第7話 バイバイね…… 11 ―父の死の理由―

 11


「はぁ………あのね、えっと……お父さんの店……桃ちゃんも知ってるよね? あそこ……結構前から経営が厳しかったんだ」


 萌音の父は風見で《洋食レストラン ボーノ》という名前の店を経営していた。店を始めたのは萌音の祖父で、萌音の父は二代目店主という事になる。


「そうだったんですか……」


 アイシンも勿論この事は知っている。


「うん……それでね、厳しい状況だったって事は私もお母さんも知ってはいたの……でも、次の話は誰も知らなかった………難しい話になるから、簡単に話すね。未公開株って分かるよね?」


「はい……何となくは」


「うん……何となくで良いよ。その"未公開株"なんだけど、それをね、お父さんに『買わないか?』と持ち掛けた人がいたみたいなの」


「え……でもそれって、私あんまり良いイメージ持ってないですけど」


「うん……だよね。高校生の私たちだって、『それって詐欺じゃない?』って一番最初に思うよね。でも、あの人、料理人としては一番だったと思うけど、やっぱり経営者としては駄目だね………話を持ち掛けられてから、ずっと"旨い話"としか思ってなくて、知識不足が過ぎてた。あっ……因みに、私……お父さんが死んだ後に、あの人の日記を見付けて、そこに色々と書いてあったんだ………だから分かるんだけど、話を持ち掛けてきたのは、店に何度か来た客だったらしくて、その人の事も『お客さんだから』ってだけで無条件に信用しちゃってるし、話を持ち掛けられてから数週間後には簡単に借金を作らされてた。それから、お金を騙し取られて………気付いた時にはもう遅い感じ。詐欺師には逃げられて一文無し寸前………」


 萌音は風に吹かれて顔の前に落ちてきた髪をかき上げた。その目には涙が浮かんでいる……


「店を売って借金の返済にあてるけど、すぐに返済は滞って……この頃の家の中は最悪だった。親は毎日喧嘩してるし……まだ今の方がマシなくらい………当然だよね……お父さんが詐欺に引っ掛かったなんて誰も知らないし、店を売る理由も経営難からの先走った行動としか私もお母さんも思っていなかった………経営が厳しいにしても、まだ閉めるには早過ぎる位にはお客さんは来てたし、私たち二人はお父さんを責めた………でも、一番悩んでいたのはあの人で、詐欺に引っ掛かった理由も私たちの為だった………瑠樹や大翔の学費はまだまだかかるし、私の大学の事もある……私は、元々奨学金を借りて通うつもりだったけど、日記を読んだら『子供に借金を抱えさせる親は最低だ』とか書かれてて………自分は借金作ってるくせにさ、矛盾してるし、偏見と独断が過ぎるんだよ………兎に角、子供の為にお金が欲しかったみたい………そして、店を売ってから暫くして………はぁ………」


 萌音は大きなため息を吐いた。


「ごめん……ここからのはちょっと省きたい。キツくなる」


「あっ……大丈夫です。何が起こったのかは………分かるので」


 アイシンは本当は『分かるので』なんて軽い言葉での返答はしたくなかった。でも、咄嗟に出たのはこの言葉。

 実際、この後に起こった出来事は萌音に言葉にしてもらわなくても分かる。萌音たちにとって、起きてはならない、起きてはほしくない出来事が起こったのだ。


「ごめん……じゃあ、次に行かせてもらうね………それから、私たちの生活は一変した。家は無くなるし、何よりも家族が死んだ。それでも……この頃の私はまだ希望を持っていたかも……」


「希望……ですか?」


「うん……」


 萌音は再び髪をかき上げながら、コクリと頷いた。


「記者の仕事が決まって、私は決意した事があったの。それはね、お父さんを騙した奴を必ず私の記事で晒し上げてやる……って決意。でも………これが大変だった。まず、私は先輩の蛭間さんに『父の遺品の日記を使って記事を書いてはダメですか?』と相談したんだけど、これは即答で『ダメだと思う』と返されてしまった……」


「何でですか?」


「犯人が逮捕もされてない事件だし、日記の内容も詐欺の手口を事細かく書いている訳ではないから、記事にするには弱過ぎる……って。人の父親の死が関わってる事で、『弱過ぎる』って、めちゃくちゃムカついたけど……確かに冷静に考えてみると、私もそんな気がした………投稿する記事がどんな内容かは、結構記者に権限が任されている自由な所だから、蛭間先輩のアドバイスは聞かずに記事を書いても良かったんだけど、日記の中にはお父さんを騙した奴の名前は書いてなかったし、下手な記事を書いたら、犯人が雲隠れする可能性があるな……って思って、その時は書くのはやめた……でも、私は諦めた訳じゃない。今、手元にある情報が弱いなら、調査を重ねて強い物を得れば良いんだって考えた…………でも、今思えば、諦めた方が幸せだったかもね……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る