第7話 バイバイね…… 17 ―ホムラギツネ究極体―

 17


 野獣の様な咆哮をあげて、萌音は姿を変えた。


 その姿はこれまでのホムラギツネとは違っていた。

 二本足で立つ姿は"最初"の姿に近いが、仮面は無く、仮面の下の人間らしい口も無い、目は吊り上がり、口は裂けて耳の近くにまで広がり、鼻は高く狐そのもの。腕もそうだ。四つ足で暴れ、野獣と化していた時の様に人間らしい部分は一つも無い。


 そして、何よりもこれまでのホムラギツネと違っていたのは、その色だ……現在の彼女は"黒い"。彼女の全身は『心が黒く染まる』という彼女の言葉を象徴する様に、真っ黒な炎を纏っていた。



「先輩……」



 鞭を振るう様に振り下ろされた芸術家の右腕を止められなかったアイシンは、すぐに後ろを振り返り再びバケモノと化してしまった萌音を見た……


「先輩……嫌だよ……」


 その瞳からは涙が流れる。


 でも、この涙はすぐに止まる事になる。激しい衝撃がアイシンに襲い掛かるからだ。

 その衝撃はアイシンの心を襲うのではない。物理的に、アイシンの肉体に襲い掛かる。



「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」



 再び吠えたホムラギツネは体に纏った炎を激しく燃え上がらせた……いや、炎の勢いは凄まじい、『燃え上がった』とするよりも『爆発した』とする方が正しいだろう。


「キャーーーッ!!!」


 爆風に吹かれたアイシンは吹き飛ばされ、教室の窓ガラスを割って校舎の外に飛び出た。アイシンが居た教室は三階、三階もの高さから受け身も取れずに校庭に落ちたアイシンの体には強い衝撃が走る。


「うぅ……」


 でも、これで良かったのだ。


 ホムラギツネの炎は、一瞬で輝ヶ丘高校の全てを破壊したのだから。20年もの間子供達を見守り、そして送り出してきた校舎を、たった一瞬で瓦礫と変えてしまったのだから。

 もしアイシンが校舎の中に居たままでいたら、彼女は瓦礫の山に埋まり、生き絶えていたかもしれない……


「せ……先輩……」


 アイシンは体の痛みに悶えながらも、『先輩はどうなったの?』と瓦礫になった校舎の方を見た。

 校舎は瓦礫の山、原型はない。山の所々からは黒い炎が見える。しかし、ホムラギツネの姿はない。


「まさか……」


 アイシンは焦った。


「先輩、死んでなんて!!」


 自分が起こした爆発で、または爆発が起こした校舎の崩落に巻き込まれて、ホムラギツネは死んでしまったのではないかと……


「そんな……嘘だ!! 嫌だよ!!」


 アイシンは嘆いた。『これが、自分が伝えてしまった愛の代償なのだとすれば、あまりにも残酷だ……』と。


 だが、再びの涙を流す暇すら、アイシンには与えられない。



「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」



 ホムラギツネが吠え声と共に、瓦礫の山の頂上から己に覆い被さっていた瓦礫を弾き飛ばし現れたからだ。


「先輩!!」


 アイシンは咄嗟に『生きていた!』と安堵した。でも、『これは感動の再会とはならない』とすぐに理解する。吠えるホムラギツネは、萌音が萌音ではない事の証しだからだ。


「ギィ……ギィ……!!」


 吊り上がった目を血走らせ、ホムラギツネはアイシンを睨んだ。その体は上下し、息荒く興奮しているのが分かる。

 そして、


「ギィェーーーーーー!!!!」


 ホムラギツネはアイシンに向かって走り出した。


「先輩……やっぱり、やらなきゃいけないの? 私達、戦い合わないとダメなの?」


 対するアイシンは戦う決心が再び揺らいでしまっている。仕方がないだろう。人間へと戻った萌音と心を通わせた後なのだから。


「先輩……先輩!! クソッ!!」


 しかし、アイシンは自分の頬を殴るかの様に地面を殴ると、勢い良く立ち上がり、ホムラギツネに向かって走り出した。

 アイシンは英雄だ。決心が揺らいでも、避けては通れぬ道がある事を分かっているのだ。


 ―――――


 でも……アイシンがまだ分かっていない事があった。


 それは、輝ヶ丘にばら蒔かれていた赤い石が既に炎を生み出す寸前にあるという事………と、


 愛を得て更に増してしまったホムラギツネの力は、バケモノの肉体を持ってしても耐えられない程の力だったという事………

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