第3話 裏世界へ 26 ―僕のせいだ―

 26


「………」


 剛少年の話を、正義、勇気、愛、夢、ボッズーは息を呑んで聞いていた。

『その後どうなったの?』……こんな風に聞きそうな夢でさえも、声を失ったかの様に黙っていた。

 ただ黙って、促さず、剛少年が続きを話すのを待っていた。


「金城くんは、《魔女の子供》に捕まっていました……」


 剛少年は乾いた喉をペットボトルに残った最後の一口で潤すと話を続けた。


「その事を知った俺達が愕然としていると、向かいのビルに居る《魔女の子供》はケタケタと笑いました。そして、他の奴等も追い付いてきました。気が付けば、俺達が居たビルは《魔女の子供》に取り囲まれてしまっていたんです。そして……」


 ―――――


「ハリホリ! ハリホリ!」


「ハリホー!!」


「ハイハイ!!」


「ハリーハハハリー!!」


「ハイホー!!」


 愉快な歌かの様な笑い声が聞こえると、剛は屋上の柵から身を乗り出してビルの下を覗き込んだ。


「優くん……ヤバイよ! さっきの子供達が皆集まってきたみたいだ! このビルの下に五体居る、向かいのビルのと合わせると六体……全員だ!」


「………」


 剛はカイドウに自分達の状況を教えるが、カイドウは無言。膝を落とし、俯いたまま、何も答えない。


「優くん、ヤバイって! アイツら今度は俺達を捕まえるつもりだよ!」


 剛は柵から離れ、無言のカイドウに近付いた。

 それからカイドウの肩を掴み、強く揺さぶる。


「ねぇ、ヤバイって!!」


 揺さぶられたカイドウは呟く、か細い声で、静かに。


「金城くんが……金城くんが……本当に? 捕まってしまったの? 僕は……僕は……助けられなかったの?」


「優くん……」


「なら……なら……僕はなんて事をしてしまったんだ。僕のせい……僕のせいだ……」


「優くん……」


 この言葉を聞いた剛は下唇を噛んだ。


「違うよ!!」


 それから、叫んだ。剛もまた思っているからだ。金城が捕まったのは自分のせいだと……


「助けられなかったのは優くんのせいじゃない……俺のせいだよ!!」


「え……?」


 俯いていたカイドウは顔を上げた。


「剛くんのせい? 何故?」


 そんなカイドウに剛は話した。子供に追い掛けられる金城を見捨ててしまった自分を。


「だから俺のせいだよ……優くんのせいじゃない!!」


 しかし、


「違うよ……」


 カイドウは首を横に振った。


「え?!」


「だって……もし……その時に剛くんが金城くんを助けようとしていても、きっと二人纏めて捕まっていただけだよ。だから剛くんのせいじゃない……」


「いや……でも……」


「僕が早くに気が付くべきだったんだ。金城くんのピンチを……」


「そんな……だって、優くんは皆を助けてくれていたんでしょ? さっき移動しながら俺に教えてくれたじゃないか! だったら、そんな優くんのせいな訳ないよ!!」


 剛は鼓舞とも励ましとも違うが、『自分のせい』と言い続けるカイドウの意見を全力で否定した。


 だが……


「いや……」


 カイドウは再び首を横に振った。


「やっぱり違うよ……」


 その顔は俯いていない。でも、剛の顔も見ていなかった。自分の肩を掴む剛の、その向こう側を見ていた。


「やっぱり……やっぱりだよ。やっぱり全部、僕のせいだよ……僕が不甲斐ないせいだ……」


 カイドウは剛の手をそっと掴み、自分の肩から下ろさせた。

 それからカイドウは立ち上がる。剛の向こう側――向かいのビルの屋上を見詰めながら。


「違うって、そんなに自分を…………え?」


 剛も振り向いた。


 そして、その瞬間に剛は言葉を失った。


「………え………えっ?!」


 何故なら、向かいのビルの屋上には、六体の《魔女の子供》とが居たからだ。


「あ………あぁ!!」


「結局僕は守れなかったんだな……やっていたつもりだったけど。つもりなだけで。結局は何も出来なかった……僕じゃ力不足だったんだ……」


 言葉を失った剛とは反対に、カイドウは懺悔する様に呟き続ける。


「金城くん……旭川さん……畠山くん……藤原さん……小山くん………皆、みんな……ごめんね」


 カイドウと剛の目に映るのは、《魔女の子供》の目の前で横たわる五人の少年少女の姿。


 胎児の様に体を丸めて横たわる、友達の姿だ……


「ごめんね……ごめんね……」


 カイドウは屋上の柵まで近付き、それを握った。

 カイドウの悲しみは強いのだろう。

 握られた柵は軋む音を立てて歪んだ。


「ハリホリハイホー!!」


 そんなカイドウが面白いのか、《魔女の子供》が笑った。六体が同時に。


「ハリホリ! ハリホリ!」


「ハリホー!!」


「ハイハイ!!」


「ハリーハハハリー!!」


「ハイホー!!」


 子供達はカイドウと剛に『見ろ!見ろ!』と言っているのか、五人の少年少女を指差して腹を抱えて笑った。


「ハリホリハイホー!!」


「ハイハイ!!」


「ハリホー!!」


 そして、次はカイドウと剛を指差しながら《絶望の壺》をローブのポケットから取り出すと、壺の蓋を外し、差していた指を壺の中に向ける。

『次はお前達がここに入る』……とでも言っているかの様に。


「ハリハリハリハリ!!」


 それから子供達は、目の前に横たわる五人の少年少女の体に壺の口を押し付けた。

 そこからは、まるで魔法だ……

 壺の中身なのだろうか、真っ黒な粘液で全身をビッショリと濡らしていた五人の少年少女は、手のひら程の大きさの小さな壺の中に吸い込まれていった。


「み………んな……みんな!!」


 全身が震え、舌も回らない剛は、失っていた言葉をやっと吐き出した。


「い……いっ……いつのまに……みんな、捕まってしまったんだ……」


 この問い……いや、剛の独り言。これに、カイドウはこう言う。


「昨日から今日にかけてだろうね……僕が子供との対決にかまけている間だと思う」


「そ……それじゃ……やっぱり俺の……俺のせいじゃないか………俺を助けに来たばっかりに……優くんは皆を助けに行けなっ……」


「違うよ……」


 カイドウは剛の言葉を途中で遮った。


「全ては僕のせいだ。僕がもっと早くに決着をつけていれば良かったんだ。僕が弱いからだよ。僕の力不足。僕が強ければ、アイツとの対決も時間をかけずに終わらせられた……それが出来なかった僕のせいだ」


「で……でも……」


 剛も震える声で『それは違う』と言いたかった。

 だが、再びカイドウが遮る。


「やめてくれ。剛くんのせいじゃなくて僕のせいだと何度言ったら分かるんだ。言ってしまえば剛くんはたまたま助かっただけだよ。僕が見付けたのがたまたま剛くんだっただけだ。もし、僕が他の人を見付けていたら、他の人が今僕の横に居ただろうね………皆が捕まったのは、僕のせいなんだよ。一人一人のピンチを、一時的な解決方法でしか解決しなかった僕のね。正直、やっている間は色んな所でピンチが起きているから、『大変だな!』とは思っていたけど、上手くやれていると思い込んでいた自分もいたよ……そんな一時的じゃ、最終的にはこんな結末が待っているなんて思わずにさ」


 カイドウは拳を握り、屋上の柵に振り下ろした。


 歪んでいた柵は更に歪む。



「フフフフフフ………」



 その時だ。



「あらあら……物に八つ当たりしちゃダメだよ、坊や」



 ………魔女の声が聞こえてきたのは。

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