第1話 「ズーンッ!」からの「バイーンッ!!」からの「ギューンッ!!!」 9 ―夢見る英雄、黄島夢登場―

 9


 脱ぎ捨てられたコートとハットは、驚くべき事に黄色い光の粒となって消えていった。

 でも、勇気達はその現象に驚きはしなかった……というか、目を向ける事すらしなかった。

 何故なら、もっと驚くべき事が彼らの目の前で起こっていたからだ。


 脱ぎ捨てられたコートとハットが光の粒となると同時、脱ぎ捨てた張本人の"男"の体は黄色い光に包まれた。"男"は光の粒とはならない。光が体を包んだだけ、犬にされる前の正義に起こった現象と同じだ。

 そして、一瞬の瞬きの後に光が消えると、そこには"男"は居なかった。代わりに居たのは"女"。すらりと背の高い少女が居たのだ。


 これは、"男"が煙の様に消え去ったのではない。"少女"が瞬間移動で忽然と現れた訳でもない………"男"が"少女"へと姿を変えたのだ。


 この少女の姿を見た瞬間、勇気と愛は叫んだ――正義は吠えた。


「黄島!!」


「夢ちゃん!!」


「ワフッ!!」


 ……と。


 英雄達の前に突如として現れた少女、彼女が何者か、それは単純、そして明快。

 彼女こそ、正義、勇気、愛に続く四人目の英雄、《夢見る英雄》に選ばれし者。《黄島夢》……その人だ。


 ―――――


「ぷはっ!!」


 黄島夢は目を見開いて驚く三人を見て、ショートカットの髪をかき上げながら、目鼻立ちのしっかりとした顔を大きく崩して悪戯っぽく笑った。


「やっと気が付いたか! 青木勇気!! 桃井愛!! 赤井正義!! フハハハハッ!!!」


 夢は三人を指差し、芝居掛かった喋り方をして大きく笑った。

 その声は宝塚歌劇団の男役に近く、低くは出しているが、さっきまでの"男"の声とは違い、明らかに女性の声だ。


「……って、もうお芝居は良いっか! 皆をちょっとからかってみたいと思っただけだし!」


 黄島夢は一見するとクールビューティな見た目だ。男役はよく似合う。だが、その声も喋り方もすぐに変わった。低く作った声は、甲高くよく通る女の子の声に。芝居がかった喋り方は、明るく元気な喋り方に。


「おいおい……」


 そんな夢に勇気は『やれやれ……』といった雰囲気でこう言った。


「からかう? それにしてはやり過ぎじゃないか?」


 勇気は頬を撫でている。

『やれやれ……』という雰囲気を出しているが、それでも彼は笑っている。優しい天使の微笑が勇気の顔には浮かんでいた。


「うん! 本当に侵入者かと思ったよ!」


 それは愛の顔にもだ。愛は頬を膨らませて怒った顔を作ってはいるが、嘘が下手な愛だ。本来浮かべたい笑顔が消せずにいて、猿の顔真似をしているみたいになってしまっている。


「……って言いながらも、二人とも夢に会えて嬉しいのを隠しきれて無いだボズよ!」


 これはボッズー。ボッズーは勇気と愛をからかう感じで喋りながら、夢の肩に止まった。


 でも、ボッズーはすぐに夢の肩から飛び立たなくてはいけなくなる。何故なら、


「だよね! だよね! 私もそう思った! ゆきぃもあいちんも嬉しそう! 私も、皆に会えてハピラキだよ!!」


 夢がまるで飛び掛かるかの勢いで勇気と愛に抱きついたからだ。


「ほわわわぁ~~」


 その勢いに驚いて、せっかく飛び乗ったのにボッズーは夢の肩から落ちてしまう。


「ヒッサヒッサ! ビッサビッサ!」


「あっ……ちょ、ちょっと!」


「おい……」


 夢は左の腕で勇気を抱き締め、右の腕で愛を抱き締め、上下に大きく跳び跳ねて体いっぱいで喜びを表した。


「ゆ、夢ちゃん、あ、相変わらず、テ、テンション高いね!!」


 夢よりも体の小さな愛は、夢の跳び跳ねにつられて思わず体が跳ねてしまう。


「うん! だって、あいちんに会えたんだもん!!」


「そ、そっか! そ、それで、い、いつ、か、帰ってきたの?」


 跳び跳ねにつられながらも、愛は夢に質問を送った。

 夢は三年前に親の都合でアメリカに渡っている。愛の『いつ帰ってきたの?』という質問は、『いつ日本に帰ってきたの?』という意味だ。


「先々週の水曜日にだよ!!」


「せ、先々週の水曜日? そ、それって十一日も前じゃん! そ、そうだったの?」


「うん! 本当は《約束の日》に日本に着く予定だったんだけど、ほら、ちょっと前にあいちんにメールしたでしょ? 日本に戻ってきたら腕時計忘れてるのに気が付いて、またブーンっしたって……ごめんね、それで遅れちゃった」


 夢はそう言うと、ペコリと頭を下げた。跳び跳ねもそこで終了。………夢の跳び跳ねが止まれば、愛の跳び跳ねも終わる。


「腕時計を忘れた……じゃあ、『ブーンした』ってもしかして、またすぐにアメリカに戻ったって事なの?」


「うん、そうだよ。そうメールしたよね?」


 夢はコクリと頷いた。


 確かに、デカギライの事件の時に夢から、空港の中から撮影されただろう飛行機の写真が一枚と、


『たら、忘れちゃった』


『パパ怒ってる』


『またぶーんする!』


『遅れるね!』


『ごめんね』


 ……という内容のメールが送られてきてはいた。だが、あまりに怪文章過ぎて、愛は全く内容を理解出来てはいなかった。


「そっか……アレってそういう意味だったのか」


 愛はボソリと呟く。


 でも、この声は夢には聞こえていない。だから夢は止まる事なく話を続けた。


「パパにワガママ言ってすぐにアメリカに戻れたのは良いんだけど、パパは『自分が日本に帰りたいと言ったから手配したのに、忘れ物をしたくらいでとんぼ返りとは一体どういうつもりだ』ってカンカンで……『出発前に何故忘れ物が無いか確認をしなかった』とかブンブン言われて、更に《王に選ばれし民》が出てきちゃったから、『日本は危険だ。そんな場所に娘を一人で行かせられない』とか言い出して……」


「娘を一人? それじゃあ、夢ちゃん一人で日本に来たの?」


「うん、そうだよ。パパとママは向こうで仕事があるから、日本ではジイジの家に住む予定……つか、大変だったんだ、パパとママに私一人で日本に移り住むのを納得してもらうのって!」


「それはそうだろうな……で? どうやって、納得してもらったんだ?」


 これは勇気の質問だ。


 気が付けば、勇気の体からは夢の左腕は離れていた。今の夢は両手で愛の肩を掴んでいる。でも、その両手もすぐに離される。


「決まってんじゃん!」


 次に夢の両手は彼女の腰に当てられた。


「演技だよ演技!」


「演技?」


「そう! 例えば、アメリカの食事が合わなくてお腹を壊す私だったり、震えが伴う程のホームシックにかかる私だったり、英語と日本語が入り交じった言葉を話してドンドン似非えせ外国人みたいになってく私だったり、で色んな演技をしたんだ!」


 夢は誇らし気に勇気に向かってニヤリと笑った。


 これに、勇気は戸惑う。


「そ……そうか、いやに妙な演技ばかりだな……で? 色々な演技をしたという事は、逆を返せばすぐには納得してもらえなかったという事じゃないのか? どれだったんだ? 納得してもらった演技は?」


「おっ! さっすがゆきぃ! 鋭いねぇ~~!」


 ……と言うと夢は、『No.1』の意味なのか空に向かって指を差した。


「日本に帰りたい、日本に帰りたい、日本に帰りたい、日本に帰りたい…………これしか話さないってゆーー演技だよ!」


「そ……それは演技なのか?」


「うん!」


「俺にはただのゴリ押しにしか聞こえないが……」


「そんな事ないよ! 名演技だったんだから!」


「そ……そうか……それで? 二回目の説得はどうしたんだ? 《王に選ばれし民》が現れて難航したんだろ?」


「うん、でもそこは意地で通した。それこそ、ゆきぃが言う『ゴリ押し』だよ! 私は英雄だ、世界を救う為に日本に帰りたかったんだもん。危険だからこそ行くんだ! どんな方法を使ってでも説得するつもりだった。最終的には土下座をしてでも、それでも納得してもらえないなら無理矢理? 勝手に? 来てやろうって思ってた! 鳥になれば私は空を飛べる、制限時間があるから日本に到着するのに時間は掛かるけど、来れない事はないからね! でも、結局はその必要もなくて、ママとジイジがパパを説得してくれた。でも、その分時間が掛かっちゃった。ごめんね……」


 夢は今度は勇気に頭を下げる。

 でも、この謝罪にいち早く反応したのは、"犬にされた正義"だった。


「ワフッ!」


 愛の胸に抱かれている正義は夢に向かって吠えた。


「あっ! せっちゃんが代わりに答えてくれてる。『何も気にする必要はないよ! 来てくれただけで嬉しいよ!』って!」


 愛がそう言うと、もう一回。


「ワフッ!」


 正義は吠えた。


「ははっ! どうやら、そうみたいだな!」


 正義は愛の胸の中で手足をバタつかせながら、いつものニカッとした笑顔だろう、口を大きく開けていた。

 その顔は怒っている感じじゃなく、喜んでいるか嬉しがっているかのどちらかだ。


 でも、これに不服そうなのはボッズー。


「う~ん……どうやら、そうっぽいボズね」


 床に座っていたボッズーはツーっと飛び上がると夢の顔の前で止まった。その顔には厳しさがある。


「まぁ、俺も夢が来てくれて嬉しいから、本当はあまり小言は言いたくないんだけどぉ…………ひとつ! 苦労をしたくなければ、"腕時計を忘れなきゃ良かった"……これが一番だったんじゃないのかボズぅ??」


 英雄達に常に"自覚"を求めるボッズーだ、『夢の失敗から生まれた遅刻を、ただの笑顔で終わらせる訳にはいかない』と考えたのだろう。


「英雄にとって腕時計は、命と同じくらい大事な物だボズよ。肌身離さずが当たり前、これからは自覚を持って行動してほしいだボッズー」


「うん……」


 ボッズーの厳しい意見に、夢は小さく頷いた。


「……分かってる。アメリカに戻らなきゃいけなくなった時にめちゃめちゃ反省した。もう絶対しない! これからはしっかりする!」


 それから、夢は明るく答えた。でも、テキトーな感じじゃない。明るく答えながらも、その顔は"自覚"が見て取れる顔つきだ。


「本当かぁボズ?」


「本当に本当だよ!」


「う~ん……じゃあ、分かった。これからは頼むぞボッズー!」


 さっきボッズーは『俺も夢が来てくれて嬉しいから、本当はあまり小言は言いたくないんだけど』……と言った。

 だから、一旦説教は終わり。


「まぁ、今グチグチ言っても仕方ないだボズからね。さてさて、それじゃあ夢!」


 そして、ボッズーは再びツーっと飛んで、今度は"犬にされた正義"の茶色い頭の上に止まりにいく。


「んじゃんじゃ、そろそろ正義を元に戻してくれないかボズ? んで、そろそろ君の能力の話を皆にしてくれボズ! 俺はどんな能力か知ってるから良いんだけど、皆はまだ分からないだろうからなボッズー!」


「うん! 分かった!」

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