第3話 裏世界へ 27 ―現れた新手―
27
「その声は魔女か……」
カイドウは空を睨んだ。
しかし、姿は無い。前と同じだ。
魔女の声だけが聞こえてくる。
「フフフ……そうさ、私だよ。分かってくれて嬉しいよ、眼鏡の坊や……いや、こう言った方が良いかい? 英雄の坊や」
挑発するかの様に、魔女は声を張り上げて『英雄の坊や』とカイドウに言った。
「どっちでも良いよ……好きに呼んだら良い」
カイドウは静かに言い返す。
ただ、空を睨みながら。
「フフフ……じゃあ糞餓鬼の坊やと呼ばせてもらうよ。アンタの仲間には私の仲間が散々世話になっているからねぇ」
「へぇ……そうなんだ。じゃあ正義さん頑張ってるんだ。それはそうか、お前らみたいな奴等に簡単に負ける人じゃないもんね」
「フフフ……おやおや、仲間の話をしたら糞餓鬼の坊やのお得意の冗談が戻ってきているじゃないか。さっきまであんなに落ち込んでいたのにねぇ……元気になったのかい?」
「別に……そんなんじゃないよ」
カイドウは楽しそうに話す魔女の声が耳障りだった。
だから問い掛ける。
「で? 何でまた来たの? まだ僕達は負けてはいないよ。僕と剛くんが残ってる……」
「フフフ……やっぱり元気が出たみたいだ。さっきまでは負けた空気を出していたよ。それが『まだ負けてはいない』なんて言えるなんて、私は嬉しいよ。アンタには元気でいてもらわないとねぇ」
「何だよそれ……気味が悪い」
カイドウは屋上の柵から離れた。一歩、二歩と後退し、剛の前に立つ。
カイドウは魔女の言葉を気味悪く思い、嫌な予感を覚えた。
何が起こっても良いように、すぐに剛に手が届く場所に移動したのだ。
そんなカイドウに魔女はこう言う。
「そんなに警戒しないでおくれよ。安心しなさい。私はそこの坊やには手出しはさせないつもりだよ……」
「ん? 手出しはさせない? ……どういう意味だ?」
「フフフ……そういう意味だよ。私がまた現れたのはアンタだけが目的ってことだ」
「う~ん……いまいち言ってる意味が掴めないな。どういう事? もう少し詳しく頼むよ」
カイドウは眉間にシワを寄せた。魔女の回りくどい話し方に苛つきを覚え始めていた。
「もう少し詳しく……悪い子だねぇ。悪さをした自覚が無いみたいだ」
「悪さ? そんな事……」
「しただろう? 私は鬼ごっこだと言ったのに、アンタはルール違反を犯しただろ?」
「ルール違反?」
「そうだよ……鬼を殺しただろ? 私の子供を!!」
突然の怒気を孕んだ魔女の声。
「………」
それから魔女はこう続ける。
「だからねぇ……糞餓鬼の坊やにはペナルティを与えるよ」
「ペナルティ?!」
『それな何だ?』……とカイドウは言おうとした。しかし、その前にドスンッと重たい音を立てて何者かが向かいのビルの屋上に降り立った。
それは、六体の《魔女の子供》の背後、直立不動の姿勢のまま天から降りてきたのは漆黒の甲冑。
甲冑の色が銀色でありさえすれば"西洋の騎士"そのままの姿………
「何だ?」
カイドウは首を傾げた。
しかし、背後からは、
「ハッ……」
と……息を呑む剛の声が聞こえた。
「剛くん……?」
「コ……コイツは……」
剛の反応に驚いたカイドウが後ろを振り向くと、剛が震えていた。
いや、その前から震えてはいるが、立ててはいた。
しかし、今の剛は腰を抜かしてしまっていた。
「剛くん、アイツを知っているの?」
カイドウは聞いた。
カイドウは知らないのだ。
空が割れた日――《王に選ばれし民》が現れたその日には、裏世界に連れ込まれてしまったカイドウは、現れた者が何者か分からないのだ。
「うぅ………う、うん……」
剛は震えながら頷いた。
逆に剛は知っている。空が割れた日の翌日に裏世界に連れ込まれた剛は知っている。
現れた者が誰かを。その強さを。その名を。
「ニュ……ニュースで見たんだ………空が割れたあの日の夜のニュースで………アイツ……アイツは……」
剛は天から降りてきた者を指差した。その指も震えている。指差してはいるが差せていない。
「え……英雄を………赤い英雄を………倒したヤツだ……」
「え? 正義さんを?」
「一発の剣で………英雄を……倒したヤツ……」
「え……一発で?」
何も知らぬカイドウは驚くばかり……
「名前……は……き……きっ………」
「フフフ……」
「騎士だ……」
「騎士ちゃんよ!」
魔女と剛の声が重なった。
そして、パチパチと手を叩く音が聞こえた。魔女の声と共に。魔女のものだろう……
「フフフ……そこの坊や、正解だよ。そう、この子の名前は《騎士》……私たち《王に選ばれし民》の末っ子であり、最強の存在。ちょっと頭はお馬鹿だけどねぇ」
「……騎士ぃ?!」
カイドウは震える剛から、再び向かいのビルへと目を移した。
「あれが正義さんを倒したヤツ? 本当に?」
騎士は動かない。ただ、直立したまま動かない。
だからカイドウは信じられなかった。
騎士がガキセイギを倒した者だと。
しかし、誰も嘘はついていない。
確かに、空が割れた日にセイギは騎士にやられた。たった一振りの斬撃でセイギは気を失い、英雄のボディスーツはエラーを起こし、変身解除に至った。
「信じられないな……」
しかし、それを知らぬカイドウは信じられず首を振った。
そんなカイドウを魔女が笑う。
「フフフ……信じられなくてもすぐに信じる事になるさ。さぁ、騎士ちゃん。サッサとやっちゃいな。でも気を付けるんだよ。何度も言ったけど、アンタの標的は糞餓鬼の坊やだけだからねぇ。もう一人の坊やには手出しはしちゃいけないよ。フフッ……だって、アンタが手を出したら普通の坊やは一瞬でバラバラになっちゃうだろうからねぇ。あくまでも私の目的は糞餓鬼の坊やたちの捕獲なんだ。絶対に殺すなよ。糞餓鬼の坊やにも、死にたくなる程に痛め付けて己の無力さと絶望を教えてあげるだけで良い。みんなみんな《絶望の壺》に捕まえて、可愛いバケモノにしてあげるんだからねぇ」
「ウ……ウゥ……」
魔女が喋っている途中、遂に騎士は動き出した。
ゆっくりと、まるで亡霊の様に俯きながら、ガチャリ……ガチャリ……と鎧を揺らしながら。
「あ……コラ、返事をしな。聞いてるのかい? ダメだよ、殺しちゃ」
ガチャリ……ガチャリ……
返事をせずに騎士は歩き続ける。
騎士の前方に立っていた六体の《魔女の子供》は自ずと退いた。
「何だ……子供達ですら、顔が引きつって見えるぞ。そんなに騎士が怖いのか?」
心なしか、子供達の顔も恐怖に引きつっている様にカイドウには見えた。
「じゃあ、本当にヤバイ奴って感じか……」
子供達のその表情に、騎士の強さを知らぬ流石のカイドウもゴクリと生唾を飲み込んだ。
そして、カイドウは剛の方を向くと腰を抜かしてしまった彼に手を伸ばす。
「逃げた方が良さそうだね……」
……と、言ったその時、
「あっ……コラ、殺しちゃいけないよ!」
魔女が叫んだ。
「…………ッ!!」
今日何度目かの嫌な予感。カイドウは急いで向かいのビルを振り返った。
その目に映るのは、素早い動作で腰の鞘から剣を引き抜く騎士の姿――
「ヤバイッ!!!」
素早いのは剣を引き抜く動作だけではない。戦いが始まればその動きもまた速い。
鞘から剣を抜いた次の瞬間には、騎士はカイドウ達が居るビルに跳び移っていた。
「ワカッテマァース」
ノロノロとした喋り方に反して騎士は素早く剣を振り上げた。
「返事が遅いのよ、騎士ちゃん……」
「…………ッ!!」
騎士に向けられた魔女の呆れた声を聞きながら、カイドウは剛を抱えて跳んだ。
―――――
もし……
もし……
一瞬遅ければ、
騎士の斬撃がカイドウを襲っていただろう。
そして、もし……
斬撃をモロに受けていれば、カイドウはやられていただろう。
何故なら、空振りとなった騎士の剣が、さっきまでカイドウと剛が居たビルを粉々に破壊したからだ。
それはたったの一振りで。しかも、微かに剣先が触れただけだった。
その僅かな力だけで、騎士はビルを倒壊させた。
騎士からすれば、僅かな力だけで……
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