第7話 バイバイね…… 12 ―心に闇が増えていく―

 12


「諦めた方が幸せだったかもね……」


 萌音はまた大きなため息を吐いた。


「警察も動いてくれてはいたし、私は静かにしていれば良かったんだ………だって、毎日毎日が大変だったんだから。学校に、バイトに、記者としての仕事、それから詐欺師の調査………なにこれ? ドラマの主人公ですか? って感じ………まぁ、本当になりきってた自分がいたね。『いつか私は栄光を掴める』……って感じで。人生そんなに甘くないのに。万能感って言うのかな?そんなので自分を騙して、睡眠時間は一日あって二時間。それでも、悲劇のヒロインか又は成り上がる女になりきって、当時はそれなりに楽しくも生きてた………でも、そんな生活、いつかはダメになるよね……」


 萌音は自分自身に向けてだろう。広角を少し上げて、苦笑いを浮かべた。


「ある日突然、何事にも集中出来なくなっちゃってさ……バイトはミスばかりでクビになるし……受験が迫ってるのに勉強は頭に入らないし………段々イライラしてきて、弟たちに八つ当たりしちゃったりもしてた……」


「………」


 アイシンは敢えて何も言わなかったが、『弟たちに八つ当たり』とは、瑠樹が言っていた萌音の嘘の事だろうと察した。


「詐欺師の調査をしていても、やっぱり一介の高校生じゃすぐに行き詰まったし、記者の仕事もダメ記事しか書けなくなった……何かもう、全部が上手く行かない感じ………全部が嫌になる感じ……そんな時に新しいバイト先を見付けたんだけど、そこも問題があってね………確か、桃ちゃんには話してなかったよね? 彩華がストーカーに狙われてたって話?」


「え……?」


 いや、アイシンは知っている。お婆ちゃんからその話は聞かされていたから。


「あ……いや、知ってます。私、お婆ちゃんからその話聞いてますから」


「え? そうなの?」


 でも、萌音にとってはお婆ちゃんがアイシンにストーカー事件の話をした事が初耳だ。萌音はちょっと驚いた顔をする。


「はい、つい昨日だったと思いますけど、聞きました」


「あ、そっか。そうなんだ。知ってるのか。じゃあその部分も省いても良いよね?」


「はい、大丈夫です……」


「分かった……じゃあ、続けるね。でね、その話が私の話にどう繋がるかって言うとね………そのストーカー男、私の新しいバイト先に居たんだよね………」


「え?! わざとですか?」


「いや、それは偶然。向こうもバイトしてただけだよ。でも、かなり驚いたっていうか……何ていうか………しかも、こっちも向こうもシフトをかなり入れてたから、ほぼ毎日顔を合わせる事になっちゃって……幸い私と男の時間帯は違うから、いつも挨拶程度しかしなかったんだけど………私、自分でも気付かなかったけど、ソイツの事結構トラウマに思ってたみたいで、顔合わせるだけでも心がゾクッとしちゃってさ………」


「確か、ナイフを向けられたんですもんね。それは、そうですよ……」


「うん……でも、本当に一瞬ゾクッとするくらいだし、生活費の方が大事だからバイトは変えずにやり続けてた。でも、一瞬のゾクッとでも、毎日積み重ねてたら、それなりに重たくなる物なんだね。バイトに行く足取りが段々重たくなってきちゃって………嫌になってきて………それでも生きていかないといけないから、行かないとっと思って………この頃、『楽しいってなんだっけ?』って毎日毎日考えてた。『生きる事って辛いな』………って、今でも……思ってるかな………あっ、そう言えば、さっき桃ちゃんが言った事、当たってるよ……私、輝ヶ丘が大好き。友達も、お婆ちゃんも、桃ちゃんも、みんなが私にとっての大切………だけど、いや、"だから"かな、私、思っちゃったんだ」


「思った?」


「うん……さっき言ったでしょ? 空が割れて、《王に選ばれし民》が現れたあの日に、『このまま、輝ヶ丘ごと、みんなと一緒に死ねないかな?』……ってさ」


「あ……」


「でもね、思ったって言っても一瞬だよ。馬鹿な考えだって分かってるし、本心じゃないし、今も本気だったとは思ってない。『そうなれば全部楽になるのにな……』って一瞬軽い気持ちで思ってしまっただけ………自分勝手にさ。自分勝手に疲れて、自分勝手にそんな事思って、『私は最低だな……』ってすぐに反省した。でも、一度でもそんな考えを持ってしまったら、完全に消える事はないんだってその後に嫌になる程私は知ったんだ………」


 萌音は汗をかいているのか、手のひらを制服のスカートに擦り付ける様にして拭きながら、ゴクリと音を鳴らして唾を飲み込んだ。


「………その後だよ……《王に選ばれし民》が現れてから数日後、私の目の前に変な男が現れたんだ。桃ちゃんも知ってる男だと思う。《芸術家》……って名乗る男」


「芸術家!!」


 今まで萌音の話を集中して聞いていたアイシンは、まばたきすらも忘れてしまいそうになるくらいに、じっと動かずにいたのだが、その体がピクリと動く。


「そう……《王に選ばれし民》の一人だよ。ソイツはバイト帰りの私の前に突然現れて、こう言ったんだ。『今から私があなたに力を与える』って、『その力はあなたの願いを叶えてくれる』………って。私、怖かった。でも、拒否する時間も無かった。逃げようとかする前に、私の体に"桜の花びら"が入っていったの……」


「何ですか、その"桜の花びら"って?」


 アイシンは聞くが、萌音は首を振る。


「分からない……でも、"桜の花びら"が私の体に入り込んだ瞬間に、私は気付いた。私の心が真っ黒に染まったって………」


「………」


 アイシンは何か言葉を返したかった。だけど、何も出てこない。ただ、仮面の奥の顔に冷や汗を流すだけ。


「感覚の話だから伝わるか分からないけど、私はそう感じた。別に……私は元々良い人間でもないから、元々の心が純白だって事でもない。桃ちゃんが、暗くて重たいもやみたいな物が私の心の中にあるんじゃないかって聞いたけど………お父さんが死んでから、本当にそんな感じだった。それも、日に日に靄が拡がっていっているのも分かってた。でも、"桜の花びら"が入る迄は、ほんのちょっとした染み………そんな感じだった………でも、入った瞬間に、全部、黒くなったんだ」


「全部が……黒く……」


「それからはあっという間だった。私は輝ヶ丘を燃やす事しか考えられなくなった。どうすれば私の作戦が上手くいくのかとか………誰を利用するべきか……とか、悪い事しか考えられなくなって、自分で考えた作戦が上手くいっていると、快感すら覚えてた………『私は天才だ』って感じでいたし……最悪だよ……私は最低の人間だよ……」


「いや……そんな……」


 アイシンは『そんな事ないです』……と、萌音に言おうとした。


 しかし、その言葉を言う前に、別の誰かの声がしたのだ……



「うぅ~~ん♪ ダメダメぇ♪ 全てが自分の考えた作戦だと嘘をつくのはダメですよぉ♪♪ ストーカー男を利用するアイデアを出したのは私ですからぁ~~~~♪♪」




「「え………!!」」



 萌音の話を聞きながら、アイシンに自分の話を語りながら、アイシンと萌音は二人だけの世界に入り込んでいた。

 だから、全く気が付かなかった。いつの間にか、同じ部屋の中に"もう一人"が居た事を。


「あららぁ~~♪♪ やっとお気付きですかぁ?お嬢さん達ぃ~~~♪♪」


 それは、萌音をバケモノに変えた張本人……《芸術家》だ。

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