第6話 剥がれた化けの皮 16 ―これがどうなっても良いの?―

 16


「やめなさいッ!!!!!」


 いや……まだあった。いや、まだ居た。愛を助けてくれる人が。

 それは山下佳世、山下のお婆ちゃんだ。

 お婆ちゃんはフラつく体で立ち上がったかと思うと、一気に走り出した。そして、そのままホムラギツネに強烈なタックルをくらわせる。


「グワッ!!」


 愛を持ち上げていたせいでがら空きになっていた脇腹にタックルをくらったホムラギツネは、車に轢かれたかの如くぶっ飛ぶ。 


 ホムラギツネがぶっ飛んだのは、不意打ちをくらったせいもある。しかし、やはり、一番の理由はお婆ちゃんの力が強かったからだ。

 高齢の体で、傷付いた体で、何処にそんな力があったのか。でも、あるんだ。何故なら、人間には火事場の馬鹿力があるからだ。『愛ちゃんを助けたい』というお婆ちゃんの想いが、ホムラギツネをぶっ飛ばす力になったんだ。


「クッソ………」


 お婆ちゃんにぶっ飛ばされたホムラギツネは木床の上に倒れた。


「………!!」


 お婆ちゃんもそうだ。転ぶ様に床に倒れた。


「………」


 愛の方は意識が朦朧。しかし、彼女は唯一立ち上がる。

 何故自分が助かったのか、愛はまだ分かっていないだろう。でも、今自分が何をするべきかは分かっている。

 それは、助かる為の戦闘だ。

 愛は倒れたホムラギツネに馬乗りになり、一発……二発……三発……と、ホムラギツネの顔面を殴った。


「やめろ!! いい加減にしろと言っているのが分からないのか! このクソガキッ!!!」


 だが、ホムラギツネもやられたままではいない。巴投げの形で愛を自分の体の上から退かした。


「もう飽き飽きだッ! お前らに邪魔されるのはッ!!!」


 ホムラギツネは立ち上がり、愛に掴み掛かろうとする。


「………ッ!!!」


 しかし、だがまた、その動きをお婆ちゃんが邪魔をする。

 立ち上がったお婆ちゃんはホムラギツネの背後から胴体に腕を回し、ホムラギツネの歩みを止めたんだ。


「ババア……お前もいい加減に!!」


「動かないで……」


 お婆ちゃんを殴ろうと腕を振り上げたホムラギツネを今度は愛が止める。言葉だけで。愛はまだ立ち上がってすらいない。しかし、『動かないで……』と言った愛をチラリと見たホムラギツネは愛の要求通りお婆ちゃんを殴るのを止めた。


「これがどうなっても良いの?」


 それは、愛の手に握られている物が見えたからだ。


「お前……ソレをいつの間に」


「いつの間にも何も、アンタが投げ飛ばしてくれたお陰で、アンタが落としたコレのすぐ傍に来れただけ……ねぇ、コレを壊されたい? 壊されたらアンタの計画も全部意味なくなっちゃうんじゃないの?」


「チッ……返せ! ソレは私の石だ!!」


 そう、愛の手に握られているのは青い石。愛の初手をくらった時だろうか、それとも花瓶のアッパーをくらった時だろうか……ホムラギツネでさえも意識していなかったが、いつの間にか青い石はホムラギツネの手から零れ落ちて、床の上に転がってしまっていたのだ。それを愛が見付けた。


「返してほしかったら私の言う事を聞いて!」


 見付けた石を、愛は銃を構えるかの様にホムラギツネに見せ付ける。


「言う事だと……」


「そう……動くな!」


 ピクリと肩を動かしたホムラギツネに向かって愛は吠える。それから、愛は石を見せ付けたまま、ホムラギツネを睨んだまま、ホムラギツネの背後へとゆっくりと移動する。


「お婆ちゃん……もう良いよ。手を離して」


 それから、お婆ちゃんの肩を叩くと、ホムラギツネの胴体からお婆ちゃんの腕を外し、その腕を自分の肩に回した。


「愛ちゃん……大丈夫なのかい?」


「大丈夫……それにその質問は私の質問だよ。お婆ちゃんこそ大丈夫なの?」


「うん……」


 と、頷くお婆ちゃんの目は虚ろ。『大丈夫』は嘘だと分かる。


「おい……桃ちゃん? 言う事ってなに? サッサと言えよ」


「黙れ……黙ってろ!」


 怒りを抑えきれない愛は、それこそ銃口を押し付ける様に青い石を持った手をグッとホムラギツネの背中に押し付ける。


「いつまでも自分が優位な立場にいると思うな。石は私が手に入れた。返してほしかったら言う事を聞け!!」


「だからその言う事ってのは何だって聞いてんの……」


「歩け!!」


 愛は青い石を持った手でホムラギツネの背中を殴った。


「この家から出ていくんだ……言う事を聞け。ゆっくりと歩け」


 愛は今度はホムラギツネの背中をドンッと押した。


「お婆ちゃん……私たちも歩くよ。ちょっと無理させるけど、我慢して」


「うん……」


 お婆ちゃんのか細い返事を聞くと、愛はもう一度強い声でホムラギツネに向かって言った。


「歩けって!!!」


「フッ……まるで桃ちゃんの方が悪役みたいな台詞じゃん。嗚呼……落とし物癖はやっぱり直しておくべきだったなぁ。家の前に青い石を落としちゃったのも、穴が開いてるボロいジャケットのせいだと思ってたけど、結局は私の不注意のせいか。この土壇場でもまたやっちゃうとは……ねぇ知ってた? 私が自転車の鍵を落としたのって、青い石を落としたのと同時なんだよ。青い石は見付かって、何で鍵の方は何処探しても見付からないんだろ? 不思議だね!」


「そんな話はどうでも良い!!」


「おぉ、怖っ! フッ……良いよ。言う事聞いてあげる。どうする? 両手でも上げて、降参のポーズでも取った方が良い?」


「どちらでもお好きに……」


「あっそう……」


 ホムラギツネは茶化す様に笑うと、両手を上げて歩き出した。

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