第3話 裏世界へ 41 ―裏世界へ―

 41


 この時だ。剛少年がうわ言のように呟いたのは。


「お願い………皆を、助けて……」


 ……と。


「え?!」


 夢は驚いた。

 自分の話し声のせいで剛少年を起こしてしまったのではないかと思ったのだ。

 でも、剛少年は目を覚ましてはいない。眠ったままだ。


「お願い……お願い……皆を………」


「まさか……夢の中でもお願いしてるの?」


 この言葉を聞いた時、夢の怒った瞳が一気に色を変えた。


「つよポン……」


 夢は椅子から立ち上がると剛少年に向かって歩き始めた。


「もう……眠ってる時くらい安心して寝たら良いのに………夢見てる時はね、キラキラした世界を見て良い時間なんだよ」


 夢は少年の傍らに膝をつくと、剛少年の頬に触れた。


「クタクタの顔してる……そうだよね。頑張ってここまで来たんだもんね。だったら、夢では笑顔でいなよ。むにむにほっぺの可愛い子ちゃんなんだからさぁ……」


 夢は剛少年の頬をむにむにと摘まんだ。


「こんなむにむにちゃんが頑張ってここまで来たのか。アタシよりも一歳も年下なのに偉いなぁ」


 夢は「はぁ……」と息を吐き出した。


 それから、夢は立ち上がる。


 そして、ボッズーや正義達の方へと向き直ると、「はぁーー!」と大きく息を吸い、自分を見詰める正義達に向かって苦笑を浮かべながら喋りだした。


「悪いけど、ボッズーはムカムカのイライラ……偉そうにして何様って感じ。だから、ボッズーのお願いは聞けない」


「おい……いつまでも我が儘を言うな」


 勇気が椅子から立ち上がった。

 勇気は夢を叱ろうとしたのだ。


「……っ!!」


 だが、勇気は言葉を続けるのを止めた。

 いや、続ける事が出来なかった。

 何故なら、勇気は夢の瞳の奥に光を感じたからだ。

 それは、さっき夢が湛えていた士気に満ちた光とはまた別の光。

 もっと深く、凛とした光だった……たった一輪でも咲き誇り、生きとし生ける者に笑顔を与える向日葵を思わせる光だった。


 その光を瞳に湛え、夢は言った。


「ボッズーのお願いはムカムカだから聞けないけど………でも、可愛いつよポンのお願いならアタシは聞く……」


「……って事は、夢ちゃん?」


「どゆことだボズ……?」


 愛とボッズーが言った。二人とも夢の瞳の光を感じているのだろう。

 愛とボッズーは目を見開いた驚きの表情で、夢の瞳を見ている。


「ゆきぃ、あいちん………表世界は任せたよ。ギッチョン、アタシと一緒に裏世界へ行って。アタシは、つよポンの笑顔を作りたい!!」


「へへっ!」


 正義は笑った。

 正義も勿論、感じている。だから呼応する様に、正義の瞳の奥にも燃え上がっていた。真っ赤な炎が、《正義の心》が煌々と。


「あぁ、こちらこそ頼むぜ! 行こう、裏世界へ!!」


 ―――――


 紆余曲折を経て、英雄達のチーム分けは決まった。

 そして、午前一時五十五分……出発の時は来た。


「せっちゃん……気を付けてね。無茶しちゃダメだよ。はい、これおにぎり」


 愛はおにぎりがいっぱい入ったタッパーを正義に手渡した。


「へへっ! 旅行に行くんじゃないんだぜ! 食べる時間あるかなぁ?」


 現在、彼らは輝ヶ丘の大木の下に居る。

 会議が終わった後に彼らは一度別れたが、正義と夢の出発前に再び集まったのだ。


「桃井の心尽くしのものだ、良いから黙って持ってけ!」


 勇気が笑った。それは天使の微笑みだ。


「へへっ! 分かってるよ、誰も持ってかねぇとは言ってないだろ!」


 正義はそう言うと、愛情の詰まったおにぎりを大事そうに抱えた。


「ギッチョン一人で食べないでよね! あいちん、アタシの分もあるんでしょ?」


「勿論、みんなの分を作ったつもりだよ!」


「ぷはっ! やったー!!」


 夢は大きな口を開いて笑った。

 特大の笑顔だ。


「あ……あのぉ」


 そんな笑顔の夢に近付いてくる者がいた。それは、パタパタと。


「な……なぁ、夢? さっきは俺も言い過ぎただボッズー。ねぇ、行く前に仲直りしようよボズぅ」


 それはボッズーだ。

 ボッズーは、小さな手を夢に向かって差し出していた。


 ………が、その手を見て、夢は唇を尖らせ、笑顔を消した。


「えぇ……ヤダヤダ。アタシもうボッズーとは絶交だから!」


「えぇ……」


 ボッズーは落胆、顔を俯かせ、悲しそうな顔をした。


 ……が、その顔を見て、「ぷはっ!」夢はまた大きく笑った。


「もう! 嘘だよ、嘘! ボッズー、そんな悲しい顔をしないで! 実はね、アタシもボッズーと仲直りしたいって思ってたんだぁ! ねぇボッズー、頑張ってくるからさぁ、私の事応援しててよ!」


「う……うん、モチロンだボッズーよ!!」


 二人は握手を交わした。


「ぷはっ! ボッズーの手めっちゃチビチビ!!」


「夢の手は暖かいだボッズーよ!!」


 こんな二人のやり取りを見て、


「はぁ……調子の良い奴等だな」


 ……と言ったのは勇気。


「へへっ! そう言うなって、仲良きゃなんでも良いだろ?」


「ふっ……まぁな」


「ふふっ! なんか昔のせっちゃんと勇気くんを見てるみたい!」


「ん? 愛、そりゃどういう意味だ?」


「えぇ、覚えてないの? 昔のせっちゃんと勇気くんって、喧嘩したと思ったら数秒後には仲直りしてたじゃん!」


「え? そんな事あったか?」


「あったよ、あった! 振り回されるこっちの身にもなってぇって感じ!」


 愛も笑顔だ。英雄達は戦いを前にして皆、笑顔を浮かべていた。


 そして、もう一人笑っている子がいる。


「みんな、仲良くて良いなぁ」


 それは剛少年だ。十分に睡眠を取った彼はもう元気いっぱいだ。

 彼も、正義達の見送りをする為に基地から出てきていたのだ。


「へへっ! 剛くんの"仲良し"は今から助けに行くからな! 待ってろよ!」


 正義はダウンジャケットからドアノブを取り出すと、愛と勇気の間に立っている剛少年に向かってニカッと笑ってみせた。


「はい、お願いしま………」


 ………す、と言い掛けて、剛少年は突然黙った。


「ん? どしたぁ?」


「え、あ……ふっ、ふふふ! いえいえ、そういう事だったのかって思って! 優くんのは正義さんの物真似だったんですね!」


「ん? 俺の物真似?」


 正義が聞くが剛少年は首を振る。


「いえ、なんでもないです! 俺の本物は優くんなんで!」


「………え?? なんじゃそりゃ???」


 正義は首を傾げた。


 そんな正義に勇気が呼び掛ける。


「おい、正義。そろそろ時間だぞ。二時になる……」


「あ……お、おう! それじゃあ、剛くん頑張ってくっからな!!」


「はい!」


「へへっ! 良い笑顔だ!!」


 それから正義はジャケットの裾を捲った。


「……んじゃあ、勇気、愛、ボッズー、こっちの世界は任せたぜ!!」


「あぁ、お前達も任せたぞ」


「皆を助けてあげてね!!」


「なるべく早く帰ってくるんだぞボズ!!」


「へへっ! 分かってるよ! それじゃあ、夢、行くぞ!!」


「オケオケ!!」


 そして、二人は仲間達に背を向けて二人同時に腕時計を叩いた。


「「レッツゴー!!」」


「ガキセイギ!!」


「ガキドリッチ!!」



 第四章、第3話「裏世界へ」 完

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