第7話 バイバイね…… 14 ―愛と萌音は芸術家を睨んだ―

 14


「芸術家ッ!! いつの間にッッ!!」


 アイシンは拳を握って立ち上がった。


 芸術家は教室の隅に居た。教室の入口の扉に背中を預け、ニヤリとした笑みを浮かべながら。


「う~ん♪ いつの間に? あらあら♪ とっくの昔から居ましたよぉ♪ お嬢さん達が気付かなかっただけぇ~~♪」


「なんだとッ!! どの面下げて来たんだよ! アンタが先輩をバケモノに変えたって全部聞いたんだから! 許さないッ!!」


 アイシンはファイティングポーズで走り出す。


「おっとと♪ 暴力はやめてくださいぃ~♪ 私は貴女と戦いに来たのではないぃ~~♪♪」


「煩い!!」


 アイシンは芸術家に近付くと左、右、とパンチを繰り出した。


「う~ん♪♪」


 だが、芸術家はその攻撃を上半身だけを動かして、メトロノームの様に右、左と簡単に避けてしまう。

 そして、アイシンの二発目のパンチを避けると同時に、芸術家は軽い動作で左手を前に突き出した。


 ドンッ!!


「キャッ!!」


 軽い動作の筈なのに、アイシンの体には強い衝撃が走った。ワイヤーアクションが如くアイシンは宙に浮き、


 ドンッ!!



 ドンッ!!



「うぅッ!!!」


 ……二回目の『ドンッ!!』で教室の天井にぶつかり、三回目の『ドンッ!!』で教室の床に落ちてしまう。


「桃ちゃん!!」


 その光景を見ている事しか出来なかった萌音は急いでアイシンに駆け寄った。


「大丈夫、桃ちゃん!!」


「先輩……う、うん……このくらいなら、先輩の方が強かったよ!」


 アイシンはそう言ってすぐに立ち上がろうとするが、本当は芸術家の攻撃の方が萌音のものよりも強かった。胸には強い痛みが残り、颯爽とは立ち上がれない。


「桃ちゃん……」


 萌音はそんなアイシンを助けようと、アイシンの体に腕を回した。


「ホホホホホォ~~♪ 良いですねぇ♪ 美しい友情ですねぇ~~♪ 友情……それもまた芸術ぅ♪」


 芸術家はアイシンと萌音の友情を称賛する歌を歌う。

 しかし、


「しかぁ~~し、貴女方は英雄とバケモノぉ♪♪ 仲良くしていてはいけないぃ~~~♪♪」


 これは嘲笑い。芸術家はアイシンと萌音を馬鹿にしているのだ。


「煩い!!」


 これに言い返すのはアイシンじゃない。萌音だ。


「黙れ芸術家ッ!! 人を馬鹿にしやがって!!」


「ホホォ♪ 真田さん♪ こんばんはぁ♪ どうですかぁ? 久し振りに人間に戻れたご気分はぁ♪」


「煩い!! 悪いけど最高だよ!! お前がくれた反吐が出る力で真っ黒に染まっていた私の心も、桃ちゃんのお陰で大分白くなれた気がするよ!! これ以上桃ちゃんに手を出したら私が承知しないから!!」


 マイナスにマイナスを掛ければプラスになる。今の萌音もそれと同じだ。芸術家が現れた事で、精神的にも肉体的にも弱っていた萌音の血が熱く沸き立ち始めていた。


「OH♪ 威勢が良いですねぇ♪ 承知しないとは、どういう意味ですかぁ♪」


「お前がくれたこの力を……お前を倒す力にしてやるって意味だよ!!」


 萌音は芸術家を睨みながら全身に力を込めた。

 アイシンによって本来の自分を取り戻した萌音は、バケモノの力を、『心が真っ黒に染まる』と忌み嫌っていたその力を……使おうとしている。

 それは芸術家を倒す為に、悪を倒す為に、アイシンの力となる為に、萌音はホムラギツネに変化へんげしようとしているのだ。



 だがしかし、



「ムホホホホホホォ~~♪ ホムラギツネに変化するおつもりですかぁ♪ でも、無駄です♪ 無駄です♪ 今の貴女はホムラギツネには成れないぃ♪」


「なっ……」


「ホホホホホォ~♪ だって私は貴女をバケモノに変えた張本人♪ 貴女の力の制御などお手の物ぉ♪ 今はホムラギツネの力は私の筆の中にあるぅ♪ 私が筆を一振りしない限りは、貴女はホムラギツネの力を使いたくても使えないぃ~~~♪」


「なにッ!!」


 芸術家は萌音に見せ付ける様に、右手に持った筆の毛先を左手の人差し指でサラサラと撫でた。


「ホホホホホォ~~♪」


「このぉ……都合の良い奴めっ!! 勝手に私をバケモノにして、今度は勝手に力を奪うなんて!!」


 萌音は怒りに満ちた表情を浮かべて芸術家に向かって叫んだ。


「いやいやぁ♪ これは私の優しさと受け取ってほしいぃ♪♪ だって私は貴女たち二人に和解のチャンスを与える為にホムラギツネの力を奪ったのですからぁ~~♪♪」


「何の為にだ!! お前が先輩をバケモノに変えたくせに!!」


 今度言い返したのは萌音じゃない、アイシンだ。


「ですからぁ♪ 貴女達はこれから最期の時を迎えるのですよぉ♪ その前にぃ♪ 真田さんに愛を与えてくれた英雄さんとぉ♪ 私に素晴らしい芸術を見せてくれた真田さんにぃ♪ 死後の想い出となる特別な時間をプレゼントしたかったのですぅ~~♪♪」


「なにっ!! 死後の想い出だって!!」


「はいはい♪ そうですぅ~~♪」


「ふっ……それはどっちに来るかな!」


 アイシンは屈しない。まだまだ言い返せる言葉はいっぱいあるから。


「今、輝ヶ丘に響いている『ドーンッ!!』って音が何かお前は分かってんの? 先輩が屋上を壊そうとしてる時に私は気付いた! この音は、私の仲間が必死になって輝ヶ丘に戻ろうとしている音だってね!!」


「ホホホホホォ~~♪ そうなんですかぁ♪」


 だが、芸術家も屈せず言い返す。


「私はそんな雑音なんて興味ありませんからぁ~~♪ 私が興味があるのは芸術だけぇ♪」


「芸術、芸術煩いな!! "三本の矢"って言葉を知らないの? お前が笑っていられるのも今の内だよ!! 今に私の仲間がここに来る!! そしたら私たちは、お前をギタギタのギチギチにブッ倒すから!!」


「そうですかぁ♪ でもでもぉ♪ 忘れてらっしゃるのではありませんかぁ♪ 既に赤と青の石の力は発動されてしまっているのですよぉ♪ 私に構っている時間はない筈ですぅ♪ そんな事をしている間に輝ヶ丘は燃えてしまいますよぉ~~~♪♪」


「ふんっ! 煩い!! お前の詭弁に騙されるか!! お前は先輩のバケモノの力をその筆の中に奪ったって言っただろ! バケモノの力がお前の筆の中にあるなら、ホムラギツネの能力だった石の力もその筆の中にあるんじゃないの!! ……って事は、町は燃やせない!! どっちが良い? 嘘を吐き続けて私の仲間が来るのを待ってギタギタにされるのか! それとも先輩にホムラギツネの力を返して私と先輩にギチギチにされるのか!!」


 このアイシンの口撃に萌音も加わる。


「芸術家!! 私に力を返した方が懸命だと思うよ! 英雄は強いからね!! ギタギタどころかアンタはグチャグチャにされちゃうかも!! でも、私に力を返したら、悪いけど輝ヶ丘を燃やすのはやめるからね!!」


「ほぅ♪ 貴女はバケモノの力を返されても、もう悪には戻らないと言うのですかぁ♪」


「うん! 私は私を信じる!! 恐ろしい力だって、恐れているから悪い物になるだけ! 誰かを守れる力だって思えば、きっとそうなる!! それに、アンタのお陰で嫌になる程知ったよ!! 私は輝ヶ丘を愛してるって!! もう……友達も、家族も、誰も、傷付けない!! 私自身が守ってみせる!!」


「OH~~♪♪ 奇跡♪ 奇跡が起きました♪ 貴女はさっきまで忌み嫌っていた力を自分の力にすると決意したのですねぇ~~♪♪ 真田さん♪ 貴女は勝利の女神になろうとしているぅ~~♪」


 再びの称賛の歌。しかし、これが嘲笑いの歌だとアイシンも萌音も分かっている。だから、アイシンは叫ぶ。


「先輩を馬鹿にするな!! 絶対に許さない!!」 


「ホホホホホォ~~♪ 馬鹿にしてなどいませんよぉ♪ 私は人間の奇跡に感動しているだけぇ♪ 人間は強い生き物だ♪ 生きながらにして生まれ変われるぅ♪ しかぁ~~し♪ 真田さん♪ 輝ヶ丘を燃やすのをやめると仰りましたがぁ~~♪ その方法を貴女は知っているのですかぁ~~♪」


「さぁ、分からないよ!」


 萌音は首を振る。でも、その瞳には絶望も暗い泥の闇もない。希望の光がキラリと光っている。


「分からないけど、自分の力なんだ! 止める事は出来る筈でしょ!!」


「ホホォ♪ でもでもぉ♪ 今までの貴女はそれが出来なくて苦しんでいたのではぁ♪」


「そうだけど! 今の私は桃ちゃんから"愛"を貰った!! 今の私なら自分の心の悪には屈しないって自信がある!! ホムラギツネの力を私の意志で制御出来る自信がある!!」


「ホホホォ~~~♪ そうですか♪ そうですか♪ 愛を貰ったのですかぁ♪ まるで、青い石みたいだ……でもでも♪ 真田さん♪ 貴女何か勘違いをしているのではありませんかぁ♪」


「勘違い!!」


「そう……私一度でも言いましたかぁ♪ 赤と青の石はホムラギツネの能力ちからだって♪♪」


「え……?」

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