第7話 バイバイね…… 7 ―ギィェーーーッ!!!―
7
「負ける訳には……いかない!」
アイシンは金網に指をかけて、必死に立ち上がる。
「ギィーーーェーーーー!!!!」
しかし、ホムラギツネはすぐ目の前に迫って来ていた。ホムラギツネは猪突猛進の形。このままでは激しいタックルをくらってしまうのは必至。
アイシンはどうするのか、どうするつもりなのか、何か考えがあるのか………それとも無いのか…………いや、
「ハッ!!」
あった。アイシンには考えがあった。
ホムラギツネとの距離が残り1mを切った時、アイシンは両手を少し上に上げて後ろ手に金網を掴んだのだ。そして、グッと力を入れて自分の体を持ち上げる。
懸垂だ。
逆手の懸垂だ。
自分の体が前にあるから通常の懸垂とは見た目が異なるが、要領は同じ。
山下でホムラギツネの顎を蹴った時もそうだったが、ここでもまた筋トレの為に始めた懸垂の経験が役に立った。
「エイッ!!」
それから、アイシンはホムラギツネの背中に向かって飛んだ。
「ギィェーーーッ!!」
背中に乗られたホムラギツネは驚きなのか拒絶なのか奇声を発するが、アイシンは動じる事なく素早く動く。
アイシンの身長は155cmくらい。対するホムラギツネはバケモノの体を手に入れた事で人間だった頃より体が大きくなっている。身長は2mはあるだろう。勿論、その分背中もデカイ。
その大きな背中の上をアイシンは、あん馬の選手の様にクルリと回った。
そして、ホムラギツネの首に腕を伸ばせる所まで回ると、右腕をホムラギツネの首に回し、ホムラギツネの首の左側から自分の右手が見えると、その右手を左腕を使って自分の体に押さえ付ける様にして固めた。………そう、チョークスリーパーだ。
「ギィッ!! ギィッ!!」
このアイシンの攻撃にホムラギツネが何もしない訳じゃない。伸ばした尾をアイシンの体に巻き付かせ、アイシンを自分の体の上から退かそうとは試みた。だが、アイシンのチョークスリーパーは固く絞められているし、固く絞められているという事はそれだけホムラギツネの呼吸は苦しくなるという事。
呼吸が苦しくなれば、それだけ意識が薄らいでいく。力も入らなくなってくる……ホムラギツネの抵抗は上手くいかない。
「先輩! このまま絞め続けたら、あなたはどうなりますか? 分かりますよね? 抵抗するならまだまだ絞め続けますよ! 良いんですか!!」
アイシンは脅す様に言った。しかし、その本心は『戦いをやめてくれ、早く大人しくなって私と話す気になってくれ』と祈っている。アイシンはホムラギツネの息の根を止めに来た訳じゃないから。
「良いなら絞め続けます! 嫌なら、やめます! でも、私がやめる前にまずは先輩が暴れるのをやめて下さい! そして、町を燃やそうとするのもやめて下さい!!」
「ギィェーーーッ!!」
「だから暴れるなって!! 言っても分からないなら、体で分かってもらいますよ! 悪いけど、それまで私は諦めませんし、やられませんからね!!」
アイシンはチョークスリーパーにかける力を更に強めた。ホムラギツネが前足を使ってドンドンッ! と屋上を叩き出したからだ。
「ギィーーーェーーーー!!!!」
「だからやめろって!! あなたがやろうとしている事が、どれだけ最低な事なのか分からないんですか? 町を燃やせば大勢の人が死ぬんですよ! 人が死ぬ悲しみを、あなたが一番分かっている筈でしょ? 皆にも家族がいる、友達がいる!! 失って良い命なんて無い!! 大勢の人が悲しむんですよ!!」
ドンッ!! ドンッ!!!
「ギィーーーェーーーー!!!!」
「ちょっと!!」
アイシンの言葉はホムラギツネには届かないのか、ホムラギツネは屋上を叩き続ける。その力は強い。叩く度に屋上には亀裂が走る。
「あば……あっ……暴れるな!!」
ホムラギツネは暴れ馬にでもなってしまったのか、上体を起こしては力一杯に前足を屋上に振り下ろす……振り下ろす……振り下ろす……
「………うぅ!!」
あまりにも激しい暴れ方にアイシンの説得または説教も止まる。先はあん馬の選手だったアイシンが、今ではロデオに挑戦させられている。
ホムラギツネを攻撃する為だったチョークスリーパーも、今では振り落とされない為の頼みの綱だ。
ドンッ!! ドンッ!!
「ギィェーーーッ!!」
ドンッ!! ドンッ!!
「ギィェーーーッ!!」
「………ッ!! こ、これって! もしかして!!」
アイシンは振り落とされない為に必死にホムラギツネの首にしがみ付きながら、ホムラギツネが鳴らす『ドンッ!!』という音に既視感を覚えていた。
それは、未だに空から聞こえる『ドーンッ!』という音だ。これをアイシンは『輝ヶ丘の外の世界で鳴っている雷の音だろう』と思っていた。
― もしかして……今も空から聞こえるこの音って雷じゃないの? そして、もしかして、先輩がやろうとしてる事って………あっ!!
アイシンが『もしかして』と勘付いたその時、ビキビキ……そして、バリバリ……大きな音がした。
これは、アイシンの『もしかして』が正解だと教える音だった。
― ヤバイ! ヤバイ! どうし……
『どうしよう?』アイシンは考える暇さえ無かった。『どうしよう?』と考えようとしたその瞬間、またホムラギツネが屋上を叩いたからだ。
叩いたら鳴った。
バリバリッ!! バリバリッ!! ドカーーンッ!!!
……と。鳴っただけならまだ良い。屋上には空いた。大きな穴が。
「ギィェーーーッ!!」
「あっ………!!」
ホムラギツネとアイシンは穴が空くと同時に、その穴の中へと落ちていく。
穴が空く前にアイシンが考えた事、それは『もしかして先輩は屋上を壊そうとしているの?』だった。
アイシンがそう考えた理由は『先輩の動きは私の攻撃が強烈で暴れているにしては、動きが決まり過ぎている。これは何かを意図した動きなんじゃないか?』と思ったからだった。
しかし、しかし、今はアイシンの推理も後の祭り。穴が空いてしまっては意味がない。しかも、その穴に落ちしまってはもっと意味がない。
「………ッ!!」
「………ッ!!」
アイシンもホムラギツネも二人仲良く(?)瓦礫と共に穴へと落ちた。
落ちた先は三階の教室。
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