしてこっそりと家を抜け出した。
トイレは玄関のすぐ近くにあって、両親が居るリビングと玄関との間にはガラス戸があるから、家を抜け出すのはかなり容易だった。
家を出た僕は、Tシャツの懐に隠していたレインコートを着てマンションを出た。それから、ゴミ捨て場の引き戸に立て掛けてある脚立を取りに行った――このとき、『管理人さんごめんなさい。勝手に借ります』、そんな事を呟いた覚えがある。――1mはある脚立は子供の僕からすればとても重たくて、持つだけでも難儀したが、開けば2mの梯子にもなるあの脚立は、あの日の僕には絶対に必要な物だった。
脚立を持って、台風の中を僕は歩いた。
大雨の中、強風の中、しかも重たい脚立を持ってでは一歩踏み出すのも大変だったが、僕は苦痛には思わなかった。
"友達"を想えば、力が沸いてきたんだ。
僕が向かったのは輝ヶ丘の大木。
七月の終わり頃だったか中頃だったか、正確な時期は覚えていないけど、その年、大木にスズメが巣を作ったんだ。
珍しいから悪戯をしようとした奴もいたけど、僕はスズメがとっても可愛かった。
可愛かったから、僕は毎日大木に行って「チュンチュン」とスズメに話し掛けていた。すると、いつからかスズメも「チュンチュン」と返してくれるようになった。
嘘じゃない。僕たちは友達になったんだ。
そして、巣を作ってから暫くして雛が生まれた。
僕は大木の下から話し掛けるだけだから、発育状況までは分からなかったけど、スズメの「チュンチュン」はいつも元気だったから順調だろうって気がしていた。
でも、台風が来てしまった。
予報が出たのは直撃する一週間前、僕は台風が東京へと近付いていると聞いてから毎日が不安でしょうがなかった。
「親鳥と雛は台風が来ても大丈夫なの?」と、僕は父と母に何回も聞いた。でも、返ってくるのはいつも同じ答え。「大丈夫な筈よ。動物は人間よりも自然を分かっているのだから」「それよりも優、宿題は終わらせたのか?」……こんな回答だった。
子供ながらに僕は思ったね。母の回答は根拠がないし、父の回答は質問の答えになってないって。
だから僕はスズメの様子を確かめる為に家を抜け出したんだ。
無事ならそれで良い。でも、無事でないなら保護しようと思っていた。
山を登り始めると、脚立は更に重たく感じた。
僕は脚立を引き摺って山道を登った。
高台に到着した時には腕がパンパンになってた。
それでも苦痛じゃなかった。スズメたちを想えば力が沸いてきたから。
脚立は引き摺るしかなかったけど……
大木の下に着くと、僕は脚立を展開させて梯子の形にした。それを大木に立て掛け、登っていく。
風が強いから梯子はガタガタと揺れたが、なんとか僕は登れた。
でも、ここで計算ミスが発覚したんだ。
スズメの巣は大木の一番低い所に生えた枝の上にあったのだけれど、僕はその枝は2mの梯子があれば十分に覗ける高さだと思っていた。
でも、僕が考えていたよりも大木は全然大きかったんだ。梯子の支柱の一番上の所に手を添えても枝までの距離はまだ1mくらいあったんだ。
僕は「どうしようか?」と考えた。
答えは一つしか無かった。
梯子の支柱の一番上の所に手を添えているのだから、支柱に頼らなければまだ登れる段はある。
僕は支柱から手を離し、大木に手を付けた。手を付けて、大木を支えにして梯子を一段一段登っていった。
梯子はガタガタと揺れるし、木は濡れていて手が滑りそうだった。でも、
そして、梯子の最上段に足を乗せた僕は、爪先立ちになって巣がある枝に向かって手を伸ばした。
この頃の僕は、体も小さくて逆上がり一つ出来ない非力な子供だった。でも、そんな僕が枝に手が届くと、腕の力だけで枝の上に登れたんだ。
枝の上に行くと僕はすぐにホッとした。
スズメたちは無事だったからだ。
この事は、もし時間が夜じゃなければ大木の下に来た時点で分かっていたかもしれない。スズメの巣は大木に生える枝や、ふさふさとした葉っぱに雨風から守られていたんだ。
「良かった……」僕は呟いたと思う。でも、安心したのも束の間。
僕が安堵した直後、猛獣が吠えたかの様な音を立てて凄まじい風が吹いたんだ。
その風は大木に立て掛けていた梯子を倒し、遠くへと持っていってしまった。
帰る道を失くしてしまい、僕は焦った。
『どうしようか……』と暫く考えたが答えは出ず、『飛び降りようか……』とも考えた筈。でも、高さは3mはあったろう。怖くて無理だった。
スズメたちの事を想っている時は何も怖くなかったのに、この時僕は恐怖してしまっていた。
恐怖で固まったまま何も出来ないでいると、焦りや不安も増していった。激しく吹く風や雨が更にその気持ちを煽っていく。スズメの安否を確認したくて夢中になっている時は気にもならなかった夜の闇も不気味に思えてきた。
恐怖、不安、焦りが増していくと、僕の体は自然と震えてきた。太い枝にしがみつくが、震えは増す一方で、
「た……助けて……」
誰も居ないのに僕は言った。
神様にでも言ったのかもしれない。
でも、このとき。
僕の言葉に応えるように、高台の向こうに一つの光が見えたんだ。
僕はハッとして、伏せていた顔を上げた。
すると、その光はまるで僕がここに居ると分かっているかの様に大木へと近付いてくるんだ。
懐中電灯の光だと分かったから、僕は幻覚ではないと察した。
「だれ……?」
僕が問いかけたと同時、その光は大木の下へと来た。
だから、その人が僕の質問に答えなくても僕には誰か分かった。その人の顔が見えたから。
「へへっ! やっぱここに居たか!!」
あの人はニカッと笑ってそう言った。
僕はその笑顔を見た瞬間に信じられた。僕は助かるんだって……
この時、僕は知ったんだ。
あの人の笑顔は、人の心に希望を芽生えさせる笑顔なんだって。
ねぇ……ねぇ……正義さん?
今は、来てくれないの?
僕……このままではダメかもしれないよ。
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