第1話 「ズーンッ!」からの「バイーンッ!!」からの「ギューンッ!!!」 10 ―変わる能力、そして夢は一旗揚げたい―

 10


『分かった!』と言うと、夢は腕時計をパンッと叩いた。

 すると、愛の胸に抱かれた正義の体が目映く光る。


「ワフッ! ワフッ! ワフッ!!!」


 光りに包まれた正義は何度も吠えながら手足をジタバタと動かした。その動きは激しくて、釣られたばかりの魚の様だ。

 あまりの激しさに、愛は両手で持っていられなくなり「あっ!」と床に落としてしまった。


 その瞬間、ゴロンと床に転がった瞬間、正義の体はみるみる内に中型犬の大きさから元の正義の大きさに戻っていき、目映い光が消えた時、正義は元の人間の姿へと戻っていた。


「うわぁ~~めっちゃムズムズするぜ!!」


 人間の言葉が喋れるようになった途端に正義は叫び、両手で体をあっちこっちと搔きながら立ち上がった。


「ぷはっ! その"体が変わる時"のムズムズさ、ギッチョンでもキツいんだ?」


 夢が正義に問い掛けると、


「当たり前だろ、何だよこれ、めっちゃムズムズする!!」


 正義は更に更にと体を搔いた。腕も、足も、頭も搔く。


「ぷはっ! ギッチョンはいつも頭搔いてるから大丈夫かと思ったんだけどなぁ~~ダメだったか!」


「いやいや、だって、この痒さは今まで経験した事ないくらいのムズムズさだぜ!! ヤバイって!! あぁ~~!! かいぃ~~!!」


「ぷははっ! 仕方ないじゃん、体の形がギューンって変わるんだから! でも、慣れたら結構気持ちいいよ!」


「え? そうなの? ……って、もう二度とごめんだぜ! つーか、人の体を勝手に犬にすんなってぇ!! かいぃ~~~!!!」


 そう言うと正義は靴を脱ぎ捨てて足の裏まで搔き始めた。


「ちょっ! せっちゃんキタナイ!!」


「汚くねぇよ! 愛、お前もやられてみろ!! 俺の気持ちが分かるから!! あぁ~~かいぃ~~~!!!」


「ははっ!! まさか正義、さっきまでワンワン吠えていたのは、俺達が深読みしていただけで『痒い! 痒い!』と叫んでいたのか?」


「違ぇよ! 痒くなったのは今! ……と、犬になった時!」


「そう! 痒いのは体の形がギューンってなった時だけ! ギッチョン、暫くしたらムズムズは治まるからちょっと我慢してて!」


「うぅ~~暫くっていつだよぉ!!」



 十秒後、正義の"ムズムズ"は嘘みたいに消えた――



「はぁ~~~キツかったぁ!! 寿命が一年くらい短くなった気がするぜ」


 正義は年輪模様の床に胡座をかきながら、空を見上げて大きく息を吐いた。


「……で、これが黄島の能力なんだな? ムズムズの方じゃない。変身の方だ」


 そんな正義を見ながら勇気は夢に問い掛けた。


「うん! そうだよ!」


 勇気に問い掛けられた夢はコクリと頷いた。それから、左手に嵌められた腕時計を叩くと、基地の中をグルリと取り囲んでいる木々の内の一本に向けて黄色い光を放った。

 目映い光に包まれる木――その木は一瞬の瞬きの後に光が消えると姿を変えた。灰色で無機質な電柱の形に。


「私の能力は、人や物を私が思い描いた姿形に変えられる能力。対象は自分でも他人でも何でもOK!」


 そう言うと夢は再び腕時計を叩き、今度は光を自分自身に放つ。すると、その体は"トレンチコートの男"へと変わった。


「物は物にしか変えられないけど、人間は別人にも動物にも物にも変えられるんだ!」


「物にも変えられるの?」


 愛が問い掛けると夢は「ふふ……」っと不適に笑い頷く。


「うん、あいちんも電柱に変えられるよ」


「え……いや、それはいいや」


「ぷはっ! 冗談、冗談!」


「……それで? さっきの話の中で『制限時間』と言っていたと思うが、それはどのくらいの時間なんだ?」


 次の勇気の質問。これに"トレンチコートの男の夢"は口髭をフワリと触りながら、こう答える。


「それは何に変えるかで変わってくる。人間の場合はまだ自分にしか試してないから、"私の場合は"ってなっちゃうけど、とりあえず別人に変わる場合は二時間、動物に変わる場合は一時間、物だったら三十分だよ。物から物へは、大きさを変えるかどうかで変わってくる。大きさを変えないなら一時間、変えるなら三十分……そんな感じ」


 ここまで話すと夢は腕時計を叩いた。夢の姿は"トレンチコートの男"から黄島夢自身の姿へと戻った。


「成る程、結構シンプルだな。で、変身したら……あぁ、これは"英雄の戦う姿"の方だ。こんな能力を持っているんだ、黄島はもう完全に英雄の力を掴んでいるんだろ?」


「うん! 勿論、なれるよ!」


 夢の顔が自信に染まった。『当たり前でしょ!』とその顔は言っている。


 そんな夢に、勇気は優しく微笑みかける。


「そうか、それじゃあ、変身した場合、その能力にも何か変化があるんじゃないのか?」


「おっ! 流石、ゆきぃ! 良い質問!」


 夢は首筋をポリポリと搔いていた指を勇気に向けてパチンッと鳴らした。


「戦闘能力の高い姿に変われるようになるよ! 例えば、動物だったらライオンとか、物だったら只の壁を爆弾に変えられたりとか!」


「ほぉ……これは戦闘でも、かなり便利そうだな」


「でしょでしょ??」


「あぁ、調査時であれば、別人に変装して尾行する事も出来る」


「へへっ! こりゃあ、何かと夢に頼る展開が増えそうだな!」


「うん! 私もそう思う!」


「うん! 頼ろう! めちゃめちゃ頼ろうボッズー! 頼らなくても良い時でも頼ろうボッズー! だって、夢には遅れてきた分の取り返しをしてもらわないとだからなボッズー!!」


「えぇ! 頼らなくても良い時でも? ボッズー、何それ! 『取り返し』って、さっき許してくれたんじゃなかったの?」


「へへっ! 冗談だよ、冗談!」


 ……と正義は言うが、


「いや、俺は冗談で言ってないぜボッズー! さっきのは英雄としての自覚を持っているかどうかの確認と、腕時計を大事にしなかった事への説教だボズよ! 『今グチグチ言っても仕方ない』俺はそう言っただろ? 遅れた事への取り返しは、これからの実際の活躍をもって取り返してもらうぜボッズー!」


 ボッズーは本気で言っていると言い出した。


「えぇ! 何それ、ボッズーめっちゃキビキビじゃん! 確かに、日本に来るのが遅れたのは何も言えないけど、今日までここに来なかったのは私だってちょっとは頑張ってたからなんだけどぉ~~!」


 夢は言い返した。


 しかし、この発言にボッズーはカチンと来た様子だ。


「頑張ってたぁ? 何を頑張ってたんだボズぅ!! 頑張ってたのは正義、勇気、愛の方だぞボッズー! 三人はもう既に何回も戦ってる! 頑張って、頑張って、頑張ったんだぞボッズー!!!」


「おいおいボッズー、あんまりごちゃごちゃ言うなよ!」


 こんな様子のボッズーを正義が止めに入る。


 しかし、


「うるさい! 正義はちょっと黙ってろボッズー! お前はもう何回も死にかけたんだぞ! その時にもし夢がいれば……」


「"もしも"を言っても仕方ないだろぅ」


「そうだよ、それで言ったら私は変身出来るようになるまで長かったよ」


「あぁ、それは俺もだ……しかも、俺は正義を殴って一度英雄を辞めようとした」


「うるさい! 正義、愛、勇気! お前らは仲間に甘過ぎるぞボッズー!」


「くわぁ……出た出た、ボッズーのヒステリー! 急に出んだよなぁコレ……めんどくせぇぜ。なぁ、夢! お前も何か言い返せ! 頑張ってたんだろ? それを言え、言っちまえ!!」


 正義に促されると、夢は「あっ!」と言って「うん!」と頷いた。


「あっ! そっか! そうだよね! それじゃあボッズー、次にする私の話を聞いて、チャラにするかどうか決めて!!」


「え? チャラ? なるかねボズ!!」


「良いから聞いて! つか、その話をする為に私はこの基地に来たんだもん!」


「その話をする為にぃ? 何だそれはボッズー??」


「あのね!」


 ……そして、夢は日本に帰国してから何故すぐに正義達と合流しなかったのか、その訳を話し始めた。


 ―――――


 十一日前に日本に到着した夢は、その当日に祖父から『最近、本郷にお化けが出ると噂が立っているんだ』と聞いたという。


 話を聞いた時点で夢は『お化け……何それ?《王に選ばれし民》が関わっていそうだな……』と思い、『なら、遅れちゃったお詫びに敵を一匹倒して一旗揚げてから合流しよう!』と決めたらしい。


 それから二日後、深夜の本郷を捜索していた夢は駅前近くで女性の叫び声を聞いた。その場所へと駆け付けると『透明人間に襲われた』と話す女性と出会った。

 そこからは正義達と同様、『幽霊=透明人間』と考え、目撃情報を集めようと"トレンチコートの男"――夢曰くこの姿は『探偵風』らしい――の姿へと変わり、聞き込み調査を開始した。


 始めの三日間は何も情報を得られずに終わったが、四日目くらいからは、特に若い女性から『二日前に◯◯の近くで友達が襲われました』『三日前に不審な男を見た』という情報が取れ始め、その得られた情報を元にして"現れそうな場所"&"狙われそうな外見の女性"を割り出し、『スケスケ男を捕まえよう!』と動いていたという。


 そして、昨日になってやっと柏木を見付けられたが、慣れぬ尾行で距離を取り過ぎてしまい取り逃がしてしまったという。


 そして、『リベンジしてやる!』と今日も深夜の街へと繰り出したが、正義達の介入でリベンジを果たせず終わってしまったという……


「それで、正義達が介入してきたから、『もう一旗上げてなんて辞めてここに来た!』って感じかボズ? まぁ、ちょっとは頑張ったのは認めるけど、これじゃあチャラとはいかないなボッズー!!」


 ボッズーはそう言った。


 実はここまでの話にボッズーが驚くような意外な話は何もなかった。夢が次に何を話すのか大体予想がつくものだった。

 しかし、次に夢が言った言葉は違った。


「もう! ボッズーは厳しいなぁ! キビキビ過ぎるよ! でも、まだチャラかチャラじゃないかを決めるのは早いよ!」


「ん? どういう意味だボズ?」


「確かに私は"一旗揚げてからの合流"は諦めた。けどぉ、実はまだ一旗揚げるって事自体は諦めてない! 私、スケスケ男を倒す方法を思い付いちゃったかもなんだから!」


「えっ?」


「スケスケ……いや、柏木を倒せる方法を思い付いたかも? それは本当なのか?」


「どんな方法? 教えて!!」


「何だボズ? 何だボズ? それは何だボズ?? 本当に思い付いたのかぁボズぅ?」


 ――勇気、愛、ボッズーは身を乗り出して聞いた。


「ふふん! それはさぁ、皆がスケスケ男と戦っているのを遠くから見ていて思い付いたんだよね! でも、それは一人じゃ無理! 皆との協力が必要なんだ! だから、私はこの基地にやって来たの! ねぇ、もしこの方法で倒せたら一旗上げれたって事にしてくれない? チャラにしてくれない?」


 夢はそう言ってニヤリと笑った。だが、


「………。」


 何故だか正義だけは頭をポリポリ。

 その顔は夢の方には向いていない。空を見ている。

 始めは正義も夢の話を聞いていたのだが、いつの間にやら上の空になっていた。


 何故なら、


「十一日前の時点で幽霊の噂………変だなぁ」


 と、一人疑問を浮かべていたからだ。

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