第6話 剥がれた化けの皮 12 ―悪の計画―

 12


「結局こうなるんだったら、ターゲットをお前からクソババアに変えるなんてしなきゃ良かった……二度手間だ」


「ターゲット……?」


「そう……つか、聞かれなくても話すから、ちょっと黙ってろ」


 萌音は腕を掴む力をより強めて愛を威圧した。


「お前にはターゲット……いや、もっと正確に言えば"協力者"になってもらうんだ。私の目的を達成する為にも説明しない訳にはいかないよ。フッ……そういえば覚えてる? 昔、果穂も入れた私達三人で『スクリーム』って昔の映画見たよね。アレと同じだよ。最後の最後に犯人が自分の正体を明かし、自分の目的を主人公に語る……主人公を犯人に仕立て上げる為にね。まぁ、私はお前を犯人に仕立て上げようとは思っていないけどさ、"協力者"なんだから……」


 歩き出してからの萌音は語気はまだ荒いが、激昂からは幾らか落ち着いた。いや、その表情を見れば"幾らか"とするには落ち着き過ぎている。逆に冷めて見えるくらい。今は、愛に襲い掛かる前の"無"に近い。


 そんな萌音を愛は見詰める。


「………」


 愛は、悪鬼が如く牙を剥いた表情から数歩歩いただけで"無"の表情へと変わった萌音を不思議に思っているのだ。

『バケモノになってしまったのだから、情緒不安定なのだろう』としてしまえばそれまでだが、愛が正義や勇気から聞いていたデカギライの特徴には激昂はあっても"無"はなかった。だから愛は『この"無"はバケモノ特有のものとは違う……』と考えた。

『なら、この"無"は何だろう?』と愛は考える。態度は"無"になっても言動や愛の腕を強く引っ張る今の萌音はバケモノになる前の萌音とも違っている。

『まるで中途半端……』愛は今の萌音はバケモノとも人間とも違う"中途半端な場所にいる"と思った。


 そして、この愛の考察が正解だと教える様に、萌音は再び激昂する。


「う~ん……でも、どう説明すれば伝わるかなぁ? 事細かく? はぁ………あまり長話はしたくないのに。ちくしょう!!! めんどくさいなぁ!!!」


 突然怒鳴った萌音はより強い力で愛の手を引っ張る。引っ張られた愛は帳場の後ろに立った。


「ちくしょう……一から説明しないとダメなのか!! 一から……一からか、めんどくさい……おい、馬鹿なお前は赤い石は一体どんな物だと思ってる?」


「あ……赤い石がどんな物か?」


 愛は突然態度の変わった萌音に戸惑って空質問を返した。この質問に対して萌音は激怒する。


「そうだよ!! どんな物だと思っているか聞いてるんだろ!! サッサと答えろ!!」


 金切り声で怒鳴る萌音は靴も脱がずに無遠慮に、愛の腕を引っ張って暖簾をくぐった。……愛もそのままの格好で住居の方へと入っていく。


「あ……赤い石は発火装置……そう思っているけど」


「あぁそう……まぁ、そうだよね。私の記事を読めばそう思うよね」


 今度は逆だ。暖簾をくぐった途端、萌音はまた"無"に戻った。


「ち……違うんですか?」


「いや……違くはないよ。でも、それだとまだ言葉が足りない。赤い石が火をおこすには赤い石だけだと足りないの。ある物が必要なの」


 萌音はそう言うと制服のジャケットのポケットをまさぐり出した。


 でも、その『ある物』を萌音が取り出す前に愛が聞く。


「それってもしかして、青い石……ですか?」


「おっと……知ってたんだ」


 愛の言葉に驚き、萌音は目を見開く。しかし、その顔はすぐにニヤリと笑った。


「この石の存在は既にご存じですか……ふふ、凄いじゃん。流石、英雄だねぇ」


 萌音は青い石を制服から取り出すと、愛をからかう感じで愛の額にコツンと当てた。


「本当に存在してたんだ、青い石……」


「あぁ……存在してる。どこで知ったのかは知らないけど、その感じだとまだこの石がどういう物なのかは知らない感じだな……知りたい? 知りたいよね?」


 萌音は"無"の表情の中に張り付けただけの笑顔を浮かべたまま、2階へと繋がる階段に足を掛けた。


「馬鹿なお前にも分かりやすく例えるなら、この石はライターだよ。そして、赤い石は火薬。火薬だけだと燃えないし、ライターだけでは大きな火にはならない。だから、二つ有ってはじめて輝ヶ丘は燃えるんだ………あっ、そうだ、そうだ。きっと勘違いしていると思うけど、家や駅前公園の花壇を燃やしたのは石を使ってじゃないよ。ただダーネにガソリンを撒かせただけ……ってそんなのはどうでも良いか」


『どうでも良い』確かに今の愛にとってはそうだった。だから愛は石に関係する話題に戻す。


「青い石はライター……なるほど。だから、記事の中で青い石を赤い石と記述したんですか?ライターの存在を知られて奪われでもしたら火を起こせないから……」


 この質問に萌音はコクリと頷く。


「うん。まぁ、それもある。でも、一番の理由はこの石の特性の為だ。青い石は赤い石が見付かり出してから登場する方が良いからね」


「石の特性……」


「そう。でも、まずは赤い石の特性から教えてあげる」


 ゆっくりゆっくりと階段を上りながら萌音は語る。


「赤い石はさ、ある日突然現れた感じじゃん? でも、それは違うの。怪文書を作り始めた時から、私と芸術家によってコッソリコッソリ町中にばら蒔かれてたんだよ。でも、誰も気が付かなかった。何故だか分かる?」


 萌音は愛に問い掛ける感じで言うが、そうじゃない。萌音はすぐに答えを言った。


「簡単だよ……赤くなかったからさ。赤い石は人間の"とある感情"を吸収する事で力を得る。力を得て、その合図として赤く変わるんだ……"とある感情"これが何か馬鹿なお前に分かるかな?」


 その質問もそうだった。愛の返答は求めていない。萌音はすぐに喋り出す。


「怒り、焦り……負の感情ってヤツだよ。そうなると分かるよね? 私が怪文書をばら蒔いた理由が」


「人々の怒りや焦りを集めるため……」


「あっ、私が言おうとしていた台詞だ……ふふ、でもその通り。怪文書を思い付いたのは私なんだけど、作ったのは芸術家。芸術家を名乗るだけあって筆が早くて助かったな……あ、そうそう。怪文書を広めるのに、お前も……いや、桃ちゃんも一役買ってくれたね。ありがとう……」


「………」


 愛は萌音を睨む。こんな感謝の言葉なんて要らないから。


「本来の計画では怪文書を発見して広めるのも私一人でやるつもりだったんだ。だから桃ちゃんの登場はもう少し後のつもりだった」


「私の登場……?」


「そう……青い石の特性を活かす為に、桃ちゃんには登場してもらうつもりだったんだ」


「その……特性って一体何なんですか?」


「それもまた簡単だよ。赤い石が負の感情を集めて力を得るなら、その逆。青い石は、"愛"を集めて力を得る」


「愛を……?」


「そう……しかも複数ある赤い石と違って、青い石は一個。だから青い石に力を与える人間も一人に絞らなきゃならない……嗚呼、なんてめんどくさい能力ちからを《王に選ばれし民》は私に与えたんだろう………前に現れたヤツみたいなシンプルなのが良かったのに」


「………」


 萌音は独り言の様な言葉を呟くが、愛は聞いていない。それよりも話を先に進めたかった。


「……そのターゲット、先輩の言葉を借りるなら『協力者』に私を選んだって事ですか?」


「おっ……もの分かりが良いねぇ! その通り! 因みに、青い石に感情を吸収させるには"愛"を注ぎ込む必要があるの。赤い石と違って勝手に吸収してくれる訳じゃないって事……どうするかは簡単、祈るのよ。『○○ちゃんを愛してる。○○ちゃんを助けたい』……こんな感じでね。だから青い石は赤い石より先に登場しちゃいけなかったのよ。町中が赤い石の驚異に怯えている時に登場する救世主の様な存在じゃなきゃね。……で、この○○ちゃんは誰でも良いし、祈る人間も誰でも良いんだけど、協力者を一人に絞らなきゃいけないとなると、愛情深い人間を探さなきゃいけないし、愛情深い人間が"愛"を向けている人も探さなきゃいけない、更にさっき言った『愛してる』『助けたい』と祈らせるプロセスもある……結構面倒でしょ? だから、私は考えた。『私が○○ちゃんになって「真田萌音を助けたい」「真田萌音を愛してる」って思わせれば良いんだ』……と。だから私は悲劇のヒロインを演じる事に決めたんだ。そして"協力者"も知ってる人にした。知っている人の方が騙しやすいからね。馬鹿な奴はいっぱい知ってるし。『《王に選ばれし民》を倒す為に、この青い石に祈って』って言えば、簡単に騙せそうな奴は私の周りにいっぱいいる。でも……どうせ騙すなら私の事を一番慕ってくれている人間にしたかった。だから、桃ちゃん。だから私は桃ちゃんを"協力者"に選んだんだよ……ん? なんか『ふざけんな』って言いたそうな顔をしてるね……ふふ、それは私の台詞だよ」


 萌音は再び愛の腕を掴む手に力を入れた。自分の怒りを示す為だ。


「折角、昔の家までも燃やして《王に選ばれし民》に狙われる悲劇のヒロインを演じていたのに、まさか桃ちゃんが英雄だなんて。私、ビックリしたよ。でも、よく考えたらそうだった。桃ちゃんが昔から着けてるそのダサい腕時計と、赤と青の英雄が着けてる腕時計は全く同じ物だもんね。もっと早くに気付くべきだったわ………そこで、私は協力者を変える事にした。それが誰だか分かる?」


 二人は階段を上がりきり、居間の前まで来た。そして萌音は、閉じられている襖を乱暴に開き、こう言った。


「ここに居る……クソババアだよ」

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