第3話 裏世界へ 9 ―魔女の子供―
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「ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ言いやがって!! 優もこんなヤツに付き合ってんじゃねぇよ!! おい、ババア!! サッサとドアノブを渡せよ、糞が!!」
それは金城哲司の声。金城は頭に血を上らせた真っ赤な顔で、魔女の声がする空を、そして優を、交互に睨んで怒鳴った。
「フフフ……眼鏡の坊やは物分かりが良いけど、そこの坊やはそうじゃないねぇ。坊や達は我が子と鬼ごっこをしなきゃいけないと言っているだろう? ドアノブが欲しければ、それに勝たなきゃダメだよ……」
「それに? 鬼ごっこに勝てって事か? だったら、その"我が子"ってのをサッサと出せよ!! そんなの勝ってやるからよ!!」
金城は怒りに任せて怒鳴り散らした。
「フフフ……分かってるよ」
しかし、魔女は子供の怒鳴り声くらいでは怯まない。
魔女は不敵に笑うと、行動を起こした。
―――――
「金城くんが叫んで魔女が笑うと、《魔法の鍋》に変化が起こりました。……それまで鍋は鍋だけで空に浮いていたんですが、魔女が笑うと突然、鍋の上空に巨大なスプーンが現れたんです」
「スプーンだボズか……」
「はい……そのスプーンは煮え立つ鍋に突っ込むと、鍋の中にあった物を掬い上げました……それは、ドロドロとした粘着質の真っ黒な液体で……スプーンはそれを地面に落としました」
剛少年はそう言うと、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「俺はすぐに悲鳴をあげました……魔女に向かって怒鳴っていた金城くんもです。いや、皆かな? いや……優くんはどうだっただろう? 彼は俺達の先頭に立っていたのですが、正直俺は彼にまで目線を向けられていませんでした。何故なら、スプーンが落とした黒い液体がモゾモゾ……と動き出したからです。だから、俺は悲鳴をあげたんです」
「液体が動き出しただって……」
「そうです……」
勇気の呟きに、剛少年は頷き返した。
それから、剛少年は話を続ける。
「動き出したと言っても、俺達に向かってじゃなく、その場でモゾモゾとです。そして、何と言えば良いのか。モゾモゾと動き出した液体は……頭、腕、体、足………の順番で形を作り、最終的に人間の形になったんです」
「人間の形……」
「そうです」
再びの勇気の呟きに、剛少年はまた頷いた。
「白雪姫って知ってますか? それに出てくる七人の小人……その小人みたいな"三角帽子を被った小さな体の男"の姿に、液体は変わったんです……」
「三角帽子を被った小さな体の男……」
剛少年の話を黙って聞いていた正義の目がカッと開いた……と同時に、正義は右手を上げて髪の毛を掻き回し始めた。
これは、正義が考え事をする時の癖だ。
「なぁ、剛くん? もしかして、ソイツって体型だけじゃなくて、人数も白雪姫と同じじゃなかったか?」
「人数?」
「そうだ。七人じゃなかったか?」
「あっ……凄い正義さん! 何故、分かったんですか? そうです。一体目が出来ると、すぐにスプーンは二体目、三体目と作り、鍋から現れた奴等は合計で七体になりました……」
「やっぱりそうか!」
「でも……どうして分かったんですか?」
「へへっ! 実はな俺達、本郷で剛くん達らしき存在を見た事があるんだ!」
「俺達を?」
「あぁ! ……と言っても、剛くん達は白いモヤモヤの状態だったけどな!」
「白い……モヤモヤ?」
剛少年は『訳が分からない』という表情で首を傾げた。
「あぁ、そうだ!」
正義はコクリと頷くと、肩にとまるボッズーの頭をポンッと叩き、剛少年への説明を始めた。
「ここにいるボッズーが『夢の中で裏世界の事を見た』って、さっき話しただろ? その時に言ってたんだけど、『表と裏の世界は一日に一度とても近い存在になる』……らしいんだ。『裏世界では表世界から連れ込まれた人間が石の呪縛から解き放たれて、再び動き出せるようになる』……らしい。んで、『表世界では裏世界にいる生命を感じ取れるようになる』……らしい。『感じ取れる』っつーくらいだから、剛くん達の姿はハッキリとした姿じゃ見えなかった。白いモヤモヤした姿だったんだ!」
「あぁ……そのせいで、俺達は始めはソレを幽霊と勘違いしていたくらいだ」
正義の話にこんな補足を入れたのは勇気だ。
「うん、触ったら消えちゃうくらいの存在だった」
今度は愛だ。
「そうなんですか……あっ! そう言えば、魔女も同じ様な事を言っていたかも」
―――――
鍋から、七人の"三角帽子を被った小さな体の男"が誕生すると、魔女は「キャッ、キャッ、キャッ!」と今まで見せてこなかった大きな笑い声をあげた。
「どうだい坊や達? 私の子供たちは可愛いだろう?」
「……」
『どこがだ……』
七人の少年少女たちは声に出さなくとも、誰もがそう思っていた。
"三角帽子を被った小さな体の男"は真っ黒な液体から誕生したのだから、その身に纏っているローブや三角帽子も黒い。もじゃもじゃと生えている髭も真っ黒だった。
しかし、その顔は違う。真っ白だった……もじゃもじゃと生えた髭以外は魔女と同じで白いのだ。
しかし、何よりも白いのはその目だ。《王に選ばれし民》のピエロや芸術家ですら瞳の中には黒目があった、だが、魔女が『私の子供』と言った存在にはそれがない。瞳の全てが真っ白なのだ。
しかし、その瞳が優達を睨んでいる事は分かる……
「可愛い?? どこがだよッ!!」
優が言った。自分達を睨む《魔女の子供》と目が合った優が言った。
優は思っていた。
― 遂に僕は《王に選ばれし民》と戦う事になる……
と。
「ソイツ等、僕には邪悪な存在に見えるけど!!」
優は更に叫んだ。
優は嘘をつかない。相手がどんなに恐ろしい存在であろうと優はお世辞なんて言わない。『嘘をついても自分の為にはならない。嘘をつくのは人の為にはならない』という信念を持っているからだ。
「全然可愛くないよ!!」
優は"可愛いもの"が大好きだ。ぷにぷに柔らかい赤ちゃんが大好き。モフモフの毛だらけの動物が大好き。ツルツルテカテカの爬虫類も大好きだ。
口煩いボッズーでさえも可愛いと思っている。
だから、言う。
「ソイツのどこが可愛いんだよ!! 捲り上げた袖から見えたその腕ぇ! ムキムキ過ぎてボディービルダーじゃん! 口からは涎を垂らしてるし……そのもじゃもじゃの髭も何? 汚ならしいよ!! それから、パッと見で目付きに目が行きがちけど、その間の眉間の皺は何? 深すぎて水を垂らしたら川が流れるんじゃないの? もっと笑顔になってみたら? それにさぁ、七人とも全員、背丈も一緒、顔すら一緒ってもっと個性を出してみたら? それじゃあ、キャラ人気が出ないよ?」
優は早口で《魔女の子供》の身体的な特徴を捲し立てた。
こんな優に対して
「キャッ、キャッ、キャッ!」
再び魔女は大きく笑った。
「ちょっと……笑わないでよ。僕は笑われるのが嫌いだ!」
でも、優も魔女の笑いくらいでは黙らない。すぐに言い返した。
「キャッ、キャッ、キャッ!」
しかし、そんな優に対しても魔女は再びと笑った。
そして、こう言い返す。
「私からすれば坊や達の方が可愛くないよぉ。醜くて、醜くて、見ていられないよ」
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