第3話 裏世界へ 25 ―感じる視線―

 25


「トウッ!!」


 カイドウは剛を連れて、意気揚々と隣のビルへと跳んだ。


 しかし……


 この意気揚々は暫くすると消える事になる。

 それは、最初に跳び立ったビルから五個目のビルを跳んだ頃……


「ねぇ剛くん……僕だけかな?」


 カイドウは剛に問い掛けた。


「え? 僕だけ? ……何が??」


 剛にはその意味が分からなかった。


 この問いにカイドウはこう答える。


「視線だよ……」


「視線?」


「うん……なんか、さっきから色んな方向からの視線を感じるんだ」


「え……何それ?」


「何だろう? 僕にも分からな……あっ! 見て、剛くん! 道路に《魔女の子供》が居る……アイツの視線かな? いや、これは一人の物じゃない筈だぞ!!」


 カイドウはビルからビルへと跳びながら、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


「視線……俺には感じないけど」


 剛は言う。


 だが、カイドウは言う。


「いや、確かに感じるよ! 絶対だ!」


 英雄のボディスーツを身に纏っている時のガキカイドウの五感は常人よりも優れている。

 普通の少年でしかない剛には感じられないものがカイドウには感じられるのだ。


 だから再びカイドウは見付けた。


「あっ! あそこのビルの屋上にも居る!! う~ん……何だか変だぞ! アイツら立ち止まって僕らを見ているよ!」


「え……」


「ほら、あそこにも! 三体目だ!」


 カイドウは三体目を見付けたらしい。


「ほら、やっぱり僕らを見ているよ!!」


 カイドウは跳びながら道路を指差した。


「えっ……」


 剛は指し示された道路を見た。


「あっ……!」


 すると、剛の目にも映った。

 立ち止まり、剛とカイドウを見ている《魔女の子供》が……


「本当だ……何だろう? 気のせいかな? 今のヤツ、笑っていた気がした……」


「いや、気のせいじゃないだろうね! 今のヤツだけじゃない、さっきの二体も笑ってた。そして、あっちに居るヤツも!!」


 カイドウは四体目を発見したらしい。

 今度、カイドウが指差したのは、100m程先にあるビルの屋上。

 そこに居る子供もやはりカイドウと剛を見ていた。


「剛くんの目じゃ分からなかったと思うけど、今のヤツもやっぱり笑っていたよ!!」


「マジかよ……でも、何で笑っているんだろう? それに、何で俺達は見付かっているんだ? ビルからビルへ跳んでいるからかな?」


「いや、違うだろうね。だって僕はこの方法で移動して、何度もヤツ等に不意打ちをくらわしているんだ。この移動方法だからって、そう簡単には見付からない筈だよ!!」


「だったら何で? 優くんが今見付けたヤツなんて、あんな遠い場所に居たのに……。まるで、俺達の居場所が知れ渡っているみたいじゃないか……」


「そうだね……不思議だ。でも理由は分からないけど、遠くに居るヤツにも、俺達の居場所が知られてしまっているのは確からしい! だって、ほら、見て!!」


 カイドウが次に指を差したのは、遠い遠い向こう。

 現在、カイドウと剛が目的地としている"金城が逃げ込んだビル"が建つ大通りの先の先……遠い先、その場所に《魔女の子供》が居た。


「剛くん見える? まだ剛くんの目じゃ米粒程度にしか見えないヤツかもしれないけど、アイツはこっちに向かって走ってきているよ」


「うん……走ってきているのは分かる」


「うん……そうだね。それは分かるよね。でも、これは分からないでしょ。ヤツは僕らを指差しているんだ。ヤツもまた笑ってる。『見付けた! 見付けた!』って、そんな風に言っている感じだ………でも、本当に何でだ? 今までのヤツ等は、遠くに居る僕らを見付ける事は出来なかった筈なのに……」


「うん……近くに居てもそうだったよ。俺はダストボックスに隠れて子供をやり過ごした事があるんだけど、めちゃくちゃ近くに居たのに、子供は俺に気付かなかったよ」


「そんな事があったの? ……それなのに、何で今はこんなに見付かっている………ん? 待てよ? あの走ってくるヤツ、よく見ると鼻をヒクヒクさせているぞ。ん? 待てよ??」


 カイドウは後ろを振り返って、通り過ぎた子供たちを見た。


「やっぱりそうだ! アイツ等……みんな、鼻をヒクヒクさせている! においか!! もしかして、これか!!」


 カイドウは今度は、自分の手を見た。


 そこにはベットリと黒い液体が付いている。


「それは……」


 剛が言うと、カイドウは答える。


「僕が倒した《魔女の子供》の残骸みたいな物だよ。ツーンっとした臭いがするから気になってはいたけど、これのせいか……」


「でも、そんな強い臭いじゃないよ。それを子供が嗅げているの?」


 確かに剛も感じていた。カイドウの手からする、腐った葡萄の様な臭いを。だが、それは剛からすれば微かな臭い。『言われてみれば……』という感じ。


「普通の嗅覚の剛くんならそうだろうね……でも、僕みたいな特別なら別。結構強く感じる臭いだよ………ヤツ等も多分そうだと思う。それに、これはヤツ等の死んだ仲間の臭いでもある。死ぬ前はこの臭いは発生していなかった。死んだ仲間の臭いを嗅いで、ヤツ等は僕たちの居場所を感じているんだ……まるでゴキブリみたいなヤツ等だな!! 気持ち悪いなぁ!!」


 推測ではあるがカイドウは自分なりの答えを出した。


「変身を解けば、スーツの汚れは無くなるけど、でも今はそうは出来ないね……とりあえず! 今は急いで金城くんを助けに行こう! そしたら一旦変身を解かしてくれ!!」


「うん、了解!」


 そして、二人は急いだ。金城を助ける為に……だが、"金城が逃げ込んだビル"の隣のビルへと降り立った時、二人は愕然とした。



 何故なら、



「嘘でしょ……」


「アレって……」


「嘘だ……」


「でも……そうだよ……」


「嘘だ………僕は信じない」



 "金城が逃げ込んだビル"の屋上にも子供が居た。


 子供は、他の子供と同じくカイドウと剛を見ていた。


 その事を、二人はビルへと向かう道中で気が付いた。

 ここまでは良い。

 ビルに子供が入っていった事は、剛が見ていて既に知っていたから。

 だが、カイドウと剛を待ち構える様に立つその姿に、二人は嫌な予感を覚えた。


 そして、隣のビルへと降り立った時、二人は愕然とした。


 何故なら、二人に見せびらかすかの様に、子供はローブのポケットから《絶望の壺》を取り出したからだ。


 瓜の様な形をした壺。

《魔女の子供》が見せびらかす壺――その真っ黒で丸い胴体の中央には、うっすらとではあるが、浮かび上がる形があった。


 それは、人の形……胎児の様に体を丸めた人の形。


 そして、"彼"の事をカイドウも剛もよく知っているから分かる。


 それが誰なのかを………



「金城くんだ……」


「嘘だ……」


「でも、そうだよ……」


「嘘だよ……金城くんが捕まる訳ない……」


「でも………やられたんだ………」


「違う……違う! 違う!! 英雄である僕が、友達を助けられない訳はないんだ!!!」



 カイドウは認めたくなかった。友達を助けられなかった自分を。

 だからカイドウは叫んだ。仮面の中で悲しみの涙を流しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る