第7話 バイバイね…… 24 ―愛、冷静になれ―

 24


「はっ!!」


 ……と、驚いたアイシンの背後で気配がした。


「どうです? 貴女が話すべきだとは思いませんか♪」


「このぉ……」


 耳元で囁かれたアイシンは、途端に頭に血が上り、怒髪天を衝くが如く怒りを覚えた。


「クソ野郎!! 黙れ!!」


 キレたアイシンは拳を握って立ち上がり、後ろを素早く振り向くと、芸術家に向かって勢い良く拳を振った。


「お前の声は虫酸が走る!! よくもいけしゃあしゃあと私の前に現れたなッ!!」


「オッホホホ♪ 危ない、危ない♪」


 しかし、芸術家はアイシンの攻撃を読んでいたのか、余裕綽々の笑顔を浮かべながらその拳を左手で受け止めた。


「もうぅ♪ 女の子なのに貴女は随分と野蛮ですねぇ♪」


「煩い!! 誰がそうさせるんだよ!!」


 アイシンは芸術家に凄む。


「また現れやがって!! お前のその長い顎を今すぐへし折ってやろうか!! お前のせいで!! お前のせいで先輩はッ!!」


「OH♪ ノンノン♪ 女の子なんだから野蛮な言葉は控えましょうよ♪ それに、私は何か貴女の不利益になる様な振る舞いをしましたか? 貴女に事の真相を教え、そしてまた貴女のお仲間にも教えようとしている♪ 怒られる筋合いはございません♪」


「煩い!! お前が全ての元凶だろ!! お前さえいなければ、先輩はバケモノにはなってない!! 輝ヶ丘も危機に陥らずに済んだ!! 私達の事を想ってみたいな言い方すんな!!」


 アイシンはもう一つの拳で芸術家を殴ろうとする。だが、


「待てアイシン!! 冷静になるんだボズ!!」


 ボッズーが止めに入った。


「OH♪ 英雄さんのお仲間にも一人は冷静な方がいらっしゃったみたいですねぇ~~♪」


 ……と、芸術家は言うが、その芸術家に向かってもボッズーは怒鳴った。


「黙れ芸術家!! 俺もお前に怒ってるぞボズ!! お前がこの事件の裏で手を引いている奴だってのは大体想像がついているんだぞボッズー!!」


「ホホゥ♪」


「アイシン、冷静になるんだボッズー! 真相って何だボズ!! それを早く教えるんだボズ!! 目の前の宿敵を殴るよりも、世界を救うのが英雄の使命なんだぞボッズー!!」


「ボッズー……」


 アイシンは振り上げた拳を途中で止めて、後ろを振り向きボッズーの顔を見る。


「アイシン、俺達も君が芸術家に怒る理由は大体想像がついているんだボッズー……アイシンが尊敬していた彼女なんだろ? あのバケモノの正体は? 彼女を人間に戻す為にも、アイシンが知っている真相を俺達にも教えてくれボッズー!!」


「そうだぜ愛!! 教えてくれ!! 俺達何か間違えてんのか!! 芸術家が言ってるのって、いったい何の事なんだ!!」


 二人目に『教えてくれ』と呼び掛けてきたのはセイギだ。セイギはホムラギツネと戦いながら、大声でアイシンに呼び掛けている。


「せっちゃん……」


「桃井、芸術家を痛め付けるのはまた今度だ……今は輝ヶ丘を!!」


「勇気くん……」


 ユウシャはセイギの援護をしながらアイシンに呼び掛ける。


 ― そうだ……そうだよ……私の使命は芸術家をブン殴る事じゃない……私は馬鹿だ、また感情に流されてしまって……


 アイシンは気が付いた。自分が暴走状態にあった事に。


 ― でも……私は英雄だ。どんなに芸術家がムカついても、世界を救うのが私の使命! 今やるべき事は輝ヶ丘の救出……


「フンッ!!」


 アイシンは途中で止めていた拳を開くと、芸術家の左手に伸ばし、その手首を掴むと目一杯に強く握った。


「イタタタタぁ~~♪ 何をするぅ♪」


 芸術家に掴まれていたアイシンの右の拳はその瞬間に解放された。


「手を離せって意味だよ!!」


 そして、アイシンは芸術家を睨みながら一歩、二歩と後ろに下がりボッズーの横に立つと、今度は後ろを向いて、戦うセイギとユウシャを見た。


「ごめん、せっちゃん……それに勇気くん! ボッズーも止めてくれてありがとう!」


 アイシンは横のボッズーをチラリと見ると、頭を下げた。それから、再びセイギとユウシャの方を向く。


「今、私暴走してた! 冷静にならなきゃだね! それでね、二人の戦いがあまりにも激しかったから、すぐに言い出せなかったんだけど、でも……そうなの!」


「そうなのって、何がそうなんだ! うわっ!!」


 セイギだ。セイギはホムラギツネの尾を体をのけ反らせ間一髪で避けていた。


「前置きはしないで良い、本題だけを話してくれれば助かる」


 これはユウシャだ。ユウシャは二丁拳銃を連射して、レーザーでセイギの援護をしている。


「うん! 分かった!」


 戦う二人に促され、アイシンの話は本題に入る。


 ―――――


 セイギとユウシャはすぐに真相を知りたかった。


 だから、ホムラギツネに起こっている変化にも鈍感になり、『ホムラギツネにも疲れやダメージが蓄積したのだろう』ぐらいにしか思えていなかった。


 "セイギはホムラギツネの尾を体をのけ反らせ避けた"


 長く伸ばし炎を強くすれば巨大になるホムラギツネの尾=火柱の尾を、今までのセイギは大きくジャンプしたりして大きなモーションで避けていた。だが、現在のセイギはそれを体をのけ反らせるだけで避けられている。


 何故なら、現在のホムラギツネは尾を一纏めにはしているが、長く伸ばしはせず、尾の炎を強くする事もしていなかったから。一纏めにはしているが、何故が"火柱"にはしていなかったのだ。


 セイギの援護をするユウシャのレーザーが命中しているのも、ここに理由がある。


 ユウシャは『ホムラギツネが尾を火柱にしないのならば……』と、生成に時間が掛かり直線でしか飛べない光弾ではなくレーザーを使っての援護を選んだ。


 そして、前述の通り現在のレーザーは命中している。

 ホムラギツネが火の玉を吐こうとした時や、セイギに噛み付こうとした時など、ユウシャはレーザーを使ってホムラギツネの攻撃の邪魔をしているのだ。


 この状況に『真相は何か?』という疑問さえ無ければ、英雄二人は首を傾げていただろう。


 でも、今の二人は『反撃の糸口すら見付からなかったホムラギツネとの戦いにも、やっとチャンスが訪れた』だとか、『ホムラギツネにも疲れやダメージが蓄積したのだろう』ぐらいにしか考えていなかった。


 だから首を傾げない。…………でも、『真相は何か?』という疑問も無く、ホムラギツネの変化に二人が首を傾げていたとしても、結局は同じ。


 もう何も出来ないのだから。

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