第7話 バイバイね…… 5 ―ガキアイシン対ホムラギツネ―

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 ホムラギツネの破壊行為は、ヘンゼルとグレーテルが森に落としたパン屑と同じだ。それを辿れば辿り着ける。ガキアイシンをホムラギツネの居る場所へと導く道しるべとなった。


「やっと見付けた……あんなに町を壊して、何考えてんの!! しかも、結局ここに来んのかい!」


 アイシンがホムラギツネを見付けた場所は、奇しくも輝ヶ丘高校。山下に行く前に萌音を探しに来た場所だ。


「もう、何処にも行かせない! 絶対に取っ捕まえてやる!」


 アイシンは高校の屋上の金網の上に立つホムラギツネに向かって叫びながら、軽やかにジャンプ、2m近い高さの校門を跳び越えた。


 現在、ホムラギツネは月を見上げて吠える狼の様に、月の無い空に向かって吠えている。

 輝ヶ丘高校は現在休校中だ。鍵は何処も閉まっている。だが幸い。ホムラギツネが入口のガラス扉をブチ壊してくれているからアイシンが壊す罪を負わずに済んだ。


 アイシンはガラスの破片が撒き散らされた玄関を通り、階段へと向かう。高校の中は彼女の庭みたいな物だ。迷いはしない。屋上へと急ぐ。

 輝ヶ丘高校は四階建て、最上階まで駆け上がると結構疲れる……でも、それは普通の人間ならばの話。《愛の英雄》になれた彼女は息切れもせずに駆け上がれている。

 そして、勿論足も速い。アイシンの足なら最上階まではあっという間だ。


「また壊してる……」


 最上階の階段を上がり切ると、右方向に屋上に繋がる扉がある。しかし、それもまたブチ壊されていた。


「もう……猪突猛進過ぎるでしょ! 山から降りてきた猪のつもり!」


 アイシンはホムラギツネの粗暴さに辟易しながら、枠だけが残された扉を通った。



 だが、しかし……



「あれ? 居ない! 嘘……もしかして逃がしちゃった?!」


 アイシンは一瞬焦る。屋上に出てみると、さっきまで居た場所にホムラギツネが居ないのだ。

 屋上は平坦、隠れる場所は殆ど無い……いや、『殆ど』なのだから、有るには有る。


「ギィーーーーェーーーー!!!!」


 それは、アイシンの背後。さっきアイシンが通った枠だけが残された扉の上、最上階の唯一の室内の上、塔屋と呼ばれる場所の上だ。

 その場所からホムラギツネは鋭い爪を立てながらアイシンに向かって跳び掛かってきた。


「………あッ!!」


 背後から聞こえたホムラギツネの奇声で後ろを振り向けたアイシンだが、気付くのが少し遅かった。

 アイシンが振り向いた時には、既にホムラギツネはすぐ目の前にいた。もう避けられない。


「うわッ!!!」


 アイシンはホムラギツネに押し倒された。


「ギィーーーーッ!!!!」


 ホムラギツネの鋭い爪がアイシンの肩に食い込む。もしこの時、アイシンが変身せずに生身の体だったならば、ホムラギツネの爪は食い込むどころか、アイシンの肩に、右に5つ、左にも5つと、合計で10の穴を開けていただろう。


「ギワァーーッ!!!」


 アイシンに馬乗りになったホムラギツネの口が開く……尖った牙が並ぶ口の奥には揺蕩たゆたう炎が見えた。火の玉だ。ホムラギツネはアイシンに火の玉をくらわせるつもりだ。


「やられるか!!」


 だが、アイシンだって負けてない。アイシンは口を開いたホムラギツネに向かって、


「エイッ!!」



 ガツンッッッッッ!!!!!



 ……頭突きだ。アイシンは硬い硬い仮面を被った頭で、ホムラギツネの顔面を思いっきり叩いた。


「ギィェーーーッ!!」


 頭突きをくらったホムラギツネは奇声を発する。今度の奇声の意味は痛みだろう。ホムラギツネの顔が大きく歪んだ。

 この隙をアイシンは逃さない。


 アイシンは山下でホムラギツネに巴投げの形で投げられた。


「エイッ!!」


『今度は自分の番だ!』という意気でアイシンはホムラギツネの両腕を掴むと、素早く巴投げを繰り出した。


「ギャッ!!」


 ゴロゴロゴロゴロ……


 アイシンは投げる瞬間にホムラギツネの腕を掴んだ手を離した。アイシンは柔道家ではないから、これは巴投げを正式な形で出来なかっただけで狙ってやった訳ではない。だが、投げ飛ばさせる形になったホムラギツネは宙を舞い、屋上の硬いコンクリートの上に叩きつけられた。そして全身を貫いた痛みを逃がすように、ホムラギツネはゴロゴロ……と屋上を転がった。


「………ッ!!」


 ホムラギツネが転がっている間にアイシンは立ち上がる。


「先輩……私はあなたを倒しにっていうか、叱りに来た、止めに来たんだ。絶対反省してもらうから、絶対昔の先輩に戻ってもらうから……その為にも、まずは大人しくなってもらいます!」


 アイシンは拳を握った。

 アイシンの腰にはガキユウシャの様に二丁拳銃は無い。腕時計を叩いても、ガキセイギの様に大剣は出てこなかった。

 戦うには素手しかない。でも、アイシンは『それで良い』と思っていた。『先輩に自分の想いを伝える為には、武器を使うよりも体と体でぶつかり合った方が良い!』とアイシンは思っているから。


「行きますよ……ッ!!」


 アイシンはホムラギツネに向かって走り出した。


「ギィェーーーッ!!」


 ホムラギツネもそうだ。アイシンが走り出すとホムラギツネの転がりもおさまった。ホムラギツネも立ち上がり、四足歩行で走り出す。

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