第7話 バイバイね…… 4 ―暴れる彼女を笑う奴―

 4


「ギィーーーーェーーーー!!!!」


 バケモノじみた奇声を発しながら萌音は……いや、《ホムラギツネ》は輝ヶ丘を駆けている。

 ホムラギツネの理性は失われた。今の彼女は野に放たれた獣だ。何処に向かうでもなく、ただ輝ヶ丘を駆けている。目の前に木が現れればそれを薙ぎ倒し、電柱もそうだ、ブチ壊す。

 今の彼女には他人の敷地や権利の認識はない。彼女の通りたい場所に家があるなら、塀を壊し、壁を壊し、自分の行く手を阻む物を全て壊し、駆け抜ける。それが人でも動物でもそうだ。鋭い爪で切りつけ退かす。

 時折彼女は炎を吐いた。それは火の玉。駅前公園でガキセイギとボッズーが焼かれた火の玉と同じものだ。

 何かを焼こうという意図はない。ただ衝動的にホムラギツネは炎を吐く。吐かれた炎で家は焼け、木が燃える。町の中では人々の叫び声が響き、赤子が泣き、犬が吠える。

 その声に反応し、


「ギィーーーーェーーーー!!!!」


 ホムラギツネがまた吠える。


 阿鼻叫喚とは正に今の輝ヶ丘をいうのではなかろうか………いや、


「ホホホホホォ~~~♪」


「フフフ……」


 現在の輝ヶ丘でも少なからず笑える者が居た。


 それは二人組。


 一人は

「ホホホホホォ~~~♪」

 三角形の帽子を被り、歌う様に笑う男。


 もう一人は

「フフフ……」

 真っ黒なローブを纏った嗄れた声で笑う女。

「フフフ……《芸術家》のボクちゃん?」


「何ですかぁ~~♪ 《魔女》さんぅ~~~♪」


 そう……二人は《王に選ばれし民》、《芸術家》と《魔女》だ。

 この二人は炎を吐き、そして吠えるホムラギツネを見ながら笑っていた。《魔女》が用意した物なのだろうか? "空飛ぶ絨毯"に乗って、空中を浮遊しながら。


「『何ですか?』じゃないわよ、ボクちゃん。彼女……《ホムラギツネ》と言ったかしら? 大分荒れているみたいじゃない? これじゃあ自分の目的が何だったのかさえも分からなくなっているんじゃないの? まぁ、私は面白い見世物と思って楽しいけれど……」


「ホホホホホォ~~~♪ そうですねぇ♪ そうですねぇ♪ 今の彼女は獣そのものぉ♪ 自分が人間だった事さえも忘れているでしょお~~~♪♪」


「あら……それじゃあバケモノとしても失敗作じゃないかい。バケモノは人間の悪意を利用するものなのよ。頭が働かなきゃ意味がないわ……」


 そう言って、魔女はほくそ笑む。

 でも、芸術家は尚も笑う。


「ホホホホホォ~~♪ 失敗作で結構ですぅ♪ だって"実験"は失敗の先に成功があるものですからぁ~~♪ それに失敗もまた芸術ぅぅ~~♪♪」


「実験? なんだねソレは?」


 腰の曲がっている魔女はフードをチラリと捲って芸術家の顔を見た。

 チラリと見られると、芸術家も逆三角形の目を魔女へ向ける。


「ホホホホホォ~~♪♪」


 芸術家はまた笑う。それから少し腰を屈め、魔女のフードの耳の辺りに口を付ける。


「ゴニョゴニョゴニョ……」


 芸術家は何やら呟いた。


「フフフ……成る程ねぇ」


 芸術家の"何やら"を聞いた魔女もまた笑った。


「そうかい……そうかい。でも、それなら"育てる"ところから始めた方が良かったんじゃないの?」


「育てるぅ? それは貴女がやっている"アレ"の事ですかぁ~~~♪♪」


「そうよ……」


「ホホホホホホォ~~♪ それは名案♪ しかし愚案♪ 私の案は実験ですぅ♪ 育ててしまったら意味がないのですぅ~~♪♪」


「あら、そうかい」


 何が何やら分からぬ二人の会話。しかし、どうやら魔女は自分の意見を足蹴にされてしまったらしい。


「はぁ、相変わらず何を考えているか分からないボクちゃんだねぇ……」


 そんな魔女は、再び町に視線を落とす。


「………ん?」


 すると、魔女は何かに気が付いた。魔女の顔は再び笑う。


「あらあら……芸術家のボクちゃん。あそこを見てみな。どうやら邪魔物がやってきたみたいだよ」


 そう言って魔女は人差し指を町に向けて、何かを指差した。


「んぅ♪」


『見てみな』と言われた芸術家は素直にその場所を見る。


「ホホホホホォ♪」


 見た瞬間に芸術家も気付いたらしい。


「走ってきていますねぇ~~♪♪」


「そうね。良いのかしら? このままだと邪魔されてしまうよ。笑っていられるのも今の内かもしれないよ」


 魔女はからかう感じで言うが、それでも芸術家の笑みは消えない。


「ホホホォ~~♪ どうでしょう♪ まぁ、それもまた実験ですぅ♪ 新たな芸術が生まれるかもぉ~~♪」


「はいはい……そうですかぁ。芸術に実験。楽しそうで何よりだよ……でも、ボクちゃんのアンラッキーカラーはピンク色と前に私の占いで出たのを覚えてないかい? 墓穴を掘らないよう気を付けなさいよ」


「はいはい♪」


「フフフ……私の言葉を聞いてもいないね……勝手にしなさいボクちゃん。それじゃあ私は退散するわ」


「はいはい♪」


「はいはい……ですか。まぁ、良いわ。それじゃあ、サヨウナラ」


 自分の忠告を聞かずに適当な返事を返す芸術家を一人残して、魔女は黒い煙となり輝ヶ丘の闇の中へと消えていった。


 一人残された芸術家は


「ホホホホホォ~~♪」


 独り、笑い続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る