第7話 バイバイね…… 36 ―バイバイね……―

 36


「先輩!!」


 セイギが足を止めてしまったその直後、背後からアイシンの叫び声が聞こえた。


「愛……」


 セイギが素早く振り向くと、彼女は走っていた。その足取りは急ぎ過ぎているからだろうか、空回りしていてフラついても見える。


 現在の校庭はホムラギツネだった時の萌音が火柱の尾を振り回した事で至る所にへこみが出来ている。


 ― 危ない……


 セイギは思った。『このままでは愛がへこみに足を取られて転んでしまう』と。


「………あっ!」


 セイギが警戒した矢先、アイシンの足がへこんだ地面に引っ掛かった。


「………ッ!!」


 そのままアイシンは受け身も取れずに、地面を滑る様にして倒れてしまう。


「愛!!!」


 セイギは急いで駆け寄り、アイシンを立ち上がらせようと手を伸ばした。だが、アイシンはセイギの助けは借りずに、転んでなどいないと思えるくらい素早さで立ち上がった。


 そして、彼女は叫ぶ。


「先輩!!」


 ……と。


「………」


 セイギは瓦礫の山を振り返る。すると、萌音は既に頂上へと到達していた。


「……何よ?」


 そんな彼女は、自分を呼び止めたアイシンを睨んだ。


「………何よ、桃ちゃん。まだ弱音を吐くつもり?」


「………」


 二人を見守るセイギも、萌音と同様にアイシンの叫びは弱音を吐く前段階だと思った。


 でも、


「違う!!!」


 ……アイシンは首を大きく振って萌音の言葉を否定した。


 そして、アイシンは叫んだのだ。声の限り、力の限り、萌音への誓いを。自分自身への誓いを。


「私……私!! 先輩の生き様、この目に焼き付けます!! そして、絶対に忘れません!! 今までの先輩との日々を!! そして、どんなに辛い時でも、どんなに苦しい時でも、先輩を思い出して頑張ります!! だって、私は!!」


 アイシンは言う。己のもう一つの名を。


「愛する心で命を守る!! 桃色の愛! ガキアイシンだから!! だから……だから……見てて下さい!! 私の戦いを!! 私が! 私達が!! 世界を救うその時まで、見守ってて下さい!! ずっと、ずっと……見守ってて!!」


 ―――――


「格好いいよ……格好いいよ桃ちゃん……」


 萌音はアイシンの力強い宣言に涙を流した。


「当たり前だよ……約束するよ……私、ずっと見てる。桃ちゃんの活躍、ずっとずっと見てるからね!! だから……頑張るんだよ桃ちゃん!!!」


「はいッ!!!!!」


「ふふっ……良い返事だ!」


 アイシンの力強い返事を聞くと、萌音は微笑んだ。


「元気でよろしい! それじゃあ、これからもずっと笑顔を忘れず、元気な桃ちゃんでいるんだよ!! そして、いつの日か……桃ちゃんがお婆ちゃんになった時、またお話ししようね!! 絶対に幸せになるんだよ!!」


 萌音はアイシンに向かって声の限り叫んだ。そして、言うんだ。いつも何気なく使えていた言葉を。


「…………それじゃあね、バイバイね!!!」


『バイバイね』………サヨナラの言葉を。


 そして、萌音は瞳を閉じる。

 萌音は真田萌音としての意識を取り戻した時から自分の体の中に悶え苦しみたくなる程の炎を感じていた。

 その炎は毎分毎秒ごとに熱くなり、今では爆発寸前………いや、萌音の強い意思で抑え込んでいただけで、本来ならばとっくに爆発していただろう。


「さ……真田さん、や……やめましょ」


 今まで、萌音に右手と首を絞められて身動きどころか声すら発せられずにいた芸術家が喋った。


 何故なら、萌音が力を抜いたから。


 萌音は力を込めて踏ん張って、己の体に宿る炎を抑えていた。だが、その炎を今から爆発させると萌音は決めたのだ……



「煩い……逝くぞ、クソッタレ」



 萌音と芸術家の体は、爆発音と共に巨大な黒き炎に包まれた……………


 ―――――


「愛ッ!!」


 萌音が瞳を閉じた瞬間、セイギはアイシンを抱き寄せた。それは、アイシンの視界を塞ぐ為。

 セイギは萌音が瞳を閉じた瞬間に、次に何が起こるのかを感じ取ったのだ。

 それは、悲劇。

 特に、アイシンにとっては。


『その光景を愛に見せちゃダメだ……』


 セイギはそう考え、アイシンの顔を自分の胸の中に埋めた。

 その直後、耳をつんざく爆発音が背後から聞こえた。


 そして、むせび泣くアイシンの声も………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る