第7話 バイバイね…… 37 ―愛する心で命を守る―

 37


 萌音の炎は長くは燃えなかった。十秒程の短い炎だった。しかし、炎の威力は凄まじいものだったのだろう。炎が消えた跡地には、萌音の姿も、芸術家の姿も無かった。


「アイシン……」


 炎が消えた後、ボッズーがアイシンの背中を叩いた。

 その叩き方には遠慮があって、叩くボッズーの顔も申し訳なさそう……


「アイシン、ごめんボズな。でも、もう時間が無いんだボズ……」


 これは催促。輝ヶ丘を救う為の催促だ。

 空が真っ赤に染まってから、もう五分以上は経っている。ボッズーが言う様に、もう時間が無い……


「………」


 催促を受けて、アイシンは無言でコクリと頷いた。

 それから、セイギの胸から顔を上げ、


「………」


 ゆっくりと後ろを振り向き、宙に浮かぶボッズーと向かい合った。そして、


「うん……」


 静かな声でもう一度コクリと頷くと、


「そうだね……ボッズーやるよ!! 一気に行こう!!!」


 アイシンの口から飛び出たのは力強い言葉。


「えっ! アイシン……」


「ほら、何やってんの! 私の背中に掴まって!!」


 ボッズーはアイシンが悲嘆に暮れていると思っていたのだろう。だけど、そうじゃなかったからボッズーは戸惑った。


「う、うん! そうだなボッズー!!」


 逆にアイシンから催促を受けてしまったボッズーは急いでアイシンの背中に掴まりに行く。


「ボッズー、空に向かって飛びながらで良いから、とりあえずやり方教えて! 長くなく短めでお願い!!」


「うん! 分かったボッズー!!」


「それじゃあ……行くよ!!」


 アイシンは大地を蹴った。


「ヨッシャボッズーッッッ!!!」


 アイシンが空に向かって跳び上がると、ボッズーはビュビューンモードに変形し、空に向かって一気にブッ飛んだ。


 ―――――


 萌音の炎が消えた時、一緒に消えたのは萌音と芸術家だけではなかったのだ。アイシンの涙もまた消えていたのだ。


 セイギがアイシンの顔を隠してくれた、爆発音がアイシンの声をかき消した……だからアイシンは涙を流せた。

 でも、隠せなくなればアイシンは涙を消す。

 何故なら、アイシンは萌音との別れにより英雄としての自覚と覚悟を持てたからだ。それは本当の意味での"自覚と覚悟"……涙を流す時間は終わった。もう彼女は誰にも涙は見せない………

 涙を流しても人は救えない。泣いていても涙を流させる奴等を倒せはしない……アイシンは今回の戦いでその事を痛い程知ったのだから。


 だから、今は輝ヶ丘を救う為に思い切り前を向いた。


 みんなの命を守る為に……


 ―――――


「叩いて、こねる! 叩いて、こねる!」


「そうだボズ!! ドンドンこねて大きくするんだボズ!!」


 アイシンはボッズーの教えを聞いて何度も腕時計を叩いた。そして、現れた光を手で掬う様に取って、両手でこねる。団子をこねる様に。こねると光は球体になって、何度も同じ動作を繰り返す度に大きくなる。


「87回分だから、最終的にはスイカくらいの大きさになるボズよ」


「スイカか……今はまだバレーボールくらいだね!」


「サッカーボールだボズ!」


「バスケットボールかもよ?」


 アイシンは叩いてこねるを続けた。続けて、続けて、87回目。遂に、球体はスイカ大になった。


「ヨシッ!めっちゃデカイ!! コイツをどうするの?」


 スイカ大になったピンク色の球体を両手で持ち、アイシンは町を見下ろした。

 現在、アイシンとボッズーは町の中心部の上空にいる。どうやら町の住民達は空に浮かぶ二人を見付けて指を差したりして騒いでしまっているらしいが、大空高く飛んでいるから二人からはその表情までは見えない。


 因みに、この後住民達はもっと騒ぐ事になる。だって、アイシンが言った『コイツをどうするの?』という質問への答えと、その後に起こる出来事はビックリするものだったからだ。


「ソイツをボズね、思い切り町に向かって投げろボズ!!」


「投げろ? 良いの? 町の人達いっぱい居るよ?」


「良いんだボズ! 別にキュアリバを当てられても痛くないからなボッズー!! ほら、早くやるんだボズ!! 時間が無いぞ!!」


「わ、分かった!!」


 アイシンは戸惑いながらもボッズーの言う通りにした。アイシンはピンク色の球体=キュアリバを両手で頭の上にまで持ち上げると、


「エイッ!!」


 勢い良く腕を振り、輝ヶ丘に向かって投げた。


 ヒューーーッと音を立て、キュアリバは落ちていく。そして、



 ドカーーーーンッ!!!!!



 町の中心部、駅前公園の外れに落ちたキュアリバは大爆発を起こしたかの様な音を立てて破裂した。それは水風船が割れる感じに似ていて、破裂した瞬間、落ちた場所からピンク色の光が波紋の様に拡がっていく。そのスピードは速く、一気に町全体をピンク色の光が包んでしまった。


 ざわざわ……ざわざわ……


 声は聞こえなくても住民達が『何だこれは?』と騒いでいるのが分かる。

 そんな右往左往している人達を見ながら、アイシンは聞いた。


「で、で? この後は? みんな騒いじゃってるけど?」


「唱えるんだボズ!」


「唱える?」


「そう、頭の中で対象物は何かと考えながら、『キュアリバ!』ってなボズ!!」


「分かった…………いいわね、いくわよ!!」


 アイシンは瞼を閉じた。そして、唱える。


「キュアリバ!!!」




 第三章、第7話「バイバイね……」 完

 ―――――


 第三章、第7話「バイバイね……」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。


 次回、第8話「彼女の声はいつも心に届いてる」は第三章のエピローグとなります。


 輝ヶ丘は救われました。

 しかし、失ったものは大きい。

 愛達はどう生き、どんな覚悟を決めるのか。


 見守ってください。

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