ガキ英雄譚ッッッッッ!!!!!~世界が滅びる未来を知った五人の少年少女はヒーローになる約束をした~
第1話 「ズーンッ!」からの「バイーンッ!!」からの「ギューンッ!!!」 8 ―トレンチコートの男―
第1話 「ズーンッ!」からの「バイーンッ!!」からの「ギューンッ!!!」 8 ―トレンチコートの男―
8
「あっ!! お前はッ!!」
「え?! 何で??」
「貴様ッ! どうやってこの場所にッ!!」
「この基地は腕時計を持っていないと入れない場所だぞボズ!!」
声が聞こえた瞬間、英雄達は素早く立ち上がった。
「堂々とした侵入者だな……」
しかも、大木の外へと繋がるエレベーターが見える場所に座していた勇気は、ファイティングポーズすら取っている。
この素早い反応の理由はボッズーの言葉の中にあった。
『この基地は腕時計を持っていないと入れない』……その通りなのだ。《英雄達の秘密基地》は英雄の腕時計を持っている者のみが、大木にその入口を現出させられるのだから、誰も彼もが好き勝手に出入り出来る場所ではないのだ。
「侵入者……フッ、この基地はあなた達四人だけの物ではない筈だが?」
しかし、"男"は確かに入ってきた。入ってきたのだから英雄達に睨まれている。
「何……? どういう意味だ……それに、貴様はどうやってこの基地の場所を知った!!」
勇気は走り出した。口髭を蓄えた口元をニヤリとさせたその"男"に向かって。
「フフッ……場所? それなら、そこのお嬢さんが昨日教えてくれたよ」
"男"は笑みを深めた。深めながら将棋の駒を指す様な仕草で愛を指差した。
"男"の喋り方は抑揚が強い。まるで何かの役を演じているかの様……
「私? 私……そんな事してない!」
指を差された愛は驚く。しかし、"男"は「いやいや……」と首を振る。
「いやいや……私は確かにお嬢さんから教えてもらいましたよ。この場所も、この基地への入り方も」
「そんな……」
「出鱈目を言うな! 桃井がそんな事をする訳がない!!」
"男"に近付いた勇気は居合い抜きの如く素早さで、"男"に向かって回し蹴りを繰り出した。
「うわっと……その蹴り良いねぇ。バーンって感じだ!」
だが、"男"も回った。
勇気の蹴りを華麗に避けた。
それは、しなやかに。まるでバレエダンサーのピケターンの様にクルクルと、"トレンチコートの裾"をフワリと翻しながら…………そうだ、トレンチコートなのだ。"男"はトレンチコートを着ているのだ。いや、それだけではない。黒いハットも被っている。
我が物顔で《英雄達の秘密基地》に入り込んできた"男"……それは、紛れもなく、今回の事件において英雄達が当初の容疑者と睨んだ"トレンチコートの男"なのだ。
「やはり貴様は、ただの怪しい男……という訳ではなかったんだな!! 《王に選ばれし民》の仲間、貴様もバケモノなのか!!」
勇気は避けられても諦めない。次々と蹴りを繰り出す。
「バケモノ? フッ……私はそんな奴等とは違う」
トレンチコートの男も次々と繰り出される蹴りを次々と避けていく。トレンチコートの男のターンは、しなやかであり華麗でもあるが、鈍くはない。素早いのだ。
「バケモノじゃないなら、アンタはいったい何者だ!!」
これは正義の叫び。
正義はトレンチコートの男を睨みながらダウンジャケットの袖を捲った。
「私が何者かは、あなた達自身に当ててもらいたい」
「当てろだと!!」
「そう……ヒントは『お嬢さんが教えてくれた』という私のさっきの言葉だ。さぁ、私はいったい誰だ!!」
トレンチコートの男は勇気の蹴りを避け続けながら、大舞台に立つ役者さながらの大きな仕草で両手を広げた。
「ヒントも何も、私はあなたに教えた覚えはないけど!」
「いや、教えてくれたよ。ほら、思い出して!」
呼び掛けられた愛は眉間に皺を寄せる。
「何なのよ……私が昨日会った人って、せっちゃん、ボッズー、勇気くん、山下のおばあちゃんに、瑠璃と果穂……あとはお母さんとお父さんだよ! あなたは知らない!!」
「う~ん……では、ヒントをもう一つ! 私はお嬢さんと直接会った訳じゃない。お嬢さんが私に連絡をくれた」
「連絡? そんなのしてない!!」
「いいえ、したよ! 思い出して!!」
「もう………何なの!!」
愛は眉間の皺を深めながらスマホを取り出した。そして、スマホに残った履歴を見ながら昨日自分が連絡を取った人物の名前を読み上げる。
「ほら、昨日私が連絡したのは、お母さん、勇気くん、瑠璃と果穂…………あっ、後は夢ちゃんと優くん! あの二人にも『早く来て』って連絡入れてたんだ! あの二人には確か、基地の事をメールで教えけど……だけど!」
「けどッ!」
ここで正義が割って入った。正義の顔には『問答なんて辟易だ』という気持ちが如実に現れている。
「アンタはあの二人には似ても似つかねぇぜ、オッサン!! ……悪いけど、もうクイズは良いぜ! アンタがバケモノじゃなかろうが、何だろうが、怪しいヤツには変わりはないんだ! この基地に入ってきたくらいだ、俺達が英雄なのを知ってんだろ? だったら、アンタが何者なのか力尽くで聞き出してやっても良いんだぞ!」
正義は"男"を脅す様に、腕時計をつけた左手に右手を添えた。
「うわっ! ちょっと待ってよ! もう少しで正解に行き着きそうだったのに、それはギューン過ぎる展開じゃない? それに、英雄の力は悪いヤツ以外には使っちゃダメでしょ!」
"男"は正義の脅しに慌てたのか、その喋り方が少し変わった。抑揚の強い舞台役者の様な喋り方から、倍速再生された動画みたいな早口へと。
早口になると動作も変わる。これまで勇気の蹴りをクルクルと避けていた"男"は突然、足を前後に開脚し床の上にペタンと座った。それから、何やらコートの袖で隠れた左手首の辺りを素早くポンッと叩いたかと思うと、叩いた右手が仄かに光った。それから続けて、正義に向かって光る右手を突き出した。
「『ダメ!』はワンワンでも分かるんだよ!!」
……突き出された"男"の右手からは黄色い光が放たれる。
「うわっ!」
放たれた光は正義の胸にドンッ!と音を立ててぶつかった。
「うぅ……な、なんだこれ!!」
光をぶつけられた正義は胸を押さえて踞る……そして、その体は放たれた光と同じく黄色く光った。
「あっ! この光ってまさか!! あっ……勇気、愛、待つんだボズ!!」
ボッズーは何かに気が付いた。しかし、そんな彼が言った『待つんだ』という言葉は勇気と愛の耳には届かない。
何故なら、
「貴様ぁッ!!!」
「よくもせっちゃんを!!」
黄色い光に包まれる正義の姿を見た勇気と愛は激しく怒ったからだ。
愛は"男"に向かって走り出し、勇気は足を開いて座ったままの"男"に向かって、踵落としの如く右足を振り下ろした。
「あっ! 踏んづけられる! それもまたギューンでしょ!!」
対する"男"は、不思議な擬音を口にしながら、足を開いた形のまま今度は背中から床に倒れたかと思うと、踊りをバレエからブレイクダンスへと変えた。次はピケターンからウィンドミルだ。両足を天に向けて"男"は独楽の様に回った。
「………ッ!!!」
振り回された"男"の足に踵落としを払い飛ばされた勇気はフラついてしまう。
「ゆきぃは私の事を踏んづけたいみたいだけど、私はゆきぃの事を攻撃したくないんだよ! でも、パタパタしてあげる!!」
勇気がフラつくと"男"は回転を急停止させ、間髪を容れずに立ち上がった。その喋り方はやはり舞台役者の様ではない。早口で、どちらかと言うと女の子の様だ。
「……ん? ゆきぃ?」
フラつきながらも勇気は"男"の喋り方に違和感を覚えた。
「ゆきぃ……まさか、この呼び方をするのは!」
しかし、もう遅い。
「パタパタ! パタパタ!!」
立ち上がった"男"は、右、左、右、左……と両手を使って勇気の頬を叩いたのだ。
「ゆきぃの頬っぺた、意外とムニムニじゃん! キャワキャワじゃん!」
……と、"男"は笑うが、その背後からは愛が迫る。
「コノヤロー!!」
「ん? あぁ、そっか! あいちんも来てたんだった!!」
"男"は素早く振り返ると、いとも簡単に愛の左ジャブを屈んで避けてしまい……続け様に床を転がった。今度は踊っていない。でんぐり返しだ。
「あいちんは絶対に攻撃したくない! キャワキャワあいちんは私のアイドルなんだから!」
「あいちん?! その呼び方をするな! して良いのは夢ちゃんだけ!!」
……と、愛は叫び、"男"を追い掛ける為に方向転換をするが、逃げる"男"はでんぐり返しをし終わるとすぐにジャンプ。切り株のテーブルでこの光景を見ていたボッズーの正面に着地する。
すると、
「やっと来てくれたんだなボズ!!」
ボッズーは自分の目の前に立った"男"に向かってそう言った。その瞳は笑っている。
「おっ! ボッズーは気付いてくれたんだ!」
「もちろんボズ!!」
「やった! ウレウレだよ! でも、まだこっちの三人は気付いてくれてないみたいだけど……」
"男"は白い歯を見せて笑った。そんな笑顔を浮かべたまま、"男"はクルリと振り返り、走り来る愛の方を向いた。
「あいちん、興奮し過ぎは良くないよ! ギッチョンに癒されて!!」
"男"はサッと屈み込み、足元から何かを拾い上げ愛に向かって放り投げた。
「えっ! 何?!」
何かを投げられた愛は目を見張る。
「ワフッ!!」
「えっ?! 犬!!」
「ワフッ!!」
そうだ……犬だ。茶色くて耳の垂れた中型犬だ。
中型犬が足をバタつかせ宙を舞っている。
「あっ!! 危ない!!」
その事に気が付いた愛は両手を伸ばし、急いで犬を受け止めた。
「な……何で犬? え? いつの間に??」
愛は目を白黒させて驚く。
そんな愛を"男"は笑った。
「ぷははっ!! ビックリした? それ、ギッチョンだよ!!」
「ギッチョン? え? ……って事は、この子、せっちゃん?」
「そう! ギッチョンを犬に変えちゃった!!」
"男"は笑いながらコクリと頷いた。
「えっ? 犬に変えた? せっちゃんを?? えっ!! ちょ……ちょっと待って! 分かんない!! 分かんない!! 犬に変えた、何それ? それに……せっちゃんの事を『ギッチョン』って呼ぶのって??」
愛の白黒は止まらない。愛の白黒の理由は基地内に突然現れた犬からは通り過ぎ、現在は二つ。
一つは『正義を犬に変えた』という"男"の発言が訳が分からないから、もう一つは……
「ギッチョンって……せっちゃんをギッチョンって呼ぶのって、一人しかいないけど……それに、さっき私の事もあいちんって……え?? でも、全然違うよ? あの子は女の子だし、こんなおじさんじゃないよ???」
正義を『ギッチョン』と呼ぶ人物は愛が知るに一人だけ、その人物は愛よりも一つ年下の女の子なのだが、現在愛の目の前に立つ人物は彼女に似ても似つかない中年の男……年齢も性別も全くもって違かった。
「えっ?? 何?? 意味分かんない???」
「意味が分からない……確かにそうだ。だが……どうやらそうみたいだぞ、桃井」
愛の背後から勇気が話し掛けた。
勇気は頬を擦りながら"男"をジッと睨み、歩いてくる。
「俺もさっき、ゆきぃ……と呼ばれた。俺をゆきぃと呼ぶのは"彼女"しかいない。それに、さっきから不思議な擬音を使っているが、そんなおかしな言葉を使うのも、俺は"彼女"しか知らない。なぁ、ボッズー? 君はすんなりと受け入れたみたいだが、そうなんだろ? "彼女"なんだろ?」
「うん! そうボズ! 勇気もやっと分かったかボッズー!」
「え?? 嘘?? 本当に???」
愛はまだ戸惑っている。それ程、受け入れ難い事だから。
そんな愛を見たボッズーは"男"に呼び掛ける。
「ほら、もう良いんじゃないのかボッズー? 愛も戸惑っているけど、内心では分かっているみたいだぞボッズー!」
「ワフッ!」
「あっ! 正義も吠えた……正義も分かってるのかなボッズー!!」
「ワフッ! ワフッ!」
"犬にされた正義"は"男"に視線を向けて、何かを言っているのか一生懸命吠えている。
「ぷははっ! そうかも! ギッチョンも分かってくれたっぽい! ははっ! じゃあ、そろそろ……ごっこ遊びも終わりにするか!!」
……そう言うと、"男"は身に纏っていたトレンチコートと黒いハットを脱ぎ捨てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます