第7話 バイバイね…… 28 ―ピエロは嘘をついた。では、芸術家は?―

 28


 絶望の影がアイシンの心を覗いた………


 ―――――


「死ぬ………何それ、どういう意味」


「アイシン、無視するんだボズ。コイツの言葉に耳を貸すな。どうせ、また嘘だボズよ。俺達は俺達がやるべき事に集中して……」


 ボッズーはアイシンに『無視をしろ』と言うが、


「どうせ、また嘘ぉ♪ ちょっと待って下さいぃ~~♪ 嘘をついたのはピエロさんですぅ♪ 私が貴方達に嘘をついた事がありましたかぁ? ねぇ、桃色の……いえいえ、ガキアイシンさん?」


 芸術家が問い掛ける質問には"噓"は無く、


「無い……けど。ねぇ、先輩が死ぬって何なの? どういう意味?」


 アイシンは『芸術家が言おうとしている事は何んだ……』と気になっている自分を否定出来なかった。


「アイシン……無視だボズ。芸術家は俺達を惑わそうとしているだけだボズ」


「惑わそう? そんなぁ♪ 私からすれば、無視しろと言う貴方がアイシンさんを惑わそうとしていると思えますけどぉ♪」


「煩い!! お前は時間稼ぎをしたいだけだろボズ! 赤と青の石を止められたくないのが見え見えだボッズー!!」


 芸術家に背を向けて『相手にする気も無い』と態度で表していたボッズーも、しつこ過ぎる芸術家にキッと睨みをきかせた。


「その赤と青の石に関しての真相をアイシンさんに教えたのは私ですよぉ♪」


「教えて絶望させたかった、ただそれだけだボズ! 俺達に赤と青の石を止める方法があったから焦り始めた……ただそれだけボズ!!」


「う~ん♪ 焦ってなんていませんよぉ♪」


 芸術家は『やれやれ……』と頭を振りながら、ベンチからゆらりと立ち上がった。


「私が今回行いたかった事は"実験"ですからぁ♪ 失敗もまた実験結果であり、それもまた芸術ぅ♪ ですので♪ 輝ヶ丘が燃えようが燃えまいが私はどちらでも良いのですぅ~~♪ ですが、ですが♪ 新たに興味の湧いてしまった出来事がありましてぇ♪ そちらの結果が知りたいのですぅ♪」


 芸術家は右手に持った筆をゆらゆらと揺らしながらアイシンとボッズーに近付いてきた。


「ねぇ、アイシンさん? もし、貴女が輝ヶ丘を救う為にキュアリバ……ですか? そちらを使い切ってしまった時♪ それが真田さんを殺すと同義語であったらなら、貴女はどうしますかぁ?」


「殺すと同じ……何それ? どういう意味? サッサと言ってよ……」


 ボッズーと向き合っていたアイシンも、遂に芸術家の方を向いてしまった。それも、体ごと……


「アイシン! 聞く耳を持っちゃダメだボズよ! 芸術家は俺達を惑わせようとしているだけだボズ!」


 ボッズーはそう言うが、気になり始めたら止められない……それが人間だ。


「分かってる……でも、聞くだけだから。惑わされるつもりはないから」


「ホホゥ♪ アイシンさんは賢いお方♪ はじめは貴女も私の話を噓だと決めつけて聞く耳を持とうとはしませんでしたねぇ♪ でも、今は私を信用してくれているぅ♪」


「信用? 誰がそんな!!」


「だってそうでしょう♪ 信用していないなら、鳥さんが言う様に私を無視してサッサと輝ヶ丘を救えば良い♪ それがぁ……」


「だから、サッサと話してって! 結論は何? アンタは何が言いたいの!!」


 アイシンは芸術家の言葉を遮り、『早く結論を言え』と催促した。彼女は拳を握っている。でも、これは芸術家を殴りたいからではない、アイシンは焦りを覚え始めていたのだ。それは『赤い石の炎がいつ生まれるのかが定かではないから、急がなければならない……』という焦りと、そして、突然大暴れを始めたホムラギツネの変化が、芸術家が言う『真田さんは死にますよ』という言葉に繋がると思えて仕方がなかったからだ。


「前置きは良いから、早く!!」


「ホホゥ♪ 早く……そうですねぇ♪ 早くしなければ、新たに湧いた興味の結果も分からないままですからねぇ♪」


「………」


 アイシンは『新たに湧いた興味とは何だ?』と問い質したかった。しかし、問い質してしまうと、『一本道では進んでくれない芸術家の話が更に絡まった話し方になってしまうかも……』と思えて、ただ黙って聞く事を選んだ。


「アイシンさん……貴女、現在の真田さんをどう思いますか? 鳥さんは『自分の作戦を邪魔されない為に温存してた力を出してきた』と仰りましたが、真田さんが本心では輝ヶ丘を燃やしたくないと知っている貴女からすれば、別の見方が出来るのではぁ?」


「………」


 アイシンは後ろを振り向き、ホムラギツネの姿を見た。


 ………ホムラギツネは火柱の尾を振り回し続けている。校庭には幾つものへこみが出来ていて、尾を振り回す度に飛び散る黒い炎が校庭を囲んで植えられている木々の幾つかを燃やしてしまっていた。

 でも、そこにはセイギもユウシャも居ない。

 敵も居ないのにホムラギツネは一人で火柱の尾を振り回し続けているのだ。

 セイギもユウシャも今やっと動き出したばかり、瓦礫の山を駆け降り始めたばかりなのだから。


「OH♪ 勝ち目も無いのに貴女のお仲間が動き出しましたよ♪勇敢ですねぇ♪ あっ♪ でもでもぉ~~♪ 暴れ回るホムラギツネは最強♪ 近付く事も出来ない♪ ほら、見てぇ~~♪♪」


 瓦礫の山を駆け降り始めた二人の距離は、二人が手を横に伸ばせば手と手がぶつかり合ってしまうだろう位の近い距離……だからだ。ホムラギツネが振った火柱の尾が駆け降りる二人の足下にぶつかり、しかも火柱の尾は瓦礫を掬い上げる様に上昇したものだから、セイギとユウシャは瓦礫と共に宙に飛ばされた。


「せっちゃん! 勇気くん!!」


「セイギ!! ユウシャ!!」


 アイシンとボッズーは二人の名を叫ぶが、その瞬間、宙に飛んだセイギとユウシャを火柱の尾が地面に叩き付けた。そして、セイギとユウシャが地面に倒れると、ホムラギツネはまた火柱の尾を振り回し始める。地面をドンッ! ドンッ! と何度も叩き、瓦礫の山にぶつけては、瓦礫を更に粉砕し宙に舞い上がらせる……


「流石、真田さん♪ 強いですねぇ♪ でも、嗚呼……何故だろう♪ 英雄が二人揃って地面に倒れているのに尻尾を振り回してばかりぃ♪ 倒れた二人に向かって尻尾を振れば良いのにぃ♪ 真田さんはいったいどうしてしまったのでしょうねぇ~~♪ アイシンさん? どう思いますぅ?」


「………」


 アイシンは芸術家の問いには答えず、唇噛んで手に汗を握った。それは文字通り。拳をギュッと握って……


「真田さんは辺りを破壊しようとか、英雄さんを攻撃しようとは考えていない♪ そうは見えませんかぁ?」


「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」


「嗚呼……また吠えた♪ ほら、この声も『苦しい、苦しい』と言っている様に聞こえませんか?」


「だから……何が言いたいの、分かっている事があるならサッサと言って」


「う~ん♪ アイシンさんは怒ってばかりで会話というものを知りませんねぇ♪ では……仕方がない♪ 教えて差し上げましょう♪」


 芸術家はそう言うと、筆を三角形の帽子の中に仕舞って両手を腹の前で組んだ。そして、歌い上げる様に喋り出す。


「真田さんはぁ~~~~♪ 悶え苦しむ可哀想な子ぉ~~~♪ 尻尾をクルクル振り回しぃ♪ 苦しい苦しい悶えてるぅ♪ だけど誰も気付いてくれない♪ 人からすれば♪ 彼女は暴れるバケモノだぁあ♪ 彼女の苦しみ分かってくれない♪ 命の灯火もう少し♪ そろそろ彼女はお陀仏だぁ~~~~♪♪」


「なにッ!!」


「何だとボズ!!」


 アイシンとボッズーは再びホムラギツネに背を向けて芸術家を鋭く睨む。


「怒る前に行動を♪ 睨む前に行動だぁあ♪」


 しかし、芸術家は突然両手を広げてクルクルと回り出し、そのままヘリコプターの様に空へと飛んでいった。そして、歌を続ける。


「アイシンさんが渡した愛は♪ 激しく苦しいものだったぁ♪ か弱い乙女の真田さんでは結局限界♪ 体が持たない♪ 蝋燭消えるその時はぁ~~♪ 激しく燃えて燃え尽きるぅ♪ 真田さんも同じですぅ~♪ 最期の時が迫ってるぅ♪ これより更に激しく燃えて♪ 爆発四散♪ 跡形もなく消え去る運命♪」


 クルクルと回る芸術家は、元輝ヶ丘高校の瓦礫の山の頂上に足を並べて降り立った。


「噓だ! 噓をつくな!!」


 アイシンは芸術家に向かって叫ぶ。


「噓ではない♪」


 だが、芸術家は左右に大きく首を振った。


「私は貴女に噓などつかない♪ 噓をついては実験にならない♪ 貴女の選択知りたいからぁ~~~♪ それでも噓だと言うのなら♪ 証明しようそうしよお♪ 私の予言は必ず当たる♪ 今に真田さん大きく吠えて♪ 吠えた後は尻尾が落ちる♪」



「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」



 芸術家の歌に合わせる様に尻尾を振り回していたホムラギツネは、突然天を仰ぎ、両手を広げて大きく吠えた。


「ほらほら吠えた♪ 大きく吠えた♪」


 そして、


「噓だ……」


 アイシンが崩れ落ちる様に地面に膝をついた時、体と同じく天を向いていたホムラギツネの尾も又、朽ち果てた木の様に、音も立てずに根元から折れて………地面に落ちた。


「さぁ、尻尾も落ちた終わりが近い♪♪♪」


「噓だ……噓だ……嫌だ……………いやぁ!!!」

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