第2話 君は何処へ 11 ―ゾワゾワしろ、思い出せ―
11
「うっ……うぅ……」
「○○しろぉ~~、○○しろぉ~~」
「✕✕だせぇ~~、✕✕だせぇ~~」
「うっ……ううぅ……」
《願いの木》の部屋に出現させたキングサイズのベッドの中央に、ボッズーは目を瞑って横になっていた。
そんなボッズーの左右からは二つの声がする。
一つは右側から、「ゾワゾワしろぉ~~、ゾワゾワしろぉ~~」と言う声。
もう一つは左側から、「思い出せぇ~~、思い出せぇ~~」と言う声。
「うっ……うぅ……」
「ゾワゾワしろぉ~~、ゾワゾワしろぉ~~」
「思い出せぇ~~、思い出せぇ~~」
「うっ……ううぅ……」
――二つの声に挟まれるボッズーは一時間前までは切り株のテーブルの上にいた。
テーブルの上に座って夜空を見上げて星を数えていたんだ。
『本当にゾワゾワの寝言はあるのか実験をする』と言われたボッズーは、羊の代わりに星を数えて眠気を呼び込もうと頑張っていたのだ。
最近のボッズーは白い靄の調査で明け方まで起きている生活をしていた為、完全に昼夜逆転の生活になっていた。深夜一時を超えても全く眠気がこなかった。
しかし、目に映る星を全て数え終わっても眠気は来てくれなかった。
そんなボッズーに『仕方ねぇ、願いの木の力を借りるか』と言って正義が差し出したのは、"飲むとグッスリ眠れるホットミルク"という物だった。
一度、《願いの木》のある部屋に行って出してもらったのだろう。
ボッズーはホットミルクが嫌いだ。アイスは好きだがホットは嫌いだ。だから、あまり嬉しい飲み物ではなかった。
でも、このホットミルクを飲んだ途端にボッズーは急にうつらうつらとしてきた。……と、同時に現れたのが会議後に帰宅した筈の勇気だ。
勇気はこっそり家から抜け出してきたのだろう。水色のパジャマの上にコートを羽織っただけの格好をしていた。
それから三人は《願いの木》のある部屋へと向かった。
"飲むとグッスリ眠れるホットミルク"の効果は抜群だった。
《願いの木の門番》から《願いの木》がある部屋へと向かう際に滑らなければならない長い長い滑り台で、正義と勇気が「うわー」「ぎゃあ~~」と叫んでいても、ボッズーのうつらうつらはそのまま。叫ぶ正義の胸の中でコクリ……コクリ……と何度も首を落としていた。
「うっ……うぅ……」
「ゾワゾワしろぉ~~、ゾワゾワしろぉ~~」
「思い出せぇ~~、思い出せぇ~~」
「うっ……ううぅ……」
しかし……それから一時間後の現在。ボッズーは、
「うっ……うぅ……」
「ゾワゾワしろぉ~~、ゾワゾワしろぉ~~」
「思い出せぇ~~、思い出せぇ~~」
「うっ……ううぅ……」
「ゾワゾワしろぉ~~、ゾワゾワしろぉ~~」
「思い出せぇ~~、思い出せぇ~~」
「うっ……ううぅ……うぅ……」
全く………
「ゾワゾワしろぉ~~、ゾワゾワしろぉ~~」
「思い出せぇ~~、思い出せぇ~~」
「うっ……ううぅ……うぅぅぅううううう…………ッッッ!!! うるさいッ!!!!!」
眠れていなかった。
「うるさいボッズーッ! うるさいボッズーッッ!! うるさいボッズーッッッ!!! もう我慢の限界だボッズーッッッッ!!!!」
仰向けでベッドに横になっていたボッズーは「うるさい! うるさい!」と怒鳴りながら翼の形を大きく変えて飛び立つと、3m程の高さまで行って……急降下、
「いてっ!!」
「うわっ!!」
右、左の順番で正義と勇気に頭突きをくらわせた。
「痛ってぇ~~! ボッズー、何すんだよ!」
「そうだ! 突然、なんなんだ!!」
「うるせぇ! 『なんなんだ!!』も『何すんだよ!』もねぇ!! 耳元で『ゾワゾワしろ』だとか『思い出せ』だとか、気持ちの悪い言葉ばっか囁きやがってボッズー!! 俺はもう嫌だボッズーよ!!」
そうだ……ボッズーの耳元で囁いていたのは正義と勇気だったのだ。二人はボッズーに添い寝をして、右から正義が、左から勇気が、『ゾワゾワしろぉ~』『思い出せぇ~~』と囁いていたんだ。
それも、それも、一時間もずっと。エンドレスでずっと。念仏の様な低い声でずっと。
「嫌だ! 嫌だ! 目も覚めちまった! もう終わりだボッズー! やめ、やめ!!」
ボッズーは『嫌だ! 嫌だ!』と首を振って再び高く飛び上がる。正義と勇気が手を伸ばしても届かない高さまで。
「おいおい! 降りてこいよ! これはボッズーのゾワゾワの寝言が本当にあるのか確かめる為の実験だろ!!」
「うるさい! 俺はもう嫌だって言ってるだろボッズー!!」
「何故だ! ボッズーも協力すると言ってくれたじゃないか……」
「『何故だ』じゃない! バカヤローコンニャローめ!! お前らの気持ちの悪い念仏を聞かされて! こっちは頭がおかしくなりそうだボッズー!! 馬鹿ッ! 馬鹿ッ! 馬鹿ッ! 馬鹿ッ!」
ボッズーは唾を撒き散らしながら正義と勇気の頭の上を旋回した。
「うわっ! 汚ったねぇ!!」
「やめろッ!!」
「ぺぺぺぺぺっ!!!!!」
ボッズーの唾は機関銃――正義と勇気は手を振って振り払おうとするが、無意味。抵抗空しく被弾する。
「この野郎ぅ! ヒステリックになりやがって!!」
「正義……仕方がない、強行手段だ!!」
勇気はそう言うと腕時計を叩いた。
「レッツゴー! ガキユウシャ!!」
勇気は腕時計を叩くと同時にベッドからジャンプ、その体は青いタマゴに包まれる。
「ぺゅぅ! 卑怯だぞボッズー!」
「卑怯も何もあるか!!」
ガキユウシャに変わった勇気は空中でボッズーを捕まえた。
「離せ! 離せ! 俺はもう念仏なんか聞きたくない!! 眠気だってもうとっくに無いんだボッズー!! ホットミルクだって飲みたくないぞ! 俺はホットミルクが嫌いだーー!!」
ユウシャの腕の中でボッズーは『嫌だ! 嫌だ!』と暴れた。そんなボッズーにユウシャはこう言った。
「分かっている! だから方法は変える!!」
……と。
「何ッ!! 本当かボッズー??!!」
半信半疑のボッズーに、勇気が次に仕掛けた作戦は………
……………
……………………
…………子守唄だ。
勇気と正義はゾワゾワの寝言が本当に起きるのかどうかの実験を、『前回ボッズーが寝言を言った時となるべく同じ状況で行おう!』と考えていた。その為に、うたた寝状態のボッズーに『ゾワゾワしろぉ~~』『思い出せぇ~~』と言っていたのだが、ボッズーが嫌がり、且つ逆に目が覚めてしまうのであれば実験は無意味だ。
そこで勇気は方向転換。一旦ボッズーを寝かせ、それから寝言を促そうと考えた。寝言は寝言だ。夢見て喋るなら同じだから。
しかし、
「グッバイ♪ きみはーー」
「うるせぇ! クサレ音痴が!!」
正義は大外れの音程で怒りを買い、顔面に頭突きをくらった。
「ボズの谷のーー」
「お前は何で替え歌なんだよ!!」
勇気は妙な茶目っ気で顔面を足で蹴られた。
「ふざけてんのかお前らはボッズー!! そんなんで眠くなるかボケーー!!!」
ボッズーの怒りが《願いの木》の部屋に響き渡った………
「痛ってぇーー! こん野郎ぅ! それじゃあ、次は鬼ごっこだ!!」
正義が次に提案したのは鬼ごっこ。『走り回って遊び疲れればボッズーは眠くなるだろう』という考えだ。
この鬼ごっこ、ボッズーに疲れてもらわなければならないから、二つのルールが設けられた。『ボッズーは正義と勇気が手を伸ばしても届かない高さまでは飛んではいけない』と『正義と勇気は腕時計の力を使っちゃいけない』……この二つだ。
ジャンケンに負け、最初に鬼になったのはボッズーだった。しかし三人の身体能力はほぼ互角、勝負は拮抗する。
ボッズーは開始直後に正義を鬼に変えた。
それからすぐ、正義は勇気を鬼にした。
勇気はボッズーを、ボッズーはお返しにまた勇気を、勇気は次は正義を鬼にした――一時間もの間、鬼ごっこは続けられた。
白熱した勝負を行っている間に、正義と勇気は小学生の頃を思い出していた。ボッズーは、愛や夢や優も交えて皆で大木の下で走り回っていた頃を思い出していた。そして、三人が三人とも気付けば笑顔になっていた。
そしてそして、誰ともなしに気付く。
「なぁ、これって……」
「あぁ、そうだな……」
「楽しすぎて全然眠くないボッズー!」
そんなこんなで、ただ遊んだだけで終わった正義達。
それから、正義と勇気は様々な方法を試した。
本を読んで眠気を呼び込む――しかしこれは、ボッズーじゃなくて正義が眠ってしまった。
ヨガをやって体を温めて眠気を呼び込む――しかしこれは、ボッズーの足が短か過ぎてヨガ自体が出来なかった。
シンプルに羊を数えてみる――十万匹までいった。
全てがスベる。正義と勇気はスベり続けた。一向にボッズーの眠気はやって来なかった。
そして、タイムリミットだ。朝が来た。
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