第7話 バイバイね…… 16 ―絶望―

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「そう♪ そう♪ タイムリミットが迫ってますよ♪ では、輝ヶ丘をどう救うおつもりですかぁ♪ 赤と青の石の能力は発動済み、一度発動してしまったら《王に選ばれし民》である私でも止められない物なのですよぉ♪ ホホホ……でも、貴女には解決方法を探す時間は与えられません♪」


 芸術家は筆を持った右手を自分の頭の上に振り上げた。


「さっき言ったでしょ? 貴女達二人に最期に特別な時間をプレゼントする為に、私は真田さんからホムラギツネの力を奪ったと♪ では、私が奪わなければ英雄さん♪ 貴女はどうなっていたと思います? う~ん♪ この問題は簡単ですぅ♪ 死んでしまっていましたぁ~~♪ そして、そして、真田さん♪ 貴女にも問題ぃ♪」


「問題……」


「そう♪ 貴女が今、人間らしくいられている理由は何故でしょう? 答えは簡単♪ 私が貴女からホムラギツネの力を奪ったから♪ 貴女は決してホムラギツネの呪縛から逃れられてはいません♪ 私がこの筆を一振りすれば、貴女はまたホムラギツネとして邪悪に邪悪に破壊を始めるのですぅ♪」


 この発言に萌音は素早く言い返す。


「そんな事ない!! 私は桃ちゃんから愛を貰った!! 心の中に黒いものなんてもう無いし!! 邪悪になんて……」


「もう……馬鹿な人ですねぇ♪」


 だが、芸術家は最後まで萌音の言葉を聞かなかった。


「私と出会った時と同じですよぉ♪ 私が筆を振りさえすれば、ホムラギツネの力は貴女に戻り♪ 貴女はまた心を真っ黒に染めるのですぅ♪」


「でも……でも、その時は元から私の心の中にあった染み程の黒い感情を、アンタが拡げさせただけでしょ? 私、自分自身の事だから分かるよ!! 私が言っているのは、その染み程にあった黒い感情も、桃ちゃんがくれた愛のお陰で消え去ったって言ってるの!! だから、もう私はバケモノになんて……」


「成らないと?♪」


「そう……成らない!!」


 萌音は断言した。決意を感じさせる意志の強い眼差しを芸術家に向けながら。


「成らないよ……先輩はもうバケモノになんて成らない!!」


 それは、アイシンもだ。アイシンも断言した。

 アイシンは萌音を信じているのだ。そして、昔から萌音を深く知っているアイシンだからこそ、『先輩はもうバケモノになんて成らない』と断言出来る。


「ホホホォ♪ 乙女の友情、そして愛情♪ 私も人間であれば貴女達の姿に感動し、涙を流した事でしょう♪ ですが、私は《王に選ばれし民》……そうはならない♪ 貴女達に最後の問題です♪ 私はさっき、赤と青の石の発想を真似たと言いました♪ それは何処にでしょう?」


 芸術家は『問題です』と言ったが、アイシンと萌音に考えさせる時間を与えなかった。


「答えは簡単♪ ホムラギツネの能力にですぅ♪ 真似たのは、赤い石の方ではございませんよ♪ 愛を利用する青い石の方です♪ 青い石は愛を得ればその能力を発動させる♪ そうですよね? では、ホムラギツネは?そう♪ 同じですぅ♪ ホムラギツネもまた、愛を得れば得る程、力を得るのですぅ♪ 英雄さん、貴女が青い石に愛を注いでしまった時、ホムラギツネはどうなりましたか? 野獣の様な暴走を始めましたよね? そうなんです……あの瞬間、ホムラギツネは貴女の愛を得て、抑え切れぬ力を得たのですよ♪ 更に更に♪ 英雄さん♪ 貴女はこの場所で、野獣と化してしまったホムラギツネの意識を取り戻させる程の愛を真田さんに注いだ♪ その愛がどんな悲劇を生むか分かりますか? もう終わりなんですよぉ♪ ホムラギツネの力は、もう……真田さんがどんなに良い人間だとしても、逆らえない程に強くなってしまっているのですぅ♪ さよなら真田さん♪ ホムラギツネの力が貴女に戻った時、人間としての貴女は死ぬぅ♪」


「………」


 萌音の眉がピクリと動いた。いや、眉だけじゃない。顔全体が恐怖に歪んだ。


「………」


 アイシンもだ。彼女の顔も歪む。歪んで、仮面の奥の顔は冷や汗に濡れた。


「愛を得れば得る程、バケモノとしての力を増し、殺戮を繰り返す……それがホムラギツネなんですからぁ♪」


「嘘……だよ……」


 萌音は呟く……


「嘘ではないです♪ 狐を化かす程、私は冒険者ではない♪ 私は芸術家♪ 全ては芸術の為の実験でしたぁ♪ 楽しい♪ 楽しい♪ 実験♪ 私も様々なバケモノを作ってきましたがぁ♪ 愛を利用して強くなるバケモノなんて作った事はありませんでしたぁ~~♪ だってバケモノは悪意や、深い心の闇から生まれるのですからぁ♪ でもでも♪ 青い石の様に愛を得れば得る程に強くなれるバケモノが誕生出来たら、それは《王に選ばれし民》にとっての革命になるぅ~~~♪ 私はそう考えたのですぅ♪ そして、私は愛を力に変えるバケモノを生み出す為に、心の中に闇を抱えながらも、悪人に成っていない……且つ、愛を欲している人間を探しましたぁ~~~♪ 真田さん♪ 貴女に出会うまで、私は色々な人間にバケモノの力を与えてみましたよ……ですが、悪人に成っていない人間の闇など浅いもの♪ バケモノを生み出すには、浅い闇では足りない♪ バケモノにならない人間ばかりでした♪ でも、貴女は違った♪ バケモノの力を与えた途端、心を黒く染めてくれたぁ~~♪ 私だって驚きです♪ 何故、私と出会うまでに悪人に陥らなかったのかが不思議なくらいに♪ きっと……貴女は自分自身を律し、制御出来る素晴らしい人間なのでしょうね♪ ですから悪人にはなっていなかった……だが、私が背中をポンッと押すと抑えていた分あっという間に……」


「やめて!! もう先輩を傷付ける言葉を吐かないで!!」


 アイシンが吠えた。


 でも、芸術家は笑う。


「傷付けているつもりはございませんよ♪ 私は真田さんを称賛しているですからぁ♪ だってそうでしょう? バケモノになった後も、真田さんは素晴らしかったぁ♪ 真田さんの人生を考えてみて下さい♪ 普通の人間ならば、バケモノになって何をしますか? お父さんの復讐、または自分にトラウマを植え付けた男への復讐……そんな感じでしょう? それが真田さんは、愛する人達と一緒に死にたいと考えた♪ こんなバケモノ他にいませんよ♪」


「やめてって言ってんじゃん!! やめてって言ってんだよ!!」


 アイシンは再び芸術家に向かって拳を振り上げ走り出した。


「ホホホホホォ♪ やめては貴女に向けたい言葉ぁ♪」


 だが、また……アイシンの攻撃を芸術家は簡単に避けてしまう。

 しかし、今回は芸術家はアイシンへ攻撃はしない。筆を持った右手を頭の上に上げたまま、アイシンの攻撃を避けるだけ。


「しかぁ~~し♪ 英雄さん♪ 私は貴女も素晴らしいと思っていますよ♪ 何故なら、野獣と化したホムラギツネの意識を取り戻させる程の愛を貴女は持っているのですからぁ♪ だから私は貴女達二人に死後の想い出になる時間をプレゼントしてあげたのですぅ♪」


「煩い!! 煩い!! 煩い!!」


 アイシンは何度も何度も芸術家に攻撃した。当たりはしない。でも、アイシンは諦めない。


「ホホホォ♪ さぁさぁ……これから最後の実験結果を見てみましょう♪ 野獣と化したホムラギツネの意識を取り戻させる程の英雄さんの愛は、真田さんをどんなバケモノに変えるのでしょうかぁ~~~~♪」


「やめて!!」


 アイシンは振り下ろされる右手の動きを止めようと手を伸ばした。


「やめて……」


 萌音は奇跡を信じて目を瞑った。



 でも、どちらも叶えられない。



「ホホホォ~~~♪」


 芸術家は笑いながら筆を振った。







「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」

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