第7話 バイバイね…… 33 ―無理するな?するよ!―
33
「嘘だろ………諦めたくねぇんだよ!! 俺達は、あなたの事も!!」
倒れたホムラギツネに近付いたセイギは、彼女の体を揺さぶるが、『ギィェ……ギィェ……』と小さく鳴くだけで、ホムラギツネは立ち上がろうとはしてくれない。
そして、セイギの耳には芸術家の歌が聞こえてくる。
「アイシンさん♪ 貴女の決断遅過ぎて♪ 遂に真田さん倒れてしまった♪ 嗚呼♪ サッサと決断するべきだったぁ♪ このままでぇはぁ死んでしまうぅ~~♪」
「嘘!! 嘘!! 嫌だッ!!」
振り回すだけで当たらない拳を芸術家に向けていたアイシンは、再び頭を抱えた。『嫌だ……嫌だ……』と頭を振りながら。
「嘆いていても仕方ないでしょう♪ 英雄とはそういうもの♪ 全ての命を救うなんて無理♪ 命は切り捨てられるもの♪ さぁ、今ならまだ間に合いますよ♪ どちらかを選びなさい♪」
「うぅ……うぅう……」
頭を抱えたアイシンは、段々と体を丸め始めた。その内に体も震え出し、暫くの間も無く………膝をついて地面に倒れてしまった。
アイシンは《愛の英雄》だ。強い愛を持つ人だ。そんな彼女が選べる訳がなかった。"誰かを捨てて誰かを守る"なんて選択が……
―――――
「俺のせいだ……俺が騙されたから……」
セイギもまた嘆いた。自分の愚かなミスを……
― もっと早くに輝ヶ丘に戻れていれば……
― ピエロの嘘を信じなければ……
― 柏木がバケモノだと思い込まなければ……
― 輝ヶ丘を出ようとなんて思わなければ……
……思い返しても取り返しのつかない幾つものミスが、セイギの頭の中をグルグルと巡る。
「俺のせいだ……俺のせいだ……」
セイギは悔しさを握り締め、地面を殴った。
その時だ……
「あっ! 見ろ!!」
今度、セイギの耳に届いた声はユウシャの物。
「空が……空が、真っ赤に染まっているぞ!!」
「え……」
その声にセイギが顔を上げた時、それまで暗闇に包まれていた筈の空が変わっていた。ユウシャの言葉通り、真っ赤に染まっていたのだ。
―――――
「ホホホホホォ~~~♪♪♪ 遂に♪ 遂に来ましたぞ♪ これが、赤い石が炎を生み出す前兆♪ この赤が美しいのです♪ 赤い石がばら蒔かれた地域を真っ赤に染める赤が♪」
芸術家は万歳をする様に空に向かって両手を上げた。
「もうお伝えしても良いでしょう♪ 残り時間は後十分♪ もう僅かですよアイシンさん♪ さぁ、答えを出すのです♪ 真田さんを救うのか、それとも輝ヶ丘を救うのか♪ どちらも終わりが近いですよ♪」
芸術家に煽られるアイシンも『見ろ!!』というユウシャの声が聞こえたのだろう、地面に倒れたままではあるが空を見上げていた。
「終わりが近い……私が、私が決める……どっちを助けるかを……私が……」
「そうです♪ そうです♪ 貴女が決めるのです♪」
「どっちかを捨てて、どっちかを助ける……なんて、そんなの捨てた方の命を殺す事と同じだよ……私には出来ない」
アイシンは頭を振るが、芸術家は煽る事をやめない。
「何を言っているんです♪ いい加減分かるべき♪ もうどちらかを選ばなければ、どちらも死んでしまいますよ♪」
「でも……」
「桃井!!」
二人の会話に割って入る様に叫んだのはユウシャ……
「俺は、君に残酷な選択なんてさせたくない! だが、このままでは皆が死んでしまう!! 君の家族も! 俺の家族も! 君の友も! 俺の友も! 皆が死んでしまうんだ!! 頼む!! 輝ヶ丘を救ってくれ!!!」
「そうです♪ 流石、ユウシャさん♪ 冷静でもあり熱血な方♪ 良い選択をしました♪」
芸術家はユウシャに拍手を送るが、
「煩い!! 黙れ、下衆が!!」
ユウシャは拳を握って芸術家に怒鳴った。
彼もまた、悔しいのだ。
「誰かを犠牲にするなんて、こんなのはただの負けだ……でも、救う為にはこれしかない」
「そ……そうだなボズ」
次に言葉を発したのはボッズーだった……
彼もまた悔しそうに瞼を強く瞑り、悔しさを吐き出す様に言った。
「アイシン! 本当にすまないボズ!! 力になれない仲間で……何も出来ない仲間で!! でも、もうやるしかないボズ! キュアリバを使って、町を救おう!!」
そう言って叫んだボッズーは、瞼を開くと大粒の涙を瞳から溢した。
そして、ボッズーはセイギを見る。
「セイギ! お前も何か言え!! 何か言ってくれボズ!!」
頼る様にボッズーはセイギに向かって叫ぶが、
「………」
空を見上げたままのセイギは黙ったまま。ただ、地面を何度も何度も殴り続けている。
「ガキセイギさんも♪ ガキアイシンさんも♪ 愚かな方ですねぇ♪ この土壇場でも正しい選択を選べないなんて♪ 二つに一つ♪ 一人を救うか、大勢を救うか、そのどちらかだと思ったら♪ まさかの三つ目♪ 輝ヶ丘と、真田さんと、一緒に心中ですかぁ♪ 英雄として失格ですねぇ♪」
「でも……」
「『でも……』じゃないだろ小娘……♪」
芸術家は足下に倒れているアイシンを蹴った。
「うっ……」
体を丸めていたアイシンは、芸術家の蹴りの勢いで仰向けになってしまう。
そんなアイシンに芸術家は股がり、仮面に向かって唾を吐いた。
「英雄気取りで邪魔してきて♪ 最後の最後でこれですかぁ♪ 愚かな小娘……殺してやるよ」
芸術家はアイシンの首に両手を伸ばし、絞め始めた。
「アイシン!!」
「桃井!!」
ボッズーは芸術家を止めようと飛ぶが、芸術家が一瞬だけ上げた左手がボッズーを強く殴り、ボッズーは地面に落ちて気を失ってしまう。
ユウシャもそうだ。邪魔された。
筆を持つ右手を一瞬だけ上げた芸術家は空中に大きな円を描いた。その円は"真っ白な巨大な岩"となり、ユウシャに向かって飛び、ユウシャの行く手を阻んだ……どころか、ユウシャを押し潰してしまう。
―――――
「愛……!!」
ボッズーとユウシャが『アイシン!!』『桃井!!』と叫んだ時、セイギも同じくアイシンの下へと駆け出そうとしていた。
「……ん?」
しかし、立ち上がったセイギの足を掴んだ者がいた……
「真田さん……」
それは、ホムラギツネ。
今までの彼女は地面に倒れ、セイギが何度呼び掛けても『ギィェ……ギィェ……』と鳴くだけで動こうとはしてくれなかった。
『ギィェ……ギィェ……』という声も、何かを言っているというよりか、呼吸音に聞こえ。それこそ虫の息……ホムラギツネの命の終わりを予見させるものだった。
そんなホムラギツネが、立ち上がったセイギの足を強く掴んだ。
「真田さん、邪魔しないでくれ。無理も……しないでくれ」
セイギはそう言いながらしゃがみ込み、ホムラギツネの手を外そうとする。
でも、そうじゃなかった。ホムラギツネは無理をしているが、邪魔をしようとはしていなかったのだ。
「え……?」
セイギがホムラギツネの手に触れた時、ホムラギツネは自らセイギの足から手を離した。そして、今度はセイギの手を掴む。
この時、セイギの手を掴んだホムラギツネの手は左手なのだが、ホムラギツネは左手でセイギの手を掴んだかと思うと、少し起き上がり、今度は右手でセイギの腕を掴んだ。それから、左手をセイギの手から離し、その手でセイギの肩を掴み、立ち上がる…………そう、ホムラギツネはセイギの体を支えにして、這い上がる様な形で立ち上がったのだ。
「真田さん?」
セイギはもう一度ホムラギツネの……いや、真田萌音の名を呼んだ。疑問符を語尾に付けて。
何故なら、立ち上がったホムラギツネはセイギの肩に手を置いたまま、中腰の姿勢で呼吸を整え始めたのだから。その動作は野獣的ではなく人間的に見える。更に吐き出す呼吸もさっきまでの『ギィェ……ギィェ……』とは違い、「はぁ……はぁ……」と人間的な呼吸音だった。
「はぁ……はぁ……」
ホムラギツネが呼吸を整えながら見る先は、首を絞められるアイシンの姿……その姿を見て、ホムラギツネは言った。
「桃ちゃんの馬鹿……!!」
………と。
「………!!」
この言葉を聞いたセイギは驚きのあまり声すら発せられなかった。
そして、言葉を発したホムラギツネ……いや、真田萌音は走り出した。アイシンの下へと。
―――――
「んぅ? OH♪ 真田さん♪ どうされたのですかぁ?」
ホムラギツネ……いや、真田萌音が走る足音にアイシンの首を絞めていた芸術家も気付き、ホムラギツネの方を向いた。
「あぁ~~♪ なるほど♪ 貴女も最期の時を迎える前に、アイシンさんに攻撃をしたいのですねぇ♪」
ホムラギツネが真田萌音の意識を取り戻したと知らぬ芸術家は大いに油断し、怒りに顔を歪ませる真田萌音の矛先はアイシンに向けられた物と勘違いをした。
だから、芸術家は両手を上げる。
「さぁ、この子の顔面の一つや二つ……あ、一つしかありませんねぇ♪ ホホホォ♪ 顔面の一つでも踏み潰してあげなさいぃ♪」
「お前のな……」
「え?? ………ぐわぁっ!!!」
真田萌音は芸術家の顔面を足の裏で蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた芸術家は、それこそ"飛ばされて"、アイシンの体から3mは遠くに飛んだだろう。
「な……何故? 真田さん?」
芸術家はすぐに起き上がるも、
「……ん? あれ? ふ、筆がない? 筆……何処?」
……飛ばされた時に筆を落としてしまったらしい。地面を這い回る様にして筆を探し始めた。
―――――
この光景を、朦朧としててはあるが意識を取り戻したボッズーも、走り出した真田萌音を見送ったセイギも、"真っ白な岩"をレーザーを使って破壊したばかりのユウシャも、皆が皆、目撃していた。
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