第7話 バイバイね…… 19 ―助ける為に、私は戦う!―

 19


 セイギ達が巨大テハンドに穴を空ける少し前、アイシンとホムラギツネの決闘は開始された。


「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」


 瓦礫の山から脱出したホムラギツネはアイシンに向かって走り、そして跳んだ。

 繰り出してきたのは跳び蹴りだ。


「フンッ!!」


 アイシンはその跳び蹴りを顔の前で両腕をクロスさせて防御する。

 しかし、全身に黒い炎を纏うホムラギツネの戦闘は、四つ足の野獣と化していた時よりも知性があった。


「ギィッ!!」


 攻撃を防御されたホムラギツネはその反動で宙をクルリと舞うのだが、着地した瞬間に空かさず火の玉を吐く。

 力を増した今のホムラギツネには火の玉を吐く為の前動作なんていらない。ノーモーションで吐き出してくる。それも一発じゃない。一気に三発だ。


「なっ!!」


 突然火の玉が吐き出された事にも、一気の三発にも驚いたアイシンは、咄嗟に右方向に走って逃げようとするのだが、


「ギィェーーーーーー!!!!」


 ホムラギツネはその動きを止めようと尾を伸ばしてきた。それも、一本じゃない。一気に九本もだ。


「嘘でしょ!!」


 アイシンは焦った。ホムラギツネの体の右側からは三本、左からも三本、上からも三本……と、尾が伸びてくるからだ。これでは左右にも逃げられないし、上空にジャンプしても捕えられてしまう。

 逃げ場がない。


「どうしよ! どうしよ!!」


 アイシンは後ろに向かって走った。正面からは火の玉も来ているのだから逃げるには後ろしかない。

 しかし、火の玉が飛ぶ速度も、追い掛けてくる尾の速度も速い。


「どうしよ!!! どうしよ!!!! どうしよ!!!!!」


 アイシンは腕時計を叩いてみる。だが、何も出てこない。アイシンは山下を出た後、『自分の武器は何だろう?』と腕時計を叩いてみたのだが、その時も何も出てこなかった。でも、その時は『先輩に自分の想いを伝える為には、武器を使うよりも体と体でぶつかり合った方が良い!』と思っていたのだから、それでも良かった。

 では、今はどうか………そうじゃない。起死回生の武器が欲しかった。


「何なのよ!! 何でピンク色の光しか出てこないの!!」


 そうなんだ。アイシンが腕時計を叩いても濃いピンク色をした光しか出てこない。そして、その光は必ずアイシンの全身を包んでくる。


「何なのよ!! 包まれたって力が強くなる訳でも、傷が無くなる訳でもない!! いったいこの光は何なの!! 全然意味ないじゃん!! 何か出てよ!! 何か出してよ!!」


 アイシンは焦って三回連続で腕時計を叩いた。でも、出てくるのは光だけ。その光はやはりアイシンの体に纏わり付いてくる。三回分の光だからアイシンの体に纏わり付く光は更に濃くなるのだが、何かが起こる気配はない。


「ちょっと……ヤバイよ」


 火の玉か、それとも九本の尾か、どちらかがすぐ後ろに迫っている気配をアイシンは感じた。

 その瞬間、ドンッ! ドンッ! ドンッ! と音が鳴り、三回連続で背中を押される感覚がした。


「え……なに?」


 アイシンは『何事か?』と後ろを振り返った。

 すると、彼女の目の前には厚い硝煙が立ち込めていた。


「何これ? ………えっ!!」


 そして、アイシンは気付いた。自分の体を纏っていたピンク色の光が無くなっている事に。


 これまで、ピンク色の光は10秒~15秒くらいは存在していた。だが、今は腕時計を叩いてから1秒~2秒くらい……それなのに、無くなっている。

 1秒~2秒の間に起こった出来事といえば、三回の背中を押される感覚と『ドンッ! ドンッ! ドンッ!』という音……


「まさか……」


 アイシンは目の前の硝煙を腕で払った。


「やっぱり!」


 硝煙が無くなって見えたのは、少し遠くにいるホムラギツネの姿だけ。アイシンに向かって飛んできていた火の玉が無い。

 そして、アイシンを見ているホムラギツネは体を強張らせた感じで固まっている。アイシンに迫っていた筈の九本の尾も空中で停止中だ。

 ホムラギツネの顔は怒り以外の表情を読み取るのが困難な顔をしているのだが、その顔ですら"驚いている"様にアイシンは感じた。


「そうか……」


 その姿を見たアイシンは、確証は無いが、自信のある答えを出す。


「……このピンク色の光は、火の玉ぐらいだったら全然防げるくらいの鎧なんだ! ヨシッ!!」


 答えを出すと、アイシンはホムラギツネに向かって走り出す。

 現在のホムラギツネは火の玉を三発も防がれてしまって驚き固まっている。尾も停止中、その隙にアイシンはホムラギツネに反撃を開始するつもりなんだ。


「ギィェ!!」


 しかし、アイシンが走り出すと驚いていたホムラギツネも流石に動き出す。九本の尾が上空から左右からアイシンに向かっていく……が、


「フンッ!!」


 アイシンは走り幅跳びの要領で跳んだ。勿論、上空から迫る尾に捕まえられない様に"高くなり過ぎない高さ"を意識してだ。


 ガツンッ!!


 滑り込みセーフ……


 跳んだお陰で加速がついてアイシンは九本の尾から逃れられた。逆に、九本の尾は互いにぶつかり合って『ガツンッ!!』と音を立てた。

 それからすぐに、


 ザザッ!!


 ……アイシンは地面に着地。


「フンッ!!」


 着地した瞬間にアイシンは再び腕時計を叩く。一回、二回、三回、再び三回分の光を纏い、ホムラギツネの正面に向かって再び走る。


「ギィェーーーーーー!!!!」


 ホムラギツネは口を大きく開けた。火の玉を出すつもりなんだ。


「エイッ!!」


 だが、吐き出す前にアイシンの右ストレートがホムラギツネの顔面を打った。


「先輩!! 先輩と戦うのは嫌だけど、せっちゃん達が来るまで私は負けられないから許して!!」


 アイシンは右、左、右、左、ジャブ、ストレート、ジャブ、ストレート、ジャブ、フック、アッパー……と連打に続く連打をホムラギツネに続け様に叩き込んだ。

 攻撃は最大の防御だ。ホムラギツネを真田萌音へと戻す為にも、アイシンは負けられないのだ。


「せっちゃん達が来れば、きっと先輩は人間に戻れる!! だから、それまで先輩も耐えて!!」


 セイギ達がいつ輝ヶ丘に戻ってこれるのかアイシンは分からない。でも、アイシンは信じた。


「きっと、せっちゃん達はすぐに来てくれるから!!」


 ……と。

 だが、ホムラギツネも殴られ続ける事を良しとはしない。


「ギィェ!! ギィッ!! ギィ!!」


 アイシンが繰り出すパンチをガードし、ホムラギツネもアイシンに向かって鋭い爪を立て攻撃を仕掛けてくる。


「先輩!! その攻撃、今の私には効かないよ!!」


 けれど、アイシンは光の鎧を纏っている。ホムラギツネの打撃では一切のダメージを負わなかった。

 だから考えられる余裕が出来る。発動させてしまった赤と青の石の能力をどう止めれば良いのか……という事を。


 ― どうすれば輝ヶ丘が燃えるのを止められるの? 青い石を破壊するのはどうかな? いや、先輩はあの石をライターに例えてた。それなら、アレは火薬に火をつける為だけの役目だから火薬に火がついた後じゃアレを破壊しても意味がないんじゃ……試してみても良いけど、今アレは山下にあるからここからじゃ遠い。戦いながら先輩も連れて山下に行く? いや、そんなの無理……じゃあ、赤い石を全て回収……ってこれが無理なのは始めから分かってる! じゃあ、火といえば水……ってこれも、町中にばら蒔かれた全ての石に水をかけるの? そんなの洪水を起こさない限り無理だよ!!


 考える余裕が出来ても、答えは出ない。


 ― 何処か避難出来る場所はないの? 閉じ込められているにしても、何か良い場所は……あっ! シェルター!! シェルターなら………いや、よく考えて。先輩は私と同じで生まれも育ちも輝ヶ丘、って事はシェルターがあるのなんて知ってて当然。シェルターの中にも赤い石をばら蒔いているかも……あぁ、ダメだ。『ああ言えばこう言う』ばっかで結局答えが出ない…………もう!どうしたら良いの!!


 戦闘経験が少ないアイシンの主な武器は拳で、パンチ主体の戦闘スタイルなのだが、考えているうちに自然と体が動いたのか、ホムラギツネが振り下ろしてきた左手を払い除けたアイシンは、『もう!どうしたら良いの!!』と心の中で叫びながら、初めての回し蹴りをホムラギツネの胴体にお見舞いした。


 この蹴りはアイシンの焦る気持ちが乗っかった蹴りであり、気持ちが乗っかっている分、強烈なものだった。


「ギィヤァ!!!」


 攻撃をくらったホムラギツネは後方へとふっ飛ぶ。


 ………こうして、暫くは接近戦が続いていた二人の戦闘も、思わぬ形で距離が生まれてしまった。

 今までのホムラギツネであれば、距離が生まれるとすぐに火の玉を吐いてきた。しかし、光の鎧を纏ったアイシンには火の玉はきかない。ならば、ホムラギツネの遠距離攻撃を実質的にアイシンは奪えてしまえたのだろうか。


 いや……違う。


「ギィッ!!!」


 まだあったらしい。


 ホムラギツネはアイシンを睨みながら両手を地面に着けて四つ足になると、九本の尾をウヨウヨと動かし始めた。

 現在のホムラギツネの尾は通常の長さなのだが、ウヨウヨと動く尾は捻り合わさり一纏めとなる。それからその尾を柱の様に空に向かって真っ直ぐに長く長く伸ばし、


「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」


 ホムラギツネは再びの雄叫びをあげ、尾に纏う炎を強く強く燃え上がらせたのだ。

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