第6話 剥がれた化けの皮 8 ―赤は青―

 8


「お父さんが勝手に居なくなってから、俺の心にはずっと暗くて重たいもやみたいな物が残ってる。どんなに楽しい瞬間があっても、ふとした瞬間にその靄が蘇ってまた苦しくなる……きっと姉ちゃんも一緒なんだよ。お母さんも一緒。ずっと暗い。何かにずっとイライラしてる感じがする。大翔くらいだ。アイツはまだ子供だから、お父さんが居なくなっても明るさを無くさなかった……ある意味残酷だよね。忘れかけてるんだよ、お父さんを……」


「…………」


 愛は言葉が出なかった。励ましの言葉や共感の言葉が頭には浮かぶ。だが、全部が間違った言葉にしか思えなかった。


 そして、愛は項垂れる。

 親しくしていた家族の悲劇を知って、正常でいられる程、愛は強くはないし、無情ではないから。


「たった一年で全部が変わった感じがするんだ……」


 そう言って瑠樹は重たい溜め息を吐いた。


「はぁ……」


 溜め息を吐き終えると、瑠樹は話を続ける。でも、それは今までとは少し方向性の違う話。


「でもさ………ねぇ桃井さん、散々色々な事言っといて今更だけどさ、姉ちゃんの事、嫌いにならないで。これからもずっと仲良くしてやってよ」


「え?」


 突然話の向きが変わって驚いた愛は、項垂れていた顔を上げた。

 顔を上げて見えた瑠樹の顔は真剣そのもの……


「姉ちゃん、今はちょっと変だけど、今だけだと思うんだ。元々は悪い人ではないから。ちょっと変になっちゃってるだけ。明るくて、まぁまぁ優しくて、格好付けなのが、本当の姉ちゃんだから。桃井さんが知ってる姉ちゃんが本当の姉ちゃんだからさ……これからも仲良くしてあげてよ。そしたらきっと、いつかは元々の姉ちゃんに戻るって俺は思うんだ」


「う……うん、勿論だよ。先輩とは私もずっと仲良くしてたいよ」


 突然の方向転換に戸惑いながらも、愛は嘘偽り無い言葉で答えた。


 この言葉に瑠樹は安堵した表情を見せる。


「そっか……なら、良かった。それと、今更でごめんなさいだけど、今日聞いた話はやっぱり姉ちゃんが話すまで知らない振りをしていてあげて。俺も姉ちゃんのストレス発散がどうのって言うわりに、桃井さんに話す事で自分がストレス発散しちゃってたみたい。姉ちゃんが黙ってたって事は、姉ちゃんが知られたくなかった事だっただろうに……元々は明るい人だからさ、暗い面を人には話したくなかったんだろうな……」


「うん、分かってるよ。聞かなかった事にする」


 愛は強く頷く。


「ありがとう……」


 その愛を見て、瑠樹の表情は和らぐ。だが、


「……あっ、でも、やっぱりこれだけはどうにかして伝えてもらいたいな」


 ……と、眉を困らせて愛にお願いがある感じを出してきた。


「ん? なに?」


 愛が前のめりになって聞くと、瑠樹はこう答えた。


「連載してる記事の事。折角、夢だった記者になれて大事な仕事なのに、その場所で嘘をつくのだけは止めた方が良いって言いたい」


「あぁ……」


 この言葉に、愛はいつの間にかに受け入れていた"萌音の嘘"を前提とした言葉を返す。


「家の事だよね……そうだね。どう伝えれば良いか分からないけど何とか伝えるよ」


 でも、瑠樹が言っていた事は家に関す事ではなかった。


「いや、家の事もそうなんだけど、それよりもっと大きいニュースなってるヤツだよ」


「大きいニュース??」


「うん、さっきチラッと話したけど石の事。アレ、記事の中では赤い石ってなってるけど、実際は青い石だから。家の前で見付けたの俺だから間違いない。どういう意図で色を赤にしたのか分からないけど、大きいニュースになってるしバレたらヤバイと思うんだ」


「赤い石が……本当は青い石?」


「そうだよ。本当は青い石なんだ。だから、もうこれ以上は記者の仕事の上では嘘はつかないでって姉ちゃんに伝えてほしいんだ」


「そ……そっか」


「うん、でも、不思議だよね。姉ちゃんの記事が出た後に、本当に赤い石が見付かり出したんだからさ……」

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