第7話 バイバイね…… 3 ―愛の英雄―
3
「出来たみたいだね?」
「うん……」
お婆ちゃんは愛に質問をした。
でも、もしここで愛が答えなくても、お婆ちゃんは既に分かっていた。
だって、お婆ちゃんは見たんだ。愛の瞳の奥に、この世界に生きる全ての命を優しく照らす太陽の様な光を。
その光を、お婆ちゃんは《愛の心》がもたらす光だと直感したんだ。
そして、分かっているのはお婆ちゃんだけじゃない。
「ありがとう、お婆ちゃん。お婆ちゃんのお陰だよ」
自分自身の事だ、愛も分かっている。自分が何を手に入れ、これから自分に何が起こるのかを。
だから愛は、お婆ちゃんにこんな宣言をするんだ。
「お婆ちゃん……この前、私が小1の時にせっちゃんを叱ったって話をしてくれたよね。私、これから先輩にそれをしてくるよ……」
「それ?」
『それ』とは何か、これは勘の良いお婆ちゃんも分からなかった。
「うん……」
お婆ちゃんの質問に、愛はコクリと頷く。
「それだよ……先輩を叱ってくるって意味。勿論、怒りを制御した《愛の心》で!」
そう言うと愛は、颯爽と立ち上がった。その顔には自信が宿っている。絶対的で、心強い自信が。
「先輩には、自分がやった事をちゃんと反省させる。そして……いつか、先輩をバケモノにした奴を私と先輩のコンビで倒してみせる」
「そうかい……出来るだろうね。愛ちゃんなら」
愛の力強い宣言にお婆ちゃんは微笑んだ。
「うん、絶対出来る! 私なら!」
愛も笑った。それは自信に満ち満ちた満面の笑みだ。そして、愛は雄々しく叫ぶ。決意を込めた叫びを。
「レッツゴー!! ガキアイシン!!!」
叫ぶ言葉は英雄として与えられた彼女のもう一つの名前だ。
そして、愛は腕時計をつけた左手を顔の横まで大きく振り上げると、それと同時に右手を左斜め上に素早く弧を描いて振り上げ、振り下ろすと同時に腕時計の文字盤を思いっきり叩いた。
叩かれた文字盤はパカリと開き、その中からは半透明の桃色のタマゴが現れる。
「わぁ!!」
これにお婆ちゃんは驚いた。老齢のお婆ちゃんでも腕時計からタマゴが出てくるなんて、更に半透明のタマゴだなんて初めて見る光景だろうから驚いて当然だ。
でも、この後更にお婆ちゃんは驚く。
何故なら、文字盤から現れたタマゴは山下の天井近くまで飛び上がると、グングンッ! と愛と同じくらいの大きさにまで巨大化したのだから。
これにお婆ちゃんはより驚いた。だが、この後更に、まだまだお婆ちゃんは驚く事になる。
それは何か。それは、巨大化した半透明のタマゴが撒き散らした謎の粒のせいだ。
タマゴは巨大化したと同時に、まるで蝶の鱗粉の様な光の粒を辺りに撒いたのだ。この光の粒はタマゴを見上げるお婆ちゃんに降り注ぐ。
そして、降り注がれたその後すぐ、お婆ちゃんは不思議な体験をした。
お婆ちゃんの体は、ホムラギツネによって大分痛めつけられていたのだが、その痛みが、傷が、光の粒を浴びた瞬間に綺麗サッパリ消えたのだ。しかも、ここ暫く悩まされていたヒザの痛みさえも消えていった。
「え……! 何だいこれ?!」
とお婆ちゃんは驚く。
お婆ちゃんが驚いている間に………といっても、今起きている全ての現象は、全部一瞬の出来事なのだから"
「えっ! あ……愛ちゃん? 大丈夫?」
これにもお婆ちゃんは驚く。
愛の体を包み込んだタマゴは半透明ではなくなり、実体を持った様に濃い色に変わった。
「うん! 大丈夫!!」
その中から愛の声がした………かと思うと、タマゴの中心にヒビが入り、
「ハァッ!!」
気合いがこもった大きな声と共に、ヒビの入ったタマゴは大きく割れた。
タマゴが割れると、正拳突きが如く拳を前に付き出した愛が立っていた。
だが、それは愛であって愛ではない。
愛の姿はそれまでとは違っている。全身はメタリックピンクに輝くボディスーツに包まれ、その顔は桃色の仮面に覆われていたのだ。
「わぁっ!! 愛ちゃん、カッコいい!!」
この姿を見た時の驚きが一番大きかった。お婆ちゃんは大きな声で叫びながら、キラキラとした子供の様な目をして、変身した愛に大きな拍手を送ったんだ。
「へへっ! ありがとうお婆ちゃん!」
『カッコいい』と褒められた愛は……いや、《ガキアイシン》はお婆ちゃんに向かってピースサイン。
でも、そんな事をしている暇は無い事をガキアイシンは分かってる。
だからガキアイシンはすぐに笑顔を仕舞うと、お婆ちゃんにこう言った。
「ねぇ、お婆ちゃん。私、お婆ちゃんの体を癒せる場所を知ってるの。今からそこにお婆ちゃんを連れて行くから!」
それは《願いの木》、ガキアイシンは《魔法の果物》をお婆ちゃんに食べさせようと考えていたのだ。
しかし、これをお婆ちゃんは拒否する。
「いんや、その必要はないよ!」
「え……何でよ?」
ガキアイシンはお婆ちゃんの言葉に驚く。まだ彼女は、お婆ちゃんの体の痛みや傷が消えた事は知らないから。
「ふふ……何でも何も、私の体はすっかり良くなったんだよ! 愛ちゃんがさっき出したタマゴが私の体を癒してくれたんだ!」
「え……? 何それ? タマゴが?」
「そうだよ! ふふ……そうか、愛ちゃんが変身するのは今日が初めてだもんね。愛ちゃんはまだ自分が何が出来るのかを知らないんだね」
お婆ちゃんは鋭い。確かにガキアイシンはまだ英雄として与えられた自分の能力を知らない。
「どうやら愛ちゃんは人の体の傷を治す事が出来るみたいだ! ほらほら、見てみて! 愛ちゃんのお陰で、私はもうこんなに元気だよ!」
お婆ちゃんは立ち上がると、その場で元気一杯にピョンピョンと跳び跳ねた。
「ちょっ……ちょっと! 本当に? 無理してない?」
「うん! 本当さ! 無理なんかしてないよ!」
お婆ちゃんはガキアイシンを安心させる為に何度も何度も跳び跳ねる。
「空元気……じゃないよね?」
「違うよ、私も死にたくはないからね、空元気なんか言わないよ」
「本当?」
「本当さ!」
二度目の『本当?』に、二度目の『本当さ!』、もう三度目はいらない。
「そ……そうなの? う~ん……わ、分かった。じゃあせめて、一人では居ないでね。誰でも良いから、誰か知ってる人の家にでも行って!」
お婆ちゃんが心配で心配症になっているガキアイシンも、流石にもうお婆ちゃんの『本当さ』を受け入れた。
「はいはい、分かったよ。愛ちゃんも分かったなら、サッサと行きな! こんな所でばあさんを心配している暇はないよ! 愛ちゃんは町を救うんだ!」
お婆ちゃんは布袋様のような大きな笑みを浮かべた。これは英雄になったガキアイシンを送り出す為の笑顔だ。
「うん!」
お婆ちゃんに笑顔を向けられたガキアイシンはコクリと頷く。その拳は握られている。これはガキアイシンの戦う準備が既に整っている事の証し。
お婆ちゃんの心配が無くなれば、次に何をするべきかをガキアイシンは分かっているのだ。
「それじゃあ……お婆ちゃん。私、行ってくるね!! 先輩をビシバシ叱ってくるから!!」
「うん! 頑張りな!!」
「うん!!!」
お婆ちゃんの声援を受けたガキアイシンは走り出す。未だに闇の晴れない輝ヶ丘に光を取り戻す為に……………
……………
……………………
「行っちゃったよ……」
………店の軒先に出たお婆ちゃんは、走っていくガキアイシンの背中を見詰めながら一人呟いた。
英雄の足は速い。アイシンの姿はすぐ見えなくなってしまう。
見えなくなってしまうと、お婆ちゃんは空を見詰めた。
巨大テハンドのその先の、今はまだ見えない大空を。心の目で。
「天国のじいさんや、聞こえてるかい? 私、愛ちゃんを戦いに行かせちゃったよ。本当は危険な目に遇う様な事はさせたくないんだ………でも、これで良かったんだよね? 愛ちゃんは英雄さんなんだもんね。ばあさんの我が儘で、引き留めちゃいけない人だったんだよね? ………じいさん、せめてものお願いだよ。あの子を、あの子達を、守ってあげて……」
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