第2話 君は何処へ 10 ―英雄たちは会議がお好き―
10
「だって、行方不明の中学生が白いモヤモヤなんでしょ? じゃあ、その中には優くんがいる……それなら、もしかしたら"戦う白いモヤモヤ"って優くんなんじゃないかな?」
愛がこう言うと、正義は笑った。
「へへっ! 実はな、それは俺も考えてた!」
「せっちゃんも?」
「あぁ、ボッズー曰く、裏世界は魔女の支配下にあり、バケモノを養殖する為の場所らしい……魔女が連れ去った中学生に何かをしているのは確実だ。んで、『もしそんな場所に俺が行ったら』って考えてみると、やっぱり俺は戦うよ。ってなると、多分、優だって一緒だって思う。それに、ビルからビルに跳び移って、ドデカイ武器を振り回してって、何だか英雄っぽくないか?」
「だよね? そうだよね?」
「あぁ!」
「おいおい……待て待て、今は正義の推理を前提に……というか、ボッズーの寝言を前提に考えて良いのかを話している時間だろ? まだそこの結論が出ていないのに、前提にして話を進めるなよ。なぁ、ボッズー! お前はどうなんだ、自分自身の事だろ? お前の寝言はただの寝言じゃないという正義の言い分が正しいのか間違っているのか、お前は分からないのか?」
正義の推理に納得いかずに取り残されてしまった勇気は、困った顔のまま少し強い口調でボッズーに問い掛けた。
「う……う~ん……」
対するボッズーはクチバシをへの字に曲げて、手と手を擦り合わせてモジモジとさせている。こっちも困っている。困っている顔と困っている仕草だ。
「う……う~ん……俺はもう分からないぞボッズー……本当に夢の中でゾワゾワして思い出してたのかなぁ? ……そう言われるとそんな気もしてきたぞボズ……どんな夢を見てたのかを覚えてないから、同意も出来なきゃ否定も出来ないしぃ~~、う~ん……どうしたら良いんだボッズぅ……」
「お、おい……頼むぞ、俺は間違えたくないんだ。俺はもう、一人の犠牲者も出したくないんだよ……」
勇気はテーブルに両肘をつき、頭を抱えた。俯いてしまったから正義達には見えないが、その顔は絶望一歩手前……とすると大袈裟だが、かなり暗く、沈んでいる。
「おい勇気! そんなに悩むなよ!」
そんな勇気に正義はニカッと笑い掛けた。『勇気が俯いた原因は自分にある』と正義も分かっているのだが、正義は勇気に顔を上げてほしかった。
何故なら、正義には自分の推理を否定する勇気が必要な存在だからだ。
しかし、勇気はそれを知らない。分からない。
だから、こう反論する。
「何が『悩むな!』だ……悩ませているのは何処のどいつだよ。脳天気に笑いやがって、『自分なりの答えを出した』と言うのなら、もっとこっちが納得の出来る答えにしてくれ……お前の言い分を信じたくても、納得出来るものじゃなければ俺は折れる事が出来ない……」
勇気は俯いたままボソボソとぼやいた。
勇気は始めから正義の推理に半信半疑だったが、彼もまた正義を信じたい気持ちはあったのだろう。
しかし、中途半端が出来ない男……嘘のつけない男だから、勇気的に『納得出来る答え』を出してくれない正義を否定し続けてしまっていたのだ。
だが、そんな勇気だからこそ正義は信頼していた。だから、正義はこう呼び掛ける。
「それで良いんだぜ勇気!」
「何がだよ……」
「へへっ!」
正義の顔はまだ笑ってる。太陽の様なニカッとした笑顔だ。正義の太陽の笑顔は暗く沈んだ勇気の顔を明るく照らそうと、更に大きくなった。
そして、正義は勇気にこう語り掛ける。
「だって俺達はチームだぜ! 普段は友達だけど、英雄でいる時は仲良しこよしばっかじゃダメなんだ! だから俺の言い分を最後まで聞いて、それでもどうしても納得がいかないならそれで良いんだよ! 納得いかないなら納得いかないで、厳しい目で俺を見てくれ! 俺は自分の推理に自信を持ってるよ。だけど、俺が間違ってる可能性だってまだまだあんだから! もしそうだった場合は、『引き返すならここが最後だ!』って時に、お前は俺を力尽くで止めてくれ!! ブン殴ってくれ!! そんなお前がいてくれると俺は心強い!!」
「………」
この言葉を聞いて、勇気はゆっくりと顔を上げた。
「お前を止めろだと……?」
「そうだぜ、俺だって間違いたくはねぇんだ。お前と同じだよ。だから、踏み外しちゃいけない所まで俺が行っちまったら、そん時は俺をブン殴ってくれ!!」
「……」
『俺を止めてくれ』……こう言われた勇気は、頭を抱えた手を離した。それから、離した手で顎を叩く。
「フッ……」
そして、勇気は『やれやれ……』という様に頭を振った。その顔はニヤリと笑っている。意地悪っぽい悪魔の微笑みだ。
この笑顔を見て正義もまた笑う。
「へへっ!」
「笑うな……」
「へへっ!」
「笑うなって……」
『笑うな……』と言うが、勇気の顔はもう暗く沈んではいない。正義を見詰めるその瞳が『コイツはやはり面白い奴だ』と言っているのが誰の目にも明らかだ。
「へへっ!」
「だから笑うなって……フッ、じゃあ分かった。お前を止めろと言うのなら、その時は思いっきりやるぞ………良いな?」
「へへっ! 当たり前だ! 思いっ切りこいっ! かかってこい!!」
正義は『かかってこい!』とドンッ! と胸を叩いた。
「でも!!!」
「……でも?」
「今の俺は、俺の推理が間違っちゃいねぇって思ってるけどな!」
「フッ……物凄い自信だな……」
「へへっ! 当たり前だろ? じゃねぇとみんなを集めて『俺の考えを聞け!』なんて出来ないぜ!」
「フッ……まぁ、それもそうか。それじゃあ仕方ないな。ブン殴る準備をしながら、お前が間違っているかどうかを見定めさせてもらおうか」
勇気はわざとらしく拳を作ると再び微笑んだ。
でも、今度の微笑みは悪魔の微笑みではない。天使の微笑みだった。
この笑顔を見て正義の笑顔は更に大きくなる。
「へへっ! それじゃあ、とりあえず見定める為にも、俺に付き合ってくれるか?」
「付き合う? 何にだ?」
「へへっ! 俺の推理を前提にした次の行動だよ! みんなには裏世界に行くにはどうしたら良いのかをこれから考えてほしいんだ!」
―――――
「裏世界に行く方法? 確かそれは、ボッズーの寝言だと、魔女に連れ込まれて行くか、魔女が作った条件を満たせ……って事だったよな?」
勇気は正義にこう聞いた。
聞かれた正義は「うん!」と頷く。
「うん、めっちゃムズいよな? 一応俺も色々と考えたんだけど、どれもこれも上手くいかなそうでさ。例えば"夢の《ドリッチフォーゼ》で中三に変身して魔女に罠を仕掛ける"……って方法なんだけど、連れ去られた子たちは性別も出身地もどれもバラバラだったからさ、『これはただ中三に変身するだけじゃ無理だな』ってなった。それじゃあ入り込む条件を満たすしか無いけど、条件を知ってるのは『魔女と条件を知る者のみ』ってボッズーが言ってたから、これもムズいんだよ。マジでどうしたら良いのかが分からないんだ。だから、みんなの知恵が欲しい! なぁ、何か良いアイデアがある奴いないか?」
そう言うと正義は、切り株のテーブルを囲んで座る仲間達の顔をぐるりと見渡した。
「じゃあ、これは?」
まず最初に手を上げたのは愛だ。それはゆっくり。少し自信無さげ。
「いけるかどうかちょっと自信無いけど……あのね、私、2月16日に優くんにメールしてるんだ。これ既読付いてるんだよね。優くんが行方不明になったのって2月15日でしょ? って事は、裏世界でもメールは見れるって事じゃない?だったら、優くんにメールしてみるのはどうかな?見れるなら返信も出来るんじゃない? 裏世界に居るから入り込む条件を知ってるかって言うとまた別かも知れないけど……」
愛が出したこのアイデア、「う~ん」と首を捻った夢が……否定する。
「ねぇ、あいちん? 確か、あいちんは2月16日以降にも何個か
「あ……ううん、付いてないよ!」
「あぁ~~じゃあダメじゃないかな? 多分、充電切れてるよ。一ヶ月も向こうに居るなら絶対充電保たないっしょ?」
「あ……そっか」
「それに、
「おい……今、俺の物真似をしなかったか」
「え? してないよ? ゆきぃの物真似なんか全然してない」
「しただろ……」
「はぁ……やっぱダメか。ごめん、せっちゃん。無駄な時間使っちゃった」
愛は取り出したばかりのスマホを残念そうにしまった。
「いやぁ、無駄じゃねぇよ。助かるぜ! ドンドンアイデアを出してって取捨選択してくしかないんだからさ。あぁ、でもそっか、優の方から連絡が無いなら通信機器でどうのってのは無理なのか。う~ん……白いモヤモヤの状態でも会話が出来れば良いんだけどな。それが出来ないからなぁ……マジでどうしたら良いんだろ?」
「ねぇねぇ、ギッチョン? 私がモヤモヤに変身して接触してみるってのはどう?」
「接触?」
「うん! 同じ白いモヤモヤなら話せるかもよ?」
「いや……」
このアイデアは勇気が首を振る。
「黄島が変身しても姿形が似るだけで裏世界に行った訳じゃない。それじゃあ、意味が無いんじゃないか?」
「あっ! ……そっか、確かにね。じゃあ、どうする?」
夢の諦めは早い。すぐに上げた手を下ろした。
「そうだな。どうするか……正義が間違っているかどうかを確かめる為にも、俺も何か知恵を出したいが……」
『次は俺の番』という感じで、勇気は再び顎を人差し指でトントンと叩いて、頭を捻り始めた。
でも、このトントンはすぐに止められてしまう。暫くの間黙っていたボッズーが割って入ってきたせいだ。
「お……おい、ちょっと待ってくれボズ。みんな、俺を置いてけぼりにして話を進めようとしてるけど、俺はまだまだ俺の寝言がゾワゾワだったって事に半信半疑だぞボッズー! その話はもうしないで良いのか?」
勇気の困った顔は正義の言葉で消え去った。だが、ボッズーの困った顔はまだまだそのままだった。ボッズーの言葉通り、ボッズーは置いてけぼりをくっていたのだ。
「なぁ? しないで良いのかよボッズー!!」
会議を次の段階へと進めようとする正義達の顔をボッズーは手と手をモジモジとさせて見渡した。
そんなボッズーに、トントンを止められた勇気がこう語り掛ける。
「すまんな、ボッズー。お前ももう話しについてきていると思っていた。俺もお前も同じだ。ボッズーの寝言が"ゾワゾワの知識"だったというのは、未だ半信半疑だよ。でもな、ならばお前も俺と同じスタンスでいろ。正義の推理が間違っているのか、そうじゃないのかを見定める役割になれ。その為にも今はアイデアを出してくれ。"アイデアを出して試す"……これを繰り返していけば、その内に俺とボッズーが正しいのか、正義が正しいのか、その答えが出る筈だから」
勇気は諭す様に言った。
しかし、ボッズーは不満そうに奇声を発する。
「ぺゅぅ! 勇気は本当調子の良い奴だな! さっきまでと言ってる事が逆ボズよ! 裏切り者!」
「裏切り……って別にそういうのではないだろ。それに、逆ではない。俺は確かめたいだけだ」
「いんや! 逆ボズよ!」
「逆ではない……」
「逆ボズ!!」
「はぁ……困ったな。う~ん……良し、それじゃあ分かった。それなら、今すぐ根本的な部分を調べてみて結論を出そうじゃないか。そうすれば俺達か正しいのか、正義が正しいのかがすぐに分かる。それならお前の悩みも晴れるだろ?」
「何だ? その"根本的な部分"って?」
「それは、お前が寝ている間に本当にゾワゾワするのかどうかだ」
「俺が本当にゾワゾワするのかどうか? つか、調べるってどう調べるつもりだなんだボズ!! 痛いのは嫌だぞボッズー!!」
「いやぁ、痛くはしないよ。それはだな、お前を寝かせて、ゾワゾワを誘発させるようにしてだな、それでボッズーが喋り出せば………ん?」
勇気は何かを閃いた顔をした。
「そうか……調べてみて、もし本当にボッズーがゾワゾワの寝言を話したなら、ついでに聞いてみれば良いのか」
「ついでに聞く? 何をだボズ?」
「裏世界への入り方だよ」
「え?」
ボッズーは首を傾げた。だが、勇気はそれを無視して今度は正義に向かって質問を投げた。この時、勇気は切り株の椅子から立ち上がった。彼も正義と同じだ。椅子に座っている場合じゃない程に話したくて仕方がないものが出来たのだ。
「正義、確かボッズーは条件を知る方法までは話したが、その後は黙ってしまったんだったよな?」
「うん、そうだぜ」
「じゃあ、ボッズーが条件を知っているかどうかまでは分からないんだな?」
「え? いや、俺が『ボッズーは知らないのか?』って聞いたら、ボッズーはコクって頷いたぜ。その後に黙っちまったんだ」
「そうか……だが、その頷きは本当の頷きか?居眠りの仕草だったんじゃないのか?」
「え? あ? う~ん……どうだろ? あの時は頷いたと思ったんだけどなぁ」
「確かじゃないんだろ?」
「う……うん、まぁ」
「じゃあ、試してみる価値は全然あるぞ!」
そう言うと、勇気はニヤリと笑った。
「正義、今夜やるぞ。ボッズーが本当にゾワゾワの寝言を話すのか、その実験を。そして、本当に話すなら聞き出そう、裏世界への入り方を……」
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